純白の圧倒
それはもはや、戦闘ではなく戦争の様相を呈していた。
72体の上級悪魔と、それらを統べて魔法を司る、最上級悪魔。そしてモンスターの王、ドラゴン。その軍勢と正面から対峙するのは、たった5人の人間だ。
上級悪魔とは、本来それ単体で街一つを容易に滅ぼすことができる、人知を超えた存在である。それが72体。さらに、リリアミラから奪った自己蘇生の権能まで保有している。
まるで群れを成すように笑い声をあげる悪魔たちを、シャナ・グランプレは積み上がった船の残骸の上から冷めた目で見上げていた。普通の感性を持っている人間なら、この光景を地獄と呼ぶだろう。あるいは、世界の終わりというべきか。
「もう救ってしまったので、いまいち実感が湧きませんね」
しかし、賢者はそうは思わない。
シャナは、杖を一振りした。
頭上には、72体の悪魔。ならば、こちらも相応の数を用意する必要がある。戦いの勝敗が数だけで決まるとはシャナは欠片も思っていないが、しかし数で優位を保とうとする相手に同様の戦術をぶつけるのは、明確な一つの解答である。
なにより、それはシャナの得意分野でもあった。
「勇者さん。私からいきます」
「よろしく」
短いやりとりは慣れたもので。
瞬きの間に、1人だったシャナの姿が、悪魔と同じ数……72人に『増殖』する。ずらりと居並ぶ同じ顔、同じ姿の賢者たちを前にして、しかし悪魔の群れの余裕は崩れなかった。
「大した魔法だ」
「けど、増えれば勝てるとでも、思ってんのかぁ?」
悪魔の嘲笑に、まともに耳を傾ける方が馬鹿である。シャナは無言のまま杖を振って、攻撃の準備を整えた。
空中に浮かび上がるのは、魔術で組み上げられた術式。本来なら複雑な詠唱を要するそれの起動を、天才である賢者は杖の一振りを以て完了させる。
「攻撃魔導陣……
小柄な少女の周囲から、岩石が削り取られ、弾丸となって浮き上がった。
一般的に、魔導師はあらかじめ構築した魔導陣を高速展開して、戦闘に用いる。並列処理に優れた腕の良い魔導師であれば、同時に二つ、三つの魔導陣を展開することができるが、シャナは攻撃用の魔導陣を一つしか展開しなかった。
一見、雑兵のように見えるが、群れているのは人間を遥かに上回る魔術耐性と身体能力を持つ上級悪魔である。撃ち出す攻撃の威力も考慮し、魔力を込めた魔導陣の展開は、それぞれ一つずつに留めた。
しかし、シャナ・グランプレは現在、72人に増えている。
72人の賢者が同時展開した、総数72門にも及ぶ、岩石の大砲。その威容に、悪魔達が狼狽えた様子を見せる。
「一つ、良いことを教えましょう」
賢者の声が、戦場に響き渡った。
それはジェミニが士気を高めるために用いたのと同じ、広範囲に声を届けるための拡声魔術だった。
「私の魔法特性は、自分自身と触れた対象の増殖。同一のものは100までしか増やせない制約がありますが、触れたものは完璧に、そのまま増やすことができます」
淡々とした声が、広がっていく。悪魔たちは眉根を寄せ、あるいは互いに顔を見合わせて、困惑の感情を表に出した。
いくら敵に能力の性質が知られているとはいっても、わざわざそれを大声で喧伝する理由はない。メリットもない。にも関わらず、賢者が己の魔法性質を開示する理由は、たった一つ。
「当然、増殖した私も問題なく魔法の行使が可能です」
己の力の誇示である。
72人の賢者が、72門の魔導陣に触れた瞬間、それは起こった。
増えて、増えて、増える。
無限に溢れているのかと、錯覚するほどに。増殖していく魔術の紋様がどこまでも広がっていき、空を覆い尽くす。
「は……?」
「なんだ、これは……」
シャナ・グランプレの魔法は、すべてのものを無条件に増やすことができる……わけではない。
例えば、池に張られた水をそのままそっくり『増殖』させることはできない。それはシャナが、池の中の水を数えることができないから。見ただけでは、その池に満ちる水の総量を把握することができないからだ。だが、手元のコップに満たした1杯の水であれば、1杯を2杯に、2杯を3杯に増やすことができる。
つまり、発射準備を整えた魔導陣は、シャナにとって魔力という水が並々と満たされ、可視化されたコップと同様の存在であった。自らが生成した魔導陣を、シャナは増やせる『もの』として認識している。
ならば、増やせない道理はない。
「
72門では、留まらない。かつて世界を救った賢者の力は、そんな小さなスケールには収まりきらない。
72×100=7200
合計7200門もの大砲が、悪魔達に牙を剥く。
「堕ちろ、雑魚ども」
その一言が、蹂躙の合図だった。
轟音、という言葉すら相応しくない。断末魔の悲鳴すら、掻き消える。まるで暴風雨のような岩石の砲弾が、細腕の一振りから放たれる。
これこそが、世界最強の賢者。
現実を真っ白なキャンパスに変えて、彼女は自分が望むものを、意のままに描き出し、知恵を以て使い潰す。
『
咲き乱れる花を、何人も汚すことはできない。
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