最強の死霊術師さんが最強である理由

「いやあ、駆け出しの冒険者と思っていたが、こいつは驚いたねぇ……」


 もはや驚き過ぎて一周回った落ち着いた口調で、農場主のおじさんはそう言った。


「恐縮です」


 地面に頭を擦りつけているせいで前が見えない。正確に言えば、前を見たくないというべきか。あの温厚そうで、人の好さそうなおじさんの表情がどのように豹変しているのか、おれは確認したくない。


「まさか、うちの畑を焼野原にできる炎熱系魔術の使い手がいるとは……」

「失礼ですがやったのは私ではなく、あそこで体育座りをしている騎士なので、それだけは訂正させてください。もちろん、すべての責任は今頭を下げている彼にあります」


 賢者ちゃんもきれいに横一列に5人並んでおれの隣で頭を下げてくれているが、会話の内容はいっそ清々しいほどに保身に走っている。まったく、さすがは王都で悪徳貴族どもを相手に駆け引きをしているだけはある。もうちょっとおれのことも庇ってほしい。


「ごめんなさい……ダメな騎士でごめんなさい」


 一方、騎士ちゃんはまだ全身甲冑のフル装備のまま、焼け野原に変わった畑の隅っこで、小さくなっていた。普段は強くて頼れる鋼の女のような騎士ちゃんだが、昔から精神的なダメージを受けるとわりと引きずるところがある。赤髪ちゃんが隣で慰めているけど、あの調子だとショックから復活するのにもう少しかかるだろう。


「……あんまり、こういうことを聞きたくないんだどね」

「はい」

「アンタら、うちの畑に損害を出した分の補償はできるのかい?」

「大丈夫です。なんとかします」


 ぎょっとしたのはおれではなく、隣で頭を下げている賢者ちゃん5号である。うん、多分5号だと思う。

 小声を伴って、ぐいぐいっと袖を引っ張られる。


「何が大丈夫なんですか。お金を稼ぐどころか、負債だけでもヤバい額ですよ。これはいよいよ、私の魔法を使ってでもどうにかしないと……」

「いや、おれにいい考えがある」


 うちのパーティーには、まだ1人だけろくに働いていない人間がいる。

 働かざるもの、食うべからず。こうなったら、彼女の力を借りるしかないだろう。






「こ、これは……なんと凄惨な破壊の跡なのでしょう。まさか、勇者さまたちが苦戦させられるほどの超大型モンスターが!?」

「いや、騎士ちゃんがやった」

「だと思いましたわ」


 そんなわけで急いで宿まで戻って、麻袋に入れた死霊術師さんを連れてきました。

 ただでさえ疑心暗鬼だったおじさんの目が、さらに険しくなって、ついでにおれから数歩分、体を引いて距離を置く。


「袋に入れた美女……! アンタら、奴隷商だったのかい?」

「違います。ただパーティーメンバーに服を着せていなかっただけです」

「そっちの方が問題あるんじゃないかね?」


 そう言われるとぐうの音も出ないが、まあそれは置いておいて。おれは死霊術師さんが入った麻袋を地面に置いて、さらに死霊術師さんの前に洋服が入った紙袋を置いた。


「はい、死霊術師さん。これ、途中で買っておいた服ね。地味なやつだけど」

「服……服!? 勇者さまが、わたくしに!?」

「うん」

「まあまあまあ! 何日ぶりでしょうか!? まさか、こうして再び服を着れる日が来るなんて」

「おい」

「違いますよ」


 おじさんに冷たい目で見られるの、なんかもう慣れてきたな。

 小声を伴って、またぐいぐいっと袖を引っ張られる。これは賢者ちゃん4号かな? 4号だと思う、多分。


「お金はどうしたんですか?」

「帰りに必ず払いますから、って言ってツケで買ってきた」

「付き合いもコネもないのに、よくツケ払いにできましたね」

「土下座した」

「世界を救った勇者の頭がこんなに軽いなんて、泣けてきます」

「うるせえ」


 世界を救ってもお金がなければ頭を下げなければならないのが、資本主義経済の世なのだ。


「それでは、早速失礼して……と」


 ずるんっ、と死霊術師さんが麻の袋から出る。

 長い黒髪にちょうどいい感じに隠れていても、ばるんっ、とたわわな果実が胸で揺れたのがわかった。

 おれたちは普段から生きる盾として死霊術師さんを使いこなしているのでなんとも思わないが、驚いてひっくり返ったのはおじさんである。


「おわああああ!? お、おい! いい加減にしないか! どうして目の前で着替える!? これはあれか!? そういうサービスか!?」

「違います」

「び、美女の生着替えで損失を誤魔化そうたって、そうはいかねぇぞ!」

「違います」


 おじさんの目がめちゃくちゃ生暖かくなっていたが、賢者ちゃん1号、賢者ちゃん2号、賢者ちゃん3号、ついでに赤髪ちゃんもさっと死霊術師さんの前に入って生着替えシーンをガードしたので、そんなに見えなかった。とはいえ、死霊術師さんはそもそも羞恥心が死んでるので、あまり気にしている様子はない。なんせ、普段から数え切れないくらい死んで裸になっているし……


「ああっ! 何日ぶりでしょうか! 我が身に服を身に纏えたのは!」


 ようやく素っ裸から人前に出れる状態になって、くるくると上機嫌に回っている死霊術師さんに、おれは尋ねた。


「それで、どう? 死霊術師さん。いけそう?」

「あらあら、そんなに情熱的な目で求められてしまうと、わたくし、照れてしまいます」


 そりゃ生活がかかってますからね。自分でも、捨てられた子犬が通行人に縋るような死霊術師さんを見詰めている自覚がある。

 死霊術師さんは落ち着いた色合いのロングスカートが土で汚れないように、気を遣いながらしゃがみ込んで、もはや炭としか形容しようがない物体に触れた。ふむふむと頷きつつ、蠱惑的な唇からこれみよがしにため息が溢れる。


「しかしまぁ、本当によく燃やしましたわね。どこの加減を知らない騎士さまがやったのかは知りませんが」

「……う」

「バーベキューにしてはいささか、強火が過ぎます。こんなまっ黒焦げになったお野菜さんたち、もう死んでるも同然ですわ」

「…………うぅ」


 騎士ちゃんのメンタルがねちねちとした死霊術師さんの言葉でゴリゴリと削れていく! 


「でも、だから死霊術師さんに頼むしかないって思ったんだよ」

「ふふ……ええ! ええ! だから勇者さまはわたくしに頼んだのでしょうね! わかります! わかりますとも! そんなに頼られては、もう仕方ありませんわね! それでは、失礼して……」


 もはや原型が残っているかもわからない、まっ黒焦げになった野菜に死霊術師さんの指先が触れる。

 一秒、二秒、三秒、四秒。

 きっかり四秒。それだけで、彼女の魔法は発動する。


「は?」


 たったそれだけの時間で、死霊術師さんが触れていた炭の塊は、色鮮やかなトマトに変化した。

 いや、元に戻った、という方が、より正確な表現かもしれない。


「え……えぇ!?」

「おー、よかった。いけるもんだね」

「ふふっ……当然ですわ。わたくしの手にかかればお安い御用です」


 当然、おじさんはあんぐりと口を開いているが、おじさんだけでなく、赤髪ちゃんも賢者ちゃんも騎士ちゃんも、全員その場で固まっている。


「……どういう手品ですか、これは」

「あらあら、手品ではありませんわ。わたくしは騎士さまが誤ってお野菜さんたちをだけです」


 魔法とは、解釈だ。その効果と性質は、本人の解釈、性質、言ってしまえば心の持ち様によって広がる。

 死霊術師さんの魔法は、触れたものを蘇生させる。より厳密に説明するのであれば、死んでいるものに触れることで、それを蘇生させる。

 つまり、死霊術師さんが触れた『それ』を『生きているもの』と定義しているのなら……蘇生の魔法の対象に『人間』や『動物』という制限はない。


「だって、草も木も花も……人間と同じように生きているでしょう? そこに違いはありませんわ」


 だから、生き返らせることができるのだ、と。

 にっこりと、花のように微笑みながら死霊術師さんは言った。

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