幼女を助けたら、エルフの森が焼けた
勇者と賢者ちゃんの思い出話
やはり、こんな荒野のど真ん中に飲食店を構えたのが間違いだったのだろうか。
「今日も暇だねぇ……」
昼間なのに薄暗いバーカウンターの中。その店主は、グラスを磨きながら静けさを紛らわすように、呟いた。もちろん、店内に客は1人もいない。
この土地で店を開き、商売をはじめたのはほんの数ヶ月前のことだ。彼にとっては、余生を静かに過ごすことが主な目的で、利益や売上はどうでもよかった。だからこんな場所で開店したわけだが……そもそも人が来なければ商売として成り立たないことが、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。おかげで、店はいつも閑古鳥が鳴いている。なんというか、無欲故の誤算である。
本当に時々、この辺りを通り過ぎる人間が寄って行ってくれるが、それすらも数日に一度という有様だ。これでは営業がたち行かない以前に、暇過ぎて死にそうになってしまう。
「団体様でも来てくれれば、目一杯もてなしてやるんだけどなぁ」
耳まで隠す長髪をかきあげながら、愚痴をこぼす。まるで、その呟きに応えたかのように。
からん、と。来客を示すベルが鳴った。
「すいませーん……やってますか?」
入ってきたのは、くすんだ赤髪が目を引く青年だ。歳は20を過ぎたくらいだろうか。比較的整った、いかにも好青年といった顔立ちだが、なんとなく表情に苦労の跡が滲んでいるように見える。
「おう、いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
ああ、よかった。今日は客が来た。
店主がほっとして、にこやかに席を勧めたその瞬間、
「よぉーし! ほらみろぉ! やっぱりちゃんとやってたじゃん! 営業してるじゃん! 幻覚なんかじゃないって!」
青年は後ろを振り返って叫び、とても喜びながらその場で感激の涙を流し始めた。
「……お客さん? 大丈夫かい?」
「ああ! すいません! おれたち、実はここ数日歩きっぱなしで……やっとこの店を見つけて!」
「なるほど、冒険者だったか。そりゃ疲れただろう? 見ての通り狭い店だが、ゆっくり羽を休めていくといい」
「ありがとうございます!」
頭を下げる青年の服装は、よく見るととても汚れている。しかも、冒険者というわりには随分と軽装だ。まるで、そこらへんの町中を歩き回っているような格好である。
もしかして、まだろくに装備も整えられていないような駆け出しの冒険者なのだろうか、と首を捻っていると、2人目が入ってきた。
「ほほう。こんなところに店なんてあるわけがないと、思っていましたが。なかなか良い雰囲気ですね」
2人目は少女だった。質が良さそうな黒のローブ、目深に被ったフード、そして携えている杖で、私は魔術師です、と。全身で全力で主張しているような少女だった。
「辺鄙なところですし、味に期待はできませんけど、この際飲み食いできればなんでもいいですね」
あと、普通に口が悪かった。
しかし、人が寄り付かない場所にあるのは事実なので、否定のしようがない。
「はっはっは。これはかわいらしいお連れ様だ。お好きな席にどうぞ」
「どうも」
澄ました様子で、少女は青年の向かいではなく、すぐ隣に腰掛ける。
そういえば、彼は「おれたち」と言っていたので、まだパーティーメンバーがいるのだろうか、と。目をやった扉がこれまでで一番勢いよく開かれた。
「やったー! お店だ! ご飯だ! お酒だー!」
口が悪く、素直じゃなさそうな2人目の少女とは対照的に、元気一杯に入店してきたのは、3人目の女性だった。絹糸のような金髪に、思わず目を惹かれるような美貌。そして、一目で鍛え上げられていることがわかる体。まるで、存在感の塊のような美女だった。
「マスター! ビールある!? ビール!」
「ああ、もちろん」
「じゃあビールふたつ!」
こんなに嬉しそうに注文してもらえると、こちらとしてもうれしい。店主も釣られて笑いながら、冷えたビールの瓶を取り出した。
「なんで勝手にビール頼んでるの?」
「きみも飲むでしょ?」
「いや、飲むけどさぁ……」
女性は、当たり前のように青年の前の席に座った。金髪のポニーテールが、犬の尻尾のようにふりふりと揺れる。
これは両手に花だな、うらやましい、と。女性2人に囲まれた青年の様子を微笑ましく見ていると、なんとまた扉が開いた。
「ふむ、こんなところに店があったとは」
「あらあら、これでやっと一息つけますわね」
なんと、3人目と4人目も女だった。しかもそれは、見るからにまだ小さい幼女と、簀巻きにされた妖艶な美女だった。より詳しく説明するなら、まだ小さい10歳くらいの幼女と、麻袋に突っ込まれてその幼女に担がれている、妖艶な美女である。
なんだろう、この取り合わせは?
店主の困惑を気にもせず、幼女は軽々と美女を担いだまま入店し、カウンターの席に麻袋の美女を立て掛けてから、自分もよいしょっと、カウンター席に腰を落ち着けた。
「マスター、ミルクをもらいたい」
「あ、はい」
「では、わたくしは何にいたしましょう……紅茶でもいただきましょうか。失礼、メニューを見せて頂いてもよろしいですか?」
「あ、ええ。もちろん」
なんで、この美女は麻袋で巻かれたまま当たり前のようにメニューを見れるのだろう?
「あらあらあら、中々良い茶葉が揃っていますわね」
「まぁ、なんというか、それなりに拘ってるんで」
「しかも、そちらのグラスは東方のウィンチェスター地方のものではありませんか? 調度品の雰囲気と合っていて、とてもすてきです」
美女の的確な目利きに、店主はぎょっとした。とてもじゃないが、麻袋で巻かれている女とは思えない審美眼である。
「……まさか、一目見ただけで言い当てられるとは。良い目をお持ちだ」
「ふふっ、ありがとうございます。わたくし、こう見えても運送会社を営んでおりまして」
本当にどう見ても会社の経営者には見えなかったので、店主はさらに驚いた。
「……仕事柄、客の事情には立ち入らないようにしているんだが、一つ聞いていいか?」
「はい。なんでしょう?」
「なんで、麻袋に入ってるんだ?」
「どうしてだと思います?」
「…………奴隷、とか?」
「はい! 大正解です! わたくし、何を隠そう愛の奴隷でして! だからこうして麻袋に巻かれているわけなのですが!」
「はぁ」
「店主さん! その人の言うことは気にしないでください!」
「マスター、このバカの話に付き合う必要はないから、早くミルク持ってきて」
事情はよくわからないが、この麻袋の美女が他のパーティーメンバーからひどい扱いを受けていることはよくわかった。
「あ、マスターさん。お手数ですが、わたくしのアイスティーにはストローをつけて頂けますか?」
「ストローを?」
「はい。わたくし、この下が全裸ですので、腕が使えないのです」
「…………はいはい、ストローね。ちょっとまってな」
あと、ついでに変態だった。
水とビールとミルクと紅茶を出しながら、店主は考える。この美女が変態の可能性もあるが、パーティーのリーダーはおそらく最初の青年だ。もしかしたら、あの男、穏やかな顔をして、えぐい性癖の持ち主だったりするのだろうか? 今のところ、パーティーメンバーがほぼ女性なのもあやしい。
「勇者さん、みなさぁーん……急に走らないでくださいよぅ……」
またまた扉が開く。もう驚かない。5人目も女性だった。
見るも鮮やかな、赤髪の少女である。
店主は思う。やっぱこのパーティー、あの男以外全員女じゃねぇか。
「ああ、ごめんごめん赤髪ちゃん。こっちこっち」
「うぅ……もう無理です。わたし、お腹が空いて死にそうです」
よほど空腹だったのだろう。赤髪の少女は青年たちのテーブルに座り込むと、スライムのようにテーブルの上にへたり込んだ。
「ここにメニューあるよ」
「ご飯ですかっ!? じゃあここからここまでください!」
「注文が雑!? 頼みすぎだろ! 誰の金だと思ってんの!?」
「もちろん勇者さんのお金ですっ!」
「自覚があるならよし!」
「よくないでしょう。なに甘やかしてるんですか」
「ぷはーっ! 生き返ったぁ! マスター! ビールおかわり〜!」
「ペースはやいよ!? まだ乾杯もしてないんだけど!?」
どうやら食いしん坊の少女だけでなく、全員それなりに空腹だったようで、店主は手早く出せるものから食事を用意した。
料理が出揃い、テーブルの上を彩ると、会話にも花が咲く。
「ところでわたくし、持ち運ばれるのは百歩譲っていいにしても、そろそろお洋服がほしいのですが……」
「お前のそのデカい乳を収める服がないから、無理」
「すいませんマスターさん、このスープは人参とか入ってますか? 入ってるなら抜いてくれるとありがたいんですが」
「賢者ちゃん! 好き嫌いはやめなさい!」
「好き嫌いじゃなくてあんまり食べたくないだけです。必要に迫られれば食べます。べつに嫌いじゃないんですよ。なるべく食べたくないだけで」
「賢者さん人参食べないんですか!? じゃあ人参だけわたしにください!」
「やめなさい! 恥ずかしいでしょ!」
「勇者くん勇者くん。このおつまみおいしそうだよ。頼んでいい?」
「好きにしなさい!」
「勇者さまっ! ちょっとこちらに来てください! わたくし、ご覧の通り腕が使えないので、あーんしてください! あーんって! さぁ!」
「床に這いつくばって食ってろ!」
「なんだ、あーんしてほしいのか。ほれ」
「あっっっづぅぅ!?」
「武闘家さん。それ私のスープです。遊ばないでください」
先ほどまでの静けさがまるで嘘だったように、一瞬でくそ忙しくなった。騒がしいパーティーである。
しかし、悪くない。料理と酒で温まったこの雰囲気が、店主はとても好きだった。
「じゃあ、勇者さんは騎士さんとはぐれてる時に、賢者さんと会ったんですか?」
「そうそう。賢者ちゃんと会ったのは、まだ冒険をはじめてから半年も経ってない、ほんとに駆け出しの頃で……」
客の思い出話に耳を傾けるのも、この仕事の楽しみの一つだ。
店主は、追加の料理と酒の準備を整えながら、なぜか『勇者』と呼ばれている青年の話に耳を傾けることにした。
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