黄金の一撃

「さて、上を飛ぶ蝿はこちらで落としました。制圧砲撃から援護射撃に切り替えますので、前に出て頭を討ち取ってください」


 逃げ場のない空中では叩き落されてやられる、と考えた悪魔達が、次々に地上へ降下する。このまま魔術砲撃で面制圧をかけてもいいが、72人に増えたシャナの魔力も、決して無尽蔵ではない。なにより、人質を巻き込んでしまう可能性がある以上、大味なシャナの攻撃は、ドラゴンとジェミニに向けることができない。

 故に、シャナの仕事は、ここまで。戦闘は、白兵戦に移行する。


「待ってました」


 かしゃん、と。上げていた頭兜のフェイスガードを下ろして、アリアは大剣を構えた。


「打たれ強いやつはまだ普通に生き残ってそうだな。再生してくるのもいるだろうし、一番でかい獲物のドラゴンもいる」

「突っ込みながら、一匹ずつ潰していけばいいよ」


 火の聖剣を肩に置いて、騎士は水の聖剣を突き立てた。


「あの双子悪魔まで……あたしが、道を切り開く」


 瞬間、溢れ出した氷の波が、怒涛のように広がって、戦場の中央に文字通りの氷の道を作る。

 勇者は、あきれた顔でアリアを見た。


「え、なに? これで滑って真ん中突っ切るの?」

「うん」

「いや、うん、じゃなくて」

「滑り台みたいで楽しいでしょ?」

「おお。たしかに、滑るの、おもしろそう」

「ほら、武闘家さんもこう言ってるよ?」

「……では、お先にどうぞ、師匠」

「なら、お言葉に甘える。よし、いくぞ死霊術師」

「は? なんでわたくしを掴むんですの? いやちょっと動けな……ぁああああ!?」


 リリアミラを掴んだムムは、そのまま自分よりも大きく豊満な体を静止させ、横に倒した。これで、即席の『人間そり』の完成である。


「一番乗り、いただき」

「どうぞどうぞ」

「あぁぁぁぁぁああああああああ!」


 死霊術師に上に飛び乗った武闘家が、凄まじい勢いで氷の道を滑っていく。勇者と騎士も、それに続いた。


「突っ込んでくるぞ!」

「殺せっ! 殺せぇ!」

「取り囲んで八つ裂きにしろ!」


 当然、敵がそれを黙って見逃すわけがない。

 賢者の魔術砲撃を生き残った、あるいは蘇生によって復帰した、気骨のある悪魔達が立ちはだかる。


「邪魔」

「どけ」

「消えろ」


 立ちはだかっては、吹き飛ばされる。

 闘争本能に満ち満ちた化物達が、人間の振るう拳に、剣に、冗談のように、その身を砕かれ、切り倒されていく。


「なにをしている! 魔力を出し惜しみするな! 全力でかかれ!」

「一斉に攻撃して致命傷を与えろ! 少しでも手傷を与えて、やつらの勢いを削げ!」


 ジェミニが悪魔達に出した指示は正しい。進む道が一本である以上、どうしても避けられない攻撃は出てくる。いくら個人個人が強くても、根本的な数の有利は覆らず、どう戦ったところで魔力と体力の消耗は、人間の方が早い。

 少しでもダメージを負えば、それが積み重なって、致命傷に繋がってしまう。


「勇者、使え!」

「はいっ!」


 ならば、致命傷を負っても問題のない人間に、ダメージを肩代わりしてもらえばいい。

 世界最悪の死霊術師。醒めない悪夢と謳われた、元魔王軍四天王、リリアミラ・ギルデンスターンの、勇者パーティーにおける運用は────


「いやぁああああああああああ!」


 ────死なないメイン盾である。


「騎士ちゃん、危ない!」

「おっと」

「ぎゃあああああああああああ!?」


 触れたらヤバそうな黒い炎を浴びそうになったアリアは、勇者から投げ渡された『リリアミラ・シールド』で炎を完璧に防御。返した剣で炎を吐き出したまま驚愕している悪魔を、一刀で切って捨てた。切って捨てている間に、リリアミラはもう灰から生き返っているので、また掴んでは振り回す。

 もはやほぼ全裸の美女が、死んでは生き返り、生き返ってはまた死ぬ。肩で息をしながら、リリアミラは黒髪を振り乱してぐったりとしていた。


「はぁ、はぁ……はぁ。む、無理です。もう無理です。死んでしまいます!」

「だからあなた死なないでしょ」

「ほんとだよ。なに言ってるの、死霊術師さん」


 再び騎士から投げ渡されたリリアミラを空中でキャッチして、勇者は言う。


「また裏切ったんだから、もっともっと働いてもらわないと」

「はぅぅ!?」


 あまりにも残酷な勇者の一言に、リリアミラは胸を打たれたように顔を赤らめた。その一言のどこに頬を染めて照れる要素があったのか、周囲にいた悪魔達は疑問に思ったが、その疑問を口にする前に、彼らは勇者に斬り殺されて息絶える。

 止まらない。72体の上級悪魔に、不死の権能を上乗せしても。そのパーティーの進撃が止められない。


「もういいっ……! 消し炭にしてやる」


 痺れを切らしたジェミニが、ドラゴンを前に出させる。

 勇者達は、それを待っていた。


「アリア。あれに向かって、飛ばして」

「了解。いくよ!」


 鎧に包まれた両足が、氷を踏み砕いて踏ん張る。

 ぐるん、と騎士が回した大剣の腹に、パーティーで最も小さな武闘家の体が乗る。同時に、アリアは肉体への魔力強化を全開にして、全力でそれをフルスイングした。

 結果、ムム・ルセッタの体は一発の弾丸のように、戦場を切り裂いて飛ぶ。


「でかい的、狙いやすくて、助かる」


 ドラゴンに比べれば、あまりにも小さな拳が、ぎゅっと握りしめられる。

 攻撃そのものを『増殖』させるシャナと異なり、ムムの魔法は防御性能には優れていても、攻撃に関して有効に作用するわけではない。

 触れた全てが『静止』する、という特性から、勇者パーティーの中でも一段上の魔法使いとして見られている彼女の強みは、しかし実のところ、魔法ではない。どんな人間でも持っている、誰もが握れば構えることができる、原初の武器。


 最もシンプルな、拳による打撃である。


 それは、単純な魔力強化に過ぎない。

 それは、日々の積み重ねに過ぎない。

 けれどもそれは、どこまでも正しく、一撃必殺の拳であった。

 衝撃が巻き起こった。誰もが、耳を疑った。

 顎を殴られた竜が、大きく仰け反って。一拍を置いた後に、悲鳴のような鳴き声を轟かせる口の牙が、砕けて割れる。


「……やっぱり、急所は、顎か」


 これこそが、世界最強の武闘家。

 修練を絶やさず、ただひたすらに磨き続けてきた金色の拳は、人の身の限界を超え、竜ですら殴り倒す。


 『金心剣胆クオン・ダバフ』ムム・ルセッタ。


 永遠の研鑽に、果てはない。

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