勇者、がんばる

 子どもに殺しを任せて、それで安心するような馬鹿はこの世にいない。

 夜闇に紛れて、エルフの戦士達は、勇者の寝所を取り囲んでいた。

 魔法を持った、貴重なサンプルの人間である。殺して体を確保しろ、と。命令されれば、彼らがその命令通りに動くのは当然のことであり……元より同族ですらないモノに、同情の余地はない。


「出てこないな」

「部屋の前にも、1人置いていたはずだが」


 舌打ちの苛立ちと、嘲るような笑いが混ざる。

 元より、シャナが失敗することは想定済みだ。ただの道具に、そこまでの成果を期待する方が間違いだとも言える。

 だからこそ、彼らは年若い勇者を、こうして待ち構えていた。


「あのガキ、強いのか?」

「さあ? ただ、王都では『勇者の再来』なんて持ち上げられて噂になっていたとか」

「人間の話だ。我々にはわからんよ」

「どうする?  踏み込むか?」

「いや、出てきたところを狙えばいい。どうせ」


 どこにも逃げられはしない、と。

 最も前で弓を構えていたエルフの言葉は、最後まで続かなかった。その顔の中心に、寸分違わず銀色のナイフが突き刺さったからだ。


「は?」


 反射的に短剣を構えたエルフは、しかし仲間の顔面に突き刺さったナイフの柄に見覚えがあった。それは、彼があの勇者の少年を殺させるために、シャナに持たせたナイフだった。

 顔を上げて、息を呑む。少年の部屋の窓が、薄く開いている。


「……構えろっ! 気づかれているぞ!」


 そして、その言葉を最後に、彼もまた絶命した。

 窓から弾丸のように飛び出してきた影が、無造作に頭を踏み砕く。胸を剣で貫きながら、有り得ない素早さで地面に着地する。悲鳴すら残して逝くことも許されず、脱力した腕から槍が落ちた。


「……ッ!?」


 エルフの戦士の判断は素早かった。一瞬で死体になった仲間には目もくれず、少年に向けて大剣の刃を横に薙ぐ。

 獲った。そう思った時には、太い両腕が、肘から切り離されて宙を舞っていた。

 可動域を離れた腕と、感覚の喪失。それらの理解が追いつくと同時に、鮮血が吹き出した。少年の右手には、既に拾い上げた槍が握られており……驚愕と痛みに歪む顔面が絶叫をあげる前に、口の中に差し込まれた刺突が、声と意思を奪い去った。

 たった10秒足らずで血袋に変化した仲間達を見て、ようやくエルフが声を発した。


「な、なんのつもりだ! 我々は……」

「今さらそれは無理があるだろ」


 声を発することが許された、と言った方が正しかったかもしれない。

 しかし、その言い訳を最後まで聞かずに、少年は死体から引き抜いた剣を回して、首を刎ねた。

 これで5人か、と。確認するように呟く。


「いいや、6人だ」


 直上。仲間が殺されても機会を窺っていた狡猾なもう1人が、巨大な斧を薪割りの要領で振り下ろした。

 エルフには、人間にはない特徴がある。背中から生えた、虫のような翅。それは当然飾りなどではなく、空中を自由自在に駆け、人間の戦士とは異なる立体的な戦闘を可能にする。

 そもそも、人間の警戒が最も薄くなると言われているのが、頭上という死角。人である以上、少年もそれは例外ではなかった。

 避けることはもちろん、反応することすら叶わず、少年の頭に、薪を割るように分厚い刃が直撃する。


「あ……あぁ!?」


 ただし、その少年はただの人間ではなく、勇者だった。

 近接戦を得手とするそのエルフにとって、直上からの奇襲は完璧なタイミング。頭どころか、股の下まで裂けて真っ二つになってもおかしくはないほどの、全力の振り下ろしであった。

 にも拘わらず、エルフが感じた手応えは、まるで鋼鉄の塊に斧をぶつけたようなもので、


「な、なんだお前……!」

「勇者だ」


 ぐりん、と。頭で刃を押し返した少年は、軽く話しかけるような気安さで斧を持つ腕を掴み、中ほどからへし折った。と、同時に開いた手のひらで顔面を掴みこみ、前に突き出す。

 さながら身を守る盾のようになったそのエルフの体に、前方から3本の矢が突き刺さった。顎が絶叫で開きかけたところを見るに、おそらく毒矢なのだろう、と。判断した少年はまだ息のある盾を矢の方向に向けて投擲した。次に右手の槍を、最後に斧を回転をかけて放り投げる。それらはまるで自分から吸い込まれるかのように、樹上に息を潜めていた射手達に命中した。


「……バカな」


 槍が心臓に突き刺さり、斧に頭を割られた2人が、呆気なく息絶える。仲間の体をぶつけられた1人だけは、潰れたカエルのように地面に落下して呻いた。


「くそっ。なぜ、こちらの場所が……」


 立ち上がろうと地面についた手のひらを、刃が貫いて縫い止める。


「ぎっ!?」

「仲間は? あと何人いる?」


 どこまでも冷たい声だった。

 問いかけと共に、ねじ込まれた剣が回る。だが、エルフは少年を睨めつけて言った。


「……人間如きが、図に乗るなよ」

「わかった」


 頷いて、首を落とす。


「まだ、いそうだな」


 勇者とは、魔王を討つ者。人々を導き、救う者。

 それが敵に回るということが、何を意味するか。彼に刃を向けるエルフ達は、身を以て知ることになる。

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