最強の姫騎士の致命的な弱点

 翌日。

 依頼された農場は、村の外れにあった。


「こんにちは! ギルドからご依頼を受けて来ました!」

「ああ。今日はよろしく頼むよ。それにしても……」


 依頼主の農場主さんは、おれと赤髪ちゃんと騎士ちゃんと、賢者ちゃんと賢者ちゃんと賢者ちゃんと賢者ちゃんと賢者ちゃんを見て言った。


「こいつは驚いた。兄弟で仕事をしてる人は時々見るが、そこの魔術士のお嬢ちゃんたちは、どこからどう見てもそっくりだねぇ」

「五つ子です」

「よく似てるって言われます」


 うん。人手が足りないから増えてもらったけど、わりと誤魔化せるもんですね。


「はっはっは! 似てるなんてもんじゃないねこりゃ! まるでそっくりそのまま増えたみたいだ」

「ええ」

「それもよく言われます」


 賢者ちゃんもしれっとした顔で頷いている。成長してるなぁ。


「それで、ご依頼というのは?」

「ああ、そうそう。これから農作物が収穫シーズンなんだけど、モンスターの被害がちらほら出ていてね。その退治をお願いしたいんだよ」


 なんでも、今回の依頼主のおじさんはこの村の中でも大きい畑を持っている豪農らしく、しかしそれ故にモンスターによる農作物の被害も馬鹿にならないらしい。騎士団が常駐しているような大きい街はともかく、小さな村ではギルドを通じて、あるいは直接冒険者にこういった仕事の依頼をすることが一般的だ。


 とはいえ、


「どうしてこの仕事をおれたちに?」

「え? いやアンタたちが一番安かったからさ」


 ですよねー。

 仕事とは、つまるところ責任と信頼で成り立っている。この村に来たばかりの新米のぺーぺー冒険者であるおれたちの賃金は、まあ当然のように安い。

 しかし、こうして仕事を積み重ねていくことで信頼と実績が蓄積されて、お賃金の向上に繋がるので、決して手は抜けない。そもそも無一文のおれたちに仕事を選り好みしている余裕はない。

 とりあえず、おれたちは手分けして見張りに立つことにした。おれの隣には、またしれっと賢者ちゃんが1人いる。なにやら、効率的な見張りのために良いアイディアがあるらしい。


「さて、それでははじめますか」

「で、どうするの? 長女の賢者ちゃん」

「私は次女の賢者ちゃんですよ。ちゃんと見分けてください」

「いやわかんねーよ」


 五つ子ネタが気に入ったのだろうか。


「要は、この農場全体を良い感じにカバーできる探知魔術を組めばいいのでしょう?」

「できる?」

「私を誰だと思ってるんです?」


 言いながら、賢者ちゃんは地面に杖を突き刺した。てっきり、浮遊系の魔術で上から監視するのかと思っていたが、違うようだ。


「ああ、上から見張るわけじゃないんだ」

「上から見張る時は、上からずっと監視する手間があるじゃないですか。それに、空中に浮遊する魔術はとても手間がかかりますからね。昔の勇者さんの魔法とは違うんですよ」


 今のおれは昔のように魔法を使えず、浮いたり飛んだりできるわけではないので、耳の痛い話である。

 地面に杖を突き刺した賢者ちゃんは、そのまま魔導陣を展開して満足気に頷いた。


「これでよし、と」

「何したの?」

「砂岩系の魔術で、地面に探知網を敷きました。農場の四方で監視している他の私達も、同じ魔導陣を展開、リンクして繋げているので、何か入ってきたり、あやしい動きがあれば、中央にいるわたしがすぐに気付けます」

「おお! すごい!」

「ええ、私はすごいですからね。私は末っ子なので褒めると伸びますよ」

「さっき次女だって言ってなかった?」


 とはいえ、すごいのは間違いないしとても助かるので、賢者ちゃんの頭を撫でて存分に褒め称える。


「おや、早速反応があったみたいですよ」

「早いな」


 数が出るから困る、と依頼主のおじさんは言っていたが、それにしても早い。これは外から入ってきたというより、元々この中にいたと考えた方が良さそうだ。

これ、どんなモンスターかにもよるけど、もしかして巣とか作ってるんじゃないかな……だとしたらわりとめんどくさい。


「どこ?」

「私達からはちょっと離れてますね。騎士さんの近くです」

「なんだ、騎士ちゃんの近くか」


 赤髪ちゃんにはモンスターを見つけても「近づかない、騒がない、すぐに知らせること」と、口を酸っぱくして言い含めてあるし、モンスターが出たらおれがすぐにすっ飛んで行こうと思っていたが、騎士ちゃんなら安心である。悪魔が降臨しようがドラゴンが飛んで来ようが、正面から斬り倒せる。


「あれ? 妙ですね」

「何が?」

「騎士さんと向かい合ったまま、モンスターの反応が消えません」

「なんで?」

「さあ?」


 おれと賢者ちゃんは無言でしばらく見詰め合い、


「……あ、やばいな」

「……あ、やばいですね」


 騎士ちゃんの唯一と言ってもいい、致命的な弱点である『天敵』の存在を思い出した。



 アリア・リナージュ・アイアラスは、この世界を救った最強の騎士である。

 最強という言葉の定義は人によって異なるが、魔王軍四天王の首を落とし、世界を救った勇者の傍らで常にその背中を守り続けてきたアリアの実力を疑う人間はいない。事実、アリアは立場的には隣国の姫君であり、辺境の領主という地位にありながら、その実力は王都を守護する最強の騎士……5人の騎士団長達に勝るとも劣らない、と讃えられてきた。

 そんな世界最強の騎士が、全身を鎧兜で完全に覆い隠し、凶暴な悪魔を尽く切り裂いてきた愛剣を両手で構え……がくがくと震えていた。


「ふ、ふぇあ……ああああ」


 それはもう、ありえないほどに震えていた。

 完全装備の頭兜の下から、間違ってもお姫様や騎士様が出してはいけない、情けないにもほどがある声が漏れる。

 フェイスガードでその表情は誰にも見えず、そもそもこの場にアリア以外の人間は誰もいなかったが、すでに涙腺は崩壊していた。


「こっ……来ないで……」


 びくびくと小刻みに震えている大剣の先には、モンスターというにはあまりにも小さな……ぶよぶよと蠢く不定形の青い塊がいた。


 その名を『スライム』という。


 決まった形を持たない、その出自からして特殊な、めずらしいモンスターである。少なくとも、人里の畑の中に出没することは、滅多にない。

 しかし、その滅多にない事態に、女騎士はちょうどよく遭遇してしまっていた。


「うぅ……無理……無理無理無理!」


 完璧な人間など、この世にはいない。

 人には必ず、弱い部分があり、何かしらのウィークポイントが存在する。

 アリアの弱点は『スライム』だった。

 もう、思い出したくもない。騎士学校に通っていた頃に巻き込まれた事件の、そのトラウマから、アリアはこの『スライム』というモンスターが、どうしても生理的にダメだった。見ただけで気絶しそうになるレベルで、本当に無理だった。直接触るなんて不可能だし、指先が少し触れただけでも、気絶してしまう自信があった。要するに、とにかく無理、ということだ。


「ま……負けない。負ける、もんか……っ」


 しかし、けれど、だとしても。

 これは、自分が責任を持って取ってきた仕事。そして、たった一匹のスライムを前にして剣を引いては、騎士の名折れである。鎧兜と歯をガタガタと震わせて、目尻と剣には涙と魔力を溜めて、アリアは覚悟を決めた。

 ちなみに。アリア・リナージュ・アイアラスがスライムに向けて全力で構える剣の銘は『煉輝大剣アグニ・ダズル』。使用者の魔力を吸い上げ、火炎に変換して撃ち放つ、この世に一振りしか存在しない聖剣である。

 その一撃は、悪魔を切り裂き、竜すらも落とす。

 そんな聖剣を、畑のど真ん中で振るえば、どうなるだろうか?


「騎士ちゃん……っ! ストッ……」


 何か、呼ばれた気がしたが。

 アリアは、炎の大剣を持てる力で振り切った。

 世界を救った騎士の、渾身の斬撃が……世界最弱といっても過言ではない、小さな命に炸裂する────!


 爆炎が、巻き上がった。


「ハァ、ハァハァ……」

「お……おぉ……う、おぉぉ……」

「……やっちゃいましたね」


 騎士の剣は、主に捧げられるもの。

 そして、騎士が振るう剣に責任を持つのが、主の務めである。

 炎上する野菜畑を見ながら、泣きそうな顔で世界を救った勇者は呟いた。


「賢者ちゃん。とりあえず火消そっか」

「おじさんにはどう言いましょうか?」

「何か言う前にとりあえず土下座するよ」

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