一緒に冒険に行くために
状況を整理しよう。
「とりあえず、これからどうするかを決める」
「ああ」
「まかせとけ」
ここまで増えたら、もう驚かない。おれも開き直って今後の方針をおれたちと話し合うことにした。おれは、おれとおれと顔を突き合わせて、相談の構えに入る。
それにしても、自分と同じ顔が間近に二つ並んでるのほんとに気持ち悪いな。生理的嫌悪がすごいぞこれ。
「まず、3人全員が村に戻るわけにはいかない」
「そりゃそうだ」
「当然だな」
「お前ら、会話進まなくなるから、いちいち相槌打たなくていいぞ」
というか、返事しなくてもどうせおれ同士だから考えてることわかるんだよなぁ。
「そういえば、装備とかどうなってんの?」
「身につけているものは、そのまま増えてるぞ」
「ほんとに?」
「見た目だけじゃなくてパンツとかも増えてる」
「ほんとだ!」
「おいやめろ。ズボン下げるな。自分が目の前でパンツを下げて確認してるの、控えめに言って気色悪いんだよ」
「でもパンツまで増えるのはありがたいな。この前破れちゃったし」
「一緒におれが増えてるんだから、パンツが増えても予備の枚数は何も変わらないんだよな」
「そうやって考えるとおれら、今同じパンツはいてるのか」
「なんかやだな」
「一緒に洗濯とかしたくないな。交ざるのもやだ」
「でも装備をある程度共有できるのは強いんじゃないか?」
「パンツは共有したくねぇよ」
「靴下もいやだ」
「パンツに比べれば靴下はセーフじゃないか?」
「パンツの話から離れろ」
とはいえ、増えたおれたちのパンツの有無は、わりと重要なポイントだ。冗談でもふざけているわけでもなく、これでシャナちゃんの魔法の特性をある程度掴むことができた。
シャナちゃんの魔法は、増やしたいと思ったものを増やすこと。人間をそっくりそのまま増やしたことからなんとなく察しはついていたが、本人が認識していなくても、見えない部分や付属品……要するに、身につけている剣や衣服まで一緒に増やすことができるらしい。この場合、シャナちゃんはさっき宿で増えたおれではなく、剣などの装備品を身につけていたおれを増やした。だから、宿で増えたおれは剣を持っていないが、今増えたおれは剣を持っているというわけだ。うん、ややこしいね。
「まあ、おれはとりあえずここで待機してるよ。幸い、装備も一通り揃ってるし」
「いいのか?」
「ああ。どっちにしろ、明日にはもう村を出るだろ?」
流石はおれと言うべきだろうか。話が早い。考えが同じで助かる。
「じゃあ、おれも装備がないおれと一緒にいるわ」
「ちなみに、このあとの予定は?」
「長老さんと食事の約束がある」
「なら、最低でも村にもう一泊する感じになるな」
「明日の昼までに出発できれば問題ないだろ」
「じゃあ、それまでに方針を決めておく感じで」
「了解了解」
話がまとまったところで、俯いたままのシャナちゃんに声をかける。
「シャナちゃん。おれと村に戻ろっか」
またおれを増やしてしまったことを、気に病んでいるのだろう。
返事はない。視線も合わない。小さな手のひらが、おれの服の裾を掴んだ。
「……お兄ちゃん、明日、いなくなっちゃうの?」
「ああ。離れ離れになった仲間がいるんだ。あんまりゆっくりもしていられない」
「私、お兄ちゃんと離れたくない」
引っ張る力が、強くなる。
「お兄ちゃん、3人いるでしょ? 私が、増やしてあげたでしょ? だから、1人だけでもいいから、私の側にいて」
それは本当に、何かを絞り出すような声音だった。
「……私を、1人にしないで」
かわいらしい顔が、さらに下を向いて。どうしていいかわからずに、おれはやわらかい銀髪の上に、手を置いた。右にいるおれが、腕を組む。左にいるおれが、深く息を吐く。
おれたちは、黙って顔を見合わせた。
「シャナちゃん」
「おれは、明日には村を出ていく」
「これは変わらないし、変えられない」
打ち合わせたわけでもないのに、おれたちの声はきれいに重なった。
「おれたちは、いくら増えても結局おれだから」
「だから、世界を救いたいっていう気持ちは全員同じなんだ」
「1人だろうが、2人だろうが、3人だろうが、おれたちは絶対に世界を救いに行く」
むしろ人数が増えた分、もっと世界を救いやすくなった、と。おれはそう考えてしまっている。最初のおれが死んでも、まだ2人のおれが残っているなら、そこそこ無茶ができるな、なんて。そんなことを考えてしまっている。それくらい、おれにとって魔王を倒して世界を救う、というのは大切な目標だ。
この村に残って、シャナちゃんの側にいてあげる。そんな選択肢は、この場にいるどのおれの中にも存在しない。
「だからさ」
「シャナちゃんに提案があるんだ」
「提案?」
「うん。シャナちゃんが1人にならない、おれと一緒にいられる方法」
昨日、シャナちゃんが教えてくれた花が目に入った。この場所でしか咲けない、この森の土でしか育つことができないと言われている、銀色の花。
でも、それはそう言われているだけで、実際に試してみなければわからない。
膝を折って地面につく。これだけはしっかりと、目線を合わせて、おれは逆に問いかけた。
「おれと一緒に、冒険に行かないか?」
ぴくん、と。肩が跳ねたのがわかった。
「もちろん、今すぐに決めなくていいよ。おれが村を出るまでに、決めてくれればいい」
その言葉は、今のおれが、この子に伝えられる精一杯の気持ちだったけど。
結局、村に着くまでシャナちゃんはおれの手をぎゅっと握って離さないまま、目を合わせようとはしなかった。
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