世界で最も強欲な勇者

 次にどう動いて、どのように相手の息の根を止めるか。会話に付き合って時間を稼ぎつつ、それだけを考えていたおれは、耳を疑った。

 何を言われたかは、わかる。でも、どうしてそんなことを言われたのかが、わからない。


「いや、きみの言う通りだと思ってな。未来の勇者殿。もう、きみの死体は手に入れた。べつに、わざわざ骨を折って3人目を殺す必要もあるまい」


 さらり、と何の事も無げにクソジジイはそう言ったが、それはつまり最初に増えたおれも殺されている、ということで。


「……つまり?」

「見逃してやろう」


 生きるか、死ぬか。

 選択の瀬戸際に立たされたおれにとって、それはなんとも魅力的な提案だった。


「理由は?」

「才能に満ち溢れた未来ある若者の命を奪うのが惜しい……とでも言えば信じるかね?」

「いいや、全然」

「だろうな。わしも正直、人間の命はどうでもいい。が、我らエルフとて同じ世界に生きるもの。魔王によって闇に包まれつつある世界を、憂う気持ちはある」


 もはや本性を隠そうともしないのが、いっそ清々しい。しかし、何も隠そうとはしていないからこそ、今この瞬間だけは語る言葉に嘘が含まれていないことがなんとなく伝わってきた。


「きみは思う存分、その魔法を成長させ、研ぎ澄まし、魔王を倒して、世界を救ってくるといい。そこにいるシャナも連れてな」


 まずいな、と思った時にはもう遅かった。


「わたし、も……?」


 あれほど隠れているように言い含めたはずなのに、小柄な銀髪が物陰から顔を出す。

 思わず舌打ちしそうになったが、釣り下げられた甘いエサに反応するな、という方が無理な話だ。それだけ、クソジジイの提案が魅力的な証拠でもあった。


「長老……いいの? わたし、お兄ちゃんと一緒に、冒険に行っていいの?」

「ああ、いいとも。どうせ、まだ里にお前の代わりはいる。これからお前は、いくらでも増える。彼と一緒に、この村の外で生きていくといい」


 意外にも、シャナを見下ろす老人の瞳には、労りがあった。声音はぬるく、そのまま浸かれば引き込まれるような優しさを含んでいた。

 ただし、それはどこまでいっても、人間に対する言葉ではなかった。

 いくらでも代わりがいる、いくらでも新しく作ることができる、消耗品をゴミ箱に放り捨てる前に、ほんの少しだけ名残惜しくなるような、そんな感情の向け方だった。


「……シャナ、戻れ。隠れてろ」


 短く言って、老人を見上げる。


「魅力的な提案だ。見逃してくれるならありがたい」

「ふむ。賢明な判断だ。きみは幸運だったな。わしと会うのが最後だったおかげで、殺されずに済む」

「ああ、そう思うよ。土産代わりに、最後に質問をしていいか? 長老殿」

「わしに答えられることなら、良いとも」

「じゃあ聞こう。あんた、シャナを今まで何人殺した?」

「そんなこと、覚えているわけがないだろう」


 ほんの少しでも、あの子に情があったか、なんて。

 悪辣の中にほんの一匙の善性を期待していたわけではない。


「……とか。そういう返事を、期待していたかね?」


 それでもやはり、エルフの長の返答は、バカみたいなおれの問いかけよりも、遥かに黒い感情に塗れていた。


「もちろん、すべて覚えているとも。最初にアレが生まれてから、ずっとずっと……世話をして、管理してきたのが誰だと思っている?」


 おれの問いの意図が、どこにあったのか。


「喜びも悲しみも苦しみも。魔力を絞り尽くされて、息絶える瞬間の涙の一滴まで……アレから排出されるすべてがエルフという種族の財産だ。記録し、保管し、この頭の中に焼きつけているに決まっている」


 見透かすように、嘲笑された。


「アレは貴重な魔法だ。世界を変える魔法だ。いくら調べ尽くしても、興味は尽きない。しかし……使をきみに教えてやる義理はないな。それもまた、貴重な資料なのだから」

「ああ、よくわかったよ」


 どこまでいっても、そういうことだ。

 人間とエルフでは、価値観が違う。

 おれがシャナを連れて行っても、また別のシャナがこの村で死んでいくことになる。

 そんな事実を許容して、のうのうと世界を救いに行くおれを……死んでしまったおれは許さないだろう。


「シャナを全員解放しろ。それなら、この村から出て行ってやってもいい」

「やれやれ。1人だけならくれてやると言っているのに。少年……強欲は、身を滅ぼすぞ」

「強欲、大いに結構」


 ちびっ子をたくさん連れて戻ったら、アリアにはなんて言われるだろうか。きっと「旅は遠足じゃないんだよ!」とか言いながらも、文句たらたらでお世話してくれるに違いない。

 おれはまだガキで、あの子に対して、何の責任も持てないけど。幸せにしてやると、断言することはできないけど。それでも、道具としてではなく、人間として彼女の隣に立つことだけはできるから。


「これから世界のすべてを救いに行くんだ。欲が深いくらいじゃないと、勇者なんて名乗れない」

「……なら、仕方ない。死んでくれ」


 どうやらここが、おれの甲斐性の見せ所らしい。

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