ある日、森の中、エルフに、出会った

 やはり、駆け出しの冒険者の身で無茶をしすぎたのだろうか?

 一言で状況を説明するなら、森の中でおれは遭難してぶっ倒れていた。


「……うーん、やっちまったな」


 昼間なのに夜のように暗い、深い森の中で独りごちる。全身はそこそこズタボロ。傷がない場所がないくらいのやられっぷりだが、とりあえず命に別状はない。

 いろいろあって騎士学校を追放されて、はや数ヶ月。世間知らずな姫騎士様との冒険にも慣れてきて、魔王軍の幹部も撃破して、旅の首尾は上々……と思っていた矢先に、この有様である。

 世界を救う。そんな御大層な目標を掲げて冒険の旅に出たのはいいが、あっさりと簡単に世界を救えるわけもなく。細々とクエストをこなして、お金を貯めて、装備を整え、経験を積む。魔王軍の本拠地を目指して、単純な作業を繰り返しつつも、冒険そのものはわりと順調だな、と。そんな風に考えていた矢先に、この有様である。


「まいったなぁ……」


 まさか、幹部格を倒してすぐに、最高幹部である四天王に手を出されるとは思っていなかった。正直な話、まだあのレベルの敵には勝てる気がしない。おれとアリアの戦闘経験も、装備も、何もかも足りない。あまりこんなことは言いたくないが、死なずに逃げ切れたのが奇跡みたいだ。あれで四天王の第四位だというのだから、はっきり言って先が思いやられる。

 とはいえ、今は自分の命が無事だったことを喜ぶべきだろう。アリアが無事かどうかも気になるところだけど、おれが死ぬまであいつは死なないので、そこまで心配はしていない。むしろおれより頑丈なくらいだと思っているので、大丈夫だろう。


「アリアー! アリア〜! ……まぁ、近くにいるわけないか」


 声を張り上げて名前を呼んでみたものの、返事が返ってくるわけもなく。ぼりぼりと頭を掻く。しかしまぁ、なんというか今回の敗北で現在のパーティー……要するに、おれとアリアの2人で戦う限界が見えてきた気がする。おれもアリアもバリバリの前衛なので、とりあえず後方支援を担当してくれる魔術士とかが仲間にほしい。どこかにフリーで暇してる賢者さんとかいねぇかな……いるわけないか。


「さて」


 急に襲われたのが逆に不幸中の幸いだったというべきか、手荷物の類いは大体手元にある。すぐに食料や水に困ることがないのは助かった。

 森の中に限らず、冒険の旅でまず気をつけなければならないのは、水源の確保だ。小規模なパーティーなら、流水系の魔術を扱える人間が1人いれば事足りるが、人数が増えてくるとそうもいかない。数百人単位で行動する大規模なパーティーは、水源を確保してから大型モンスターの討伐作戦に望むのが常だ。

 なので、ここはおれもセオリーに従って、まずは飲み水を確保できる川を探すことにした。

 数ヶ月の旅で、森の中の獣道を探すことにも慣れてきた。道に見えないような道を辿っていくと、細い糸のような水音が聞こえてくる。

 草をかき分け、頭を出すと、そこにはたしかに川があった。あったのだが、


「あ」

「……」


 女の子が、いた。

 年は10歳に届くか届かないか、といったところだろうか。艶のない銀髪。かろうじて胸と下半身を隠す、植物を加工した衣服。透き通った水晶玉のような碧色の瞳が、こちらをじっと見詰めている。だが、なによりも目を引いたのは、ベリーショートの髪だからこそ目立つ尖った耳だった。

 尖った耳、人間からかけ離れた神秘的な美貌……そんな特徴を見て思い浮かぶ亜人種は、他にない。


「エルフ?」


 問いかけた、というよりは疑問がそのまま漏れ出してしまったような形で、思わず呟いてしまう。

 しかし、少女は無表情のまま、細い首を横に振った。水浴びから上がったばかりだったのだろうか。水滴が溢れて、地面に染みを作る。

 あれ? エルフじゃないのか? 


「えーと、はじめまして、こんにちは」

「こんにちはって、なに?」

「……はい?」


 なんだなんだ。挨拶をしただけなのに、なんか哲学的な問答がはじまったぞ。エルフは森の賢者って騎士学校の授業で聞いたことがあるけど、こんな小さい子もすごく頭がよかったりするのか? 挨拶の意味を問われているのか? 

 いや、でもさっき、エルフって聞いたら首を横に振られたしな……なんか、よくわからなくなってきた。


「お嬢ちゃん、名前は?」


 その質問に女の子が答える前に、水面が持ち上がる。思わず剣に手をかけたが、顔を出したのはモンスターの類いではなく、もう1人の女の子だった。まさか、他にもいるとは……


「は?」


 2人目の少女を見て、おれはものすごく失礼な声をあげてしまった。本当は視線をずらすべきだとはわかっていても、まじまじと凝視してしまう。素っ裸のその子の体を、ではなく。その子の顔を、穴が開くほどに見詰めてしまう。

 鼻筋、眉、瞳、唇。どこをとっても、その少女の顔が、2人目とまったく同じパーツで構成されていたからだ。


「……えーと、きみたち。双子だったりする?」

「わたしは、

「わたしも、


 まったく同じ名前を口にして、2人の小さな女の子は、おれの両手をそれぞれぎゅっと握りしめた。


「「お兄ちゃん、だれ?」」

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