勇者、さらに増える

「私、魔法が使えるの」


 人目につくのがまずいなら、最初から人目がない場所に行けばいい。

 村から出て、昨日教えてもらったお気に入りの場所までは、黙って歩いた。座るのにちょうど良い高さの倒木に腰を落ち着けて、口を開くのを待っていると、シャナちゃんはぽつぽつと事情を話し始めてくれた。

 やはり、下手に急かすよりもこっちの方がよかったらしい。


「私の魔法は、さわったものを増やすことができて……だから、多分お兄ちゃんは私のせいで、2人になっちゃったんだと思う」


 そう言われて、おれはおれと顔を見合わせた。

 さわったものを、増やすことができる。単純とはいえ……否、単純であるからこそ、とんでもない力だ。


「そりゃすごい魔法だけど……」

「何の制限もなしに、人間までぽんぽん増やせるものなのか?」


 と、言ったあとに、自分が馬鹿な質問をしていることに気付く。

 シャナちゃんは、最初に会った時から2人いた。双子、なんて言って門番さんは誤魔化していたが、あれが自分の魔法で『増えた』もう1人のシャナちゃんだったのなら、簡単に説明がつく。


「お兄ちゃんが……私のはじめてだったの」


 俯きながら、躊躇いながら、小さな女の子はそれでも懸命に言葉を紡ぐ。


「私、魔法使うの下手だから……いつも、なんでも好きなものを増やせるわけじゃなくて。自分の増やし方も、よくわかってないの。他の人を増やせたのは……お兄ちゃんが、最初。ほんとに、はじめて」


 なるほど。まだ魔法のコントロールがうまくいってないのか、と納得する。

 アリアも学校に通っていた頃は、魔法を完璧に制御できていなかったので、魔法使いでもそういう人間は意外と多い。


「……ひとつ、聞いてもいいかな?」

「……うん」

「どうして、おれのことを増やそうと思ったの?」


 魔法は、現実の理を曲げる力。超常の力。それでも、意思を持つ生き物が扱う力だ。

 魔法がもたらす結果には、当然のことながら理由がある。魔法を使用する者の強い意思がなければ、その結果は目に見える形で現れない。

 シャナちゃんの目尻には、またいつの間にか涙が溜まっていた。


「お兄ちゃんと、もっと、話したかったから……ここに、いてほしかったから……」


 こんにちはってなに、と。この子はおれに聞いてきた。

 それは、普段からあいさつをする習慣がないということ。この子に普通にあいさつをするエルフが、あの村に誰もいないということだ。

 ハーフエルフという存在が、あの村でどのような扱いを受けているのか、おれは知らない。もしかしたら、他所者の目には入らないようにしているのかもしれない。

 それでも、シャナちゃんがあの村でどんな思いをしているか。ぽろぽろと溢れる大粒の涙を見るだけで、想像するのは容易かった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私の魔法、気持ち悪いかもしれないけど……でも、シャナのこと、きらいにならないで」

「大丈夫」

「きらいになんてならないよ」


 おれが明日には村を出て行ってしまうから。だから、村に残ってもらうために、もう1人おれを増やした……というのは、きっと正解の半分だ。

 おれの前で泣きじゃくるこの子は、無表情なふりを装って、感情を表に出さないように努めていたこの子は……ただ自分の顔を見て、自分の目を見詰めて話をしてくれる人が、もっと欲しかっただけなのだろう。


「ほらほら、泣くな泣くな」

「むしろ、おれはシャナちゃんにありがとうって言いたいくらいだよ」

「ありがとうって……なんで?」

「そりゃあ、おれは勇者を目指してるからさ」


 小さくて軽い体を、抱き上げる。見た目の年齢よりも、やっぱりその体は軽くて。おれは少し悲しくなった。

 でも、表にはその感情を出さずに、言葉を紡ぐ。


「おれは元々、1人でも世界を救いに行くつもりだったけど」

「そんなおれが2人も3人もいたら、全員で協力して、もっともっと早く世界を救えるかもしれない」


 だから、


「ありがとう。きみの魔法は、本当に、とってもすごい」

「お兄ちゃん……」


 握られた小さな手に、力が籠もった。

 一瞬、何かが重なるような感覚があって、視界が揺らぎ、しかし次の瞬間には元に戻っていた。


「ん?」


 妙な違和感と、嫌な予感があった。


「……」


 右を見る。おれがいる。


「……」


 左を見る。おれがいる。


「……」


 もう一度、両隣を見直して、完璧に確認する。

 おれの両脇には、おれが2人いた。

 シャナちゃんは、もう言葉すら出てこないのか。小さな顔を真っ青に染めて、ぱくぱくと口を動かしている。

 いやいやいや、おいおいおい。


 子どもは、褒めて伸ばせ、というけれど。

 しかし、これはあまりにも成果が出るのが早すぎる。


「……おいこれ」


 おれが呟く。


「……どうするんだ?」


 おれが聞く。


「……どうするって言ってもなぁ」


 おれが天を仰ぐ。

 腕を組んで、おれは……いや、おれたちは唸った。


「「「まさか3人になるとは」」」


 これ、もうおれたちだけでパーティー組んで世界を救いに行けるんじゃないの?

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