勇者、増える

 おれは、おれと向かい合っていた。

 朝、起きたらおれがもう1人増えていた。正直、意味がわからない。


「……それで、お前本当におれなのか?」

「いや、見ての通りおれはおれだぞ。だって、どこからどう見てもおれだろ?」


 だってじゃねぇんだよ。おれのくせに口答えしやがって……なんかもう喋るだけでもややこしいわ。

 しかし、いくら見た目がおれそのものとはいっても、中身まで本当におれとは限らない。


「今から、お前が本当におれかどうか確かめるために質問をする」

「ああ、なんでも答えてやるよ」

「好きな食べ物は?」

「食えれば何でも。強いて言えばでかい肉」

「体を洗う時は?」

「右足から洗う」

「利き腕は?」

「元々左だったのを右に直した」

「女の子の胸は?」

「大きい方が好き」

「アリアと学校の文化祭を回った時、最初に行ったのは?」

「アンデッド屋敷」

「名前は?」

「もういいだろ。いちいち質問しなくても、おれは本当におれだよ」


 ぐぬぬ……

 今のところ、質疑応答の内容がちゃんとおれっぽいのがなんとも言えない。誰かが魔術で化けた変装ってわけでもなさそうだし、幻覚の類いではないし、そう考えると……


「え、これ本当に増えてるのか……?」

「だからさっきからそう言ってるだろ」


 やれやれ、といった様子で肩を竦められる。なんだこいつムカつくな。おれだけど。

 しかし、本当におれがそっくりそのまま増えているとなると、原因はもう「増やしちゃった」と言った目の前の女の子にあるとしか考えられない。


「シャナちゃん、おれの体に何が起こったか、説明できる?」

「……ごめんなさい」

「いや、怒ってるわけじゃないよ。ただ、どうしてこうなったか、理由がわかるなら説明してほしいんだ」

「そうそう。おれ、全然怒ってないから。ゆっくりで大丈夫だし、わかることだけでいいから教えてほしい」

「お前ちょっと黙っててくれない?」

「なんで?」

「ややこしいんだよ! シャナちゃんも困ってるだろうが!」


 考えてることも言いたいことも大体一緒だから、セリフを分割してるみたいで気持ち悪い! 

 だが、文句を言われたおれは不満気に口元を尖らせた。


「ていうかそもそも、なんでお前が仕切ってるの?」

「え?」

「べつに、おれがお前に遠慮する必要はないだろ? だって、おれも間違いなくおれなわけだし」

「いや、お前は普通に遠慮しろよ。だって、おれが増えて急に生えてきたのがお前だろ?」

「はあ? おれとお前に違いなんてありませんけど? 差別やめてくれませんか?」

「はあ? 昨日シャナちゃんの右腕を握って寝てたのはおれなんですけど? そっちこそ自分が本物みたいに言うのやめてくれません?」


 なんだぁ、テメェ? 

 こういうのを同族嫌悪というのだろうか。どうやらおれは、おれと仲良くはできないらしい。しばらく向かい合ってガンを飛ばし合っていたが、


「お兄ちゃん……ケンカしないで。悪いの、私だから」


 シャナちゃんの目に涙が滲んでいるのに気がついて、はっと我に返った。


「あー! ごめんごめんごめん!」

「大丈夫大丈夫! お兄ちゃんたちめちゃくちゃ仲良しだから!」

「ほんと?」

「もちろん本当だって! なあ!?」

「ああ! 肩だって組めるぞ!」


 がっしりと肩を組んで、空いた手でシャナちゃんの頭をよしよしと撫でる。

 なんだぁ、コイツ……意外と良い身体してるじゃねぇか。いや、コイツの身体おれだったわ。そりゃ良い身体してるわ。だっておれだもん。


「すいませーん、おはようございます。起きてますか?」


 と、そこで扉の外から声が響いた。声色から察するに、昨日おれの治療を担当してくれたエルフの女医さんである。きっと様子を見に来てくれたんだろう。こんな朝早くから、うれしい気遣いだ。


「はいはい。今、開けます」


 言ってから、現在の部屋の状況を見て、はっと気付く。

 なぜか朝っぱらからおれの部屋にいる涙目の幼女。ワンアウト。

 なぜかもう1人いる、おれ。ツーアウト。


 うおおおおおおおおおおお!? 


「どうする!?」

「とりあえずシャナちゃんとおれには隠れてもらおう!」

「そうするしかないかっ……シャナちゃん、こっち来てくれ」


 幸い、ベッドの下にスペースがあったので、シャナちゃんを抱えて潜り込む。よし、これでとりあえず見つかることはないだろう……


「あ」


 なんでおれが隠れてるんだよ!? 

 おかしいだろ!? なんで本物のおれが隠れて偽物が応対するんだよ!? 

 普通逆だろ!? 


「おはようございます。あら? お部屋の中から声が聞こえたと思ったのですが……」

「ええ、朝の風と戯れていました」

「あらあら、詩人ですね」

「それほどでもありません」


 クソみたいな返事が聞こえてきて、頭を抱えたくなる。

 おれのことだから、よくわかる。あれはべつにかっこつけてるわけではなく、何を言っていいかわからずに適当なことを口走っているだけである。恥ずかしい。


「では、昨日の傷口を見せていただけますか?」

「ははは、きれいなエルフのお姉さんに裸を見せるのは照れますね」

「なに言ってるんですか、昨日も散々見たでしょう? いいから早く見せてください」


 そのやりとりを聞いて、思わずぎょっとした。

 まずい。昨日、治療を受けたのは女医さんと話しているおれではなく、こちらのおれだ。中身がおれに近いことはさっき確認したけど、細かい生傷までそっくりそのまま同じだとは限らない。見られたら、バレてしまう可能性が……


「……やっぱり傷の治りが早いですね」

「でしょう? 鍛えてますから」

「一応、念のためにお薬出しておくので、ちゃんと飲んでくださいね」

「はーい」


 女医さんが出て行ったのを確認してから、おれはベッドの下から這い出た。

 上半身裸で立っているもう1人のおれが、こちらを見下ろしていた。その全身にはが刻まれていて。

 ここまで見てしまったら、もう疑いようもない。


「……お前、本当におれなんだな」

「だからさっきからそう言ってるだろ」


 抱きかかえたシャナちゃんは、固まったままだ。


「「どうすっかなぁ……これ」」


 漏れ出た呟きまでもが、いやになるほどきれいに重なる。

 とりあえず、いつまでも部屋の中に引きこもっているわけにはいかない。またいつ、誰が訪ねてくるかわからないし、おれとおれが2人揃っているところを見られてしまったら本当にお終いだ。

 まずは、今日。村に出てシャナちゃんと一緒に行動するおれを、どちらか決めなければならない。


「なにで決める?」

「あれでいこう」

「恨みっこなしだぜ?」

「当然だ。手加減なしでこいよ」


 先ほどの巻き直しのように、おれはおれと向かい合った。ついさっき、シャナちゃんからケンカしないでと言われたばかりだけど、この勝負だけはやめるわけにはいかない。言葉通りの手加減なし、真剣勝負で挑まなければ……! 



「「さいしょは、ぐー! じゃんけん……」」



 流石はおれ、と言うべきか。

 あいさつとばかりに突き出した拳のタイミングは、完璧に重なった。あとは、何を出すか。

 単純な好みでいけば、おれはパーが好きだ。しかし、それは相対するおれも同じのはず。そして、おれがおれであるのならば、まったく同じ思考をしているに違いない。

 パーに勝つなら、初手はチョキ。相手のおれも同じ考えの元で動いているとしたら、初手はグーでくる……


「「……ぽんっ!」」


 と、見せかけて、あえてのパー! 


「ちっ……」

「互角か」


 出した手は、互いにパー。ここまで考えていることが一緒だと、もういい加減気持ち悪くなってくる。


「「あいこで……しょっ!」」


 チョキとチョキ。


「「しょっ!」」


 パーとパー。


「「しょっ!」」


 グーとグー。


「……なあ、おれ」

「ああ、おれもちょうどそう思ったぞ、おれ」


 これ、決着つかねぇな。


「どうする?」

「いっそのこと、シャナちゃんにどっちと行くか決めてもらうか? それなら文句もないし」

「おいおい。そんなの、ぽっと出で増えたお前じゃなくて、昨日一緒に過ごしたおれを選ぶに決まってるだろ。なぁ、シャナちゃん?」


 結果が見えている勝負を鼻で笑って、おれはシャナちゃんに判定を委ねたが、肝心の幼女はおれとおれを見比べて、少し悩んでから首を傾げた。


「ごめんなさい……どっちがどっちのお兄ちゃんかわからなくなっちゃった」


 もぉおおおおおおぉおお! 


「おれが本物! 本物だよ!」

「諦めろ、おれ。傷跡まで一緒で見分けがつかないんだ。どっちが本物とか偽物とか、そういう話じゃないぞ、おれ」

「じゃあ、どうするんだよ?」

「とりあえず、コインでも投げるか。表が出たらおれがシャナちゃんと出かけて、お前が部屋で留守番。裏が出たらお前が出かけて、おれが留守番だ」

「なんでお前基準みたいになってるんだよ? 表がおれの外出、裏がおれの留守番にしろ」

「なにいちいち細かいこと気にしてるんだよ。どっちでも変わらないだろ」

「じゃあお前、表面譲れよ」

「いやだよ。さっきから言ってるけど、なんでおれが影みたいな扱いになってるんだよ。おれもお前もどっちもおれだからな? 本物だからな?」

「本物のおれなら譲ってくれるぞ。心広いから」

「本物のおれならこんな小さいことに拘らないぞ? 心広いから」

「……」

「……」


 不愉快極まる自分の顔を見詰めて、大きく息を吸う。


「「じゃんけんっ!」」

「お、お兄ちゃん!」


 また不毛な争いをはじめようとしたところで、シャナちゃんからのストップがかかった。


「私は、どっちのお兄ちゃんも好き……だから、2人一緒がいい」

「「よし、一緒に行こう」」


 時間ズラして部屋から出ればなんとかなるだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る