エルフの里と長老

「これはこれは、よく参られました」

「どうもどうも」


 シャナちゃんとシャナちゃんに事情を説明すると、2人はおれの話をわかったのかわかってないのか、表情をぴくりとも動かさずに真顔のまま「じゃあ、うちの村にくる?」と、すごく軽いノリで提案してくれた。ちなみに提案してくれたのは、最初に会ったシャナちゃんの方である。ややこしい。最初に会ったシャナちゃんを、シャナちゃん1号、おれが裸を見てしまったシャナちゃんを、シャナちゃん2号と呼びたいくらいだ。番号つけて呼ぶとか、失礼なのでやらないけど。

 特に行く宛もなかったし、噂のエルフの里とやらも見てみたかったので、シャナちゃんの後にほいほいついていくと、村は意外と近くにあった。エルフ族は、人間以上に魔術に精通している魔導師が多いと聞く。きっと外から見つけられないように、認識阻害の結界でも張ってあるのだろう。


「里にいらっしゃるのは、はじめてですか? 冒険者の方でしょう? よく自力でたどり着かれましたな」


 最初に声をかけてきたのは、入口に立っている門番のエルフだった。その姿を見て、シャナちゃんが自分たちはエルフではない、と否定した意味がようやく理解できた。

 槍を持った男性のエルフの背中には、明らかに人間ではないことを示す、半透明の翅が生えていたからだ。もちろん、耳も尖っている。シャナちゃんには、その翅はない。


「実は、この子たちとすぐ近くの川で会って……」

「……ああ、なるほど。そういうことでしたか。体の傷は大丈夫ですか? 腕の良い治癒魔術の使い手がおります。すぐに呼び出して治療させましょう」

「ああ、いやいや。お構いなく。こんなもんツバつけとけば治りますんで」


 ありがたい申し出だが、アリアを探さなきゃいけないし、この里にそんなに長居する気もない。

 しかし、服の裾をくいくいと引かれて、おれは振り返った。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「治してもらった方がいい」

「その方がいい」


 頼むから、そんな風に見上げないでほしい。ただでさえかわいいのに、2人揃って上目遣いでこっちを見てくるのはずるいだろ。


「……じゃあ、お願いします」

「ええ。こちらへどうぞ」


 木で形作られた門を潜って、息を呑む。おれの一面の視界を塗り潰したのは、深緑の暴力だった。

 森の中から、さらに深い森の中に迷い込んでしまったのか、と。そう錯覚しそうになる大木の数々は、木々の中央がくり抜かれ、住居として機能するようになっている。むせ返るような花の匂いに溺れてしまいそうになるが、しかしそれは不思議と不快ではない。夢の中で微睡んでしまうような、朗らかな甘さが香ってくる。


「……すごいですね。ほんとに、森の中で暮らしてるって感じだ」

「人間の方から見れば、めずらしいでしょうな。我々は、ずっとこの森と共に暮らしてきました。森があってこその我らであり、我らあってこその森です」


 そんな生活をしているくらいだから、他所者には排他的かもしれないと思ったが、そんなこともないらしい。地面に近い商店には、何人か普通の人間の姿も見える。


「意外と人間もいるんですね」

「一部の商人の方とは、村の門戸を開いて取引をしております。誰とでも、というわけにはいきませんが、そこまで閉鎖的な村でもありませんよ」


 門番さんに苦笑される。ちょっとこっちの考えを見抜かれたかな? 


「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんです」

「シャナちゃんは、エルフではないんですよね?」

「こ……ゴホン、失礼。この子は、ハーフエルフです。半分、人間の血が混じっています。ですから、私たちのように翅がありません」


 ああ、なるほど。人間とエルフのハーフなのか。それなら納得だ。


「我らは翅を使って村の中を移動しますが、シャナにはそれがありません。少々不自由を強いられるでしょうが、シャナは飛べない人間の村の中の移動を心得ております。よろしければ、このまま案内させますよ。長老には、私の方からお伝えしておきましょう」

「そうですね。お願いします」

「シャナ、ご案内して差し上げろ」

「はい。お兄ちゃん、こっち」


 門番さんに言われて、シャナちゃんの顔が少し嬉しそうに綻んだ。そのまま駆け出していきそうな勢いだったので、あわてて手を掴む。


「……手、繋いだまま歩くの?」

「あ、ごめん。いやだった? こっちの方がはぐれなくていいと思ったんだけど」

「ううん。いやじゃないよ。うれしい」

「なら、よかった」


 ふと気がついて、周囲を見回す。そういえば、いつの間にかもう1人のシャナちゃんの姿が消えている。


「すいません、門番さん。もう1人、シャナちゃんがいたと思うんですけど……」

「ああ、彼女にはべつの仕事がありますので」

「シャナちゃん達って、双子なんですか?」


 そう聞くと、門番さんはおれに背を向けた。


「……ええ、そうですよ。同じ名前だとややこしいですが、そういう文化なので」


 はぁ、なるほどなぁ。


「お兄ちゃん、いこ」

「おっと。はいはい」


 シャナちゃんが連れて行ってくれた診療所のエルフは、女医さんの治療術師だった。とても優秀で、おれの傷をしっかり診てくれた。なんか呆れた口調で「よく涼しい顔でいられますね……何と戦ったんですか?」とか聞かれたけど、いや普通に魔王軍の四天王と戦ったんだよな……。傷だらけになるのは当然だと思う。


「お兄ちゃん」

「ん? どうした?」

「長老。ご挨拶したいって」


 シャナちゃんの後ろから、のそりと大きな影が出てきた。豊かに蓄えた白い鬚と後ろにくくった長髪。門番さんと同じように翅があるけど、加齢と共に衰えてしまったのか、皺が目立って小さい。失礼だが、この翅では満足に飛べないだろうと思った。


「すいません、おれは……」

「いやいや、どうぞそのまま治療を受けていてください。自己紹介は結構ですぞ。お噂はかねがね、伺っておりますからのぅ」


長老さんの口調は、思っていたよりも気安かった。


「あれ? おれのこと、ご存知なんですか?」

「はっはっは。もちろんです。あろうことか隣国の姫君を抱き込んで攫い出し、騎士学校から飛び出した、自称勇者の命知らずな若者がいると。愉快な噂がこんな森の奥まで轟いておりますぞ」


 うわーっ!? 

 え、なに? おれが学校を出た経緯、そんな感じになってるの? 話に尾ヒレがついてるってレベルじゃないんですけど!? 


「ほほっ、冗談です。もちろん取引に来る商人からそういう噂も聞きますが、悪い噂ばかりではありません。むしろ、良い話の方が多いくらいです」

「あー、えっと……恐縮です」

「ま、何はともあれ、今日はごゆるりとお休みください。部屋を用意しておきました。明日、よろしければ食事をご一緒しましょう。そこのシャナに、身の回りの世話をさせます」

「はぁ……ありがとうございます」


 なんだか、すぐに帰るって言いづらい雰囲気になってきたな。少なくとも、一泊はしていかなきゃいけない感じだ。まあ、仕方ないか……


「はい。これで一先ず終わりです」


 かわいいエルフの女医さんに、ペシッと包帯を叩かれる。


「いいですか? しばらくは無茶をしないように!」

「ありがとうございました。なるべく死なない無茶で済ませるようにします」

「無茶するなって言ったんですけど!?」

「いやぁ、世界を救うために無茶するのが勇者の仕事なんで」

「命がいくつあっても足りませんよ!?」

「はい。だからいつも足りないなぁ、って思ってるんですよね。できれば、いっぱい命が欲しいですよね。いくらあっても困りませんし」


 なぜかどん引きしてる女医さんとは対照的に、長老さんはおれの言葉を聞いて豪快に笑い声をあげた。


「はっはっは! 流石ですなぁ。噂と違わぬ殿だ!」

「いやいや。そう呼んでもらうのは、まだ早いですよ」 


 おれはこれから、勇者にならなきゃいけないんだから。

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