そのパーティー、全員脳筋

「あ?」


 途中で消えた手応えに、おれはたまらず間抜けな声をあげた。大剣で肩口から真っ二つにするはずだった小さな体が、目の前から忽然と消失したからだ。


「ちょっと師匠? 止めてたんじゃないんですか?」

「ふむ。大悪魔とやらの魔法、甘く見てた」


 滅多なことで表情を動かさない師匠が、少なからず驚いた様子で振り返る。


「わたしが、直接触れれば止められる。でも、外側から干渉されたら、止められないらしい」


 足元に転がっている小石、おそらくジェミニと入れ替わったのであろう石を、師匠は蹴っ飛ばした。視線の先には、肩の傷口を抑えて荒く息をしている少年と、手をかざしている少女がいる。

 軽く舌打ちしながら大剣を軽く振るうと、刃から血が滴り落ちた。逃しはしたが、無傷では済まなかったらしい。


「あの悪魔の魔法は、自分自身と触れているものを、視線の先にある対象と入れ替える効果を持っているようです」


 半裸でおれに抱きついたままの死霊術師さんが、得意げな顔で解説してくれる。説明はとてもありがたい。ありがたいのだが、そろそろ離れてほしい。胸とか当たっていて、さっきから師匠の視線がすごく痛い。


「武闘家さまの魔法で、触れていた少年の方の魔法はことができても、少女の方の魔法は止めることができなかったようですわね。やれやれ、黄金の魔法が聞いて呆れますわ」

「は?」

「師匠。落ち着いてください、師匠」


 今にも体に巻き付いた死霊術師さんごとおれを殴りそうな師匠を宥めていると、


「……調子に、乗るなよ」


 負け犬の遠吠えが聞こえてきた。

 いや、違う。何も聞こえないな。


「何だ? 言いたいことがあるなら、もっとでかい声で言ってくれ」

「なら、言わせてもらうよ」

「わたしたちは、まだ負けていない」


 あれほど激昂しているにも関わらず、悪魔の視線はおれを見ていなかった。

 どこを見ているんだ、と。疑問に思ってから、気付く。


「赤髪ちゃんっ!」


 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 後ろに隠れていた赤髪ちゃんを目敏く見つけだしたジェミニは、たった一瞬でその体を手元に転移させ、引き寄せ、捕縛していた。


「ゆ、勇者さん!」

「馬鹿が」

「わたしたちを馬鹿にするから、こうなるんだよね」


 まずい。完全にしくじった。


「む。抜かったな」

「あの魔法は『見る』だけで、対象を手元に捕まえられるようなもの。厄介ですわね」


 師匠と死霊術師さんは呑気にそんなことを言っているが、冗談ではない。早く、赤髪ちゃんを取り戻さないと……


「落ち着いてください。勇者さん」


 沸騰しかけたおれの頭に、冷ややかな一言が水をかけてくれた。


「あの最上級悪魔は、2体で1体の特別な存在。それなら、同じ魔法を扱うことにも納得がいきます」

「……賢者ちゃん」

「空間操作系の能力かぁ。あたしは近づいて斬るしかできないけど、接近しても逃げられそうで困るね」

「……騎士ちゃん」

「その女を許すのは、甚だ不本意ですが……とはいえ、私たちが5人、揃っているのです」


 いつも通りの自信に満ち溢れた顔で、賢者ちゃんが言い切る。


「女の子を1人助けるくらい、何の問題もないでしょう? 違いますか?」


 ……いいや、違わない。


「赤髪ちゃん!」


 声を張り上げて、言う。


「すぐに助ける!」

「っ……はい!」


 ジェミニは、それを鼻で笑い飛ばした。


「はっ! 自信満々だね」

「きみたちは、仲間の力を頼りにしているようだけど」

「でもそれは、きみたちだけのものじゃない」


 羽の音が聞こえた。

 ドラゴンの翼ではない。もっと小さくて、耳障りな、虫のような羽音。


「ぼくたちにだって、仲間はいるんだ」

「協力、団結、絆」

「数の力が人間の専売特許じゃないってことを」

「教えてあげるよ」


 なるほど、と少し納得する。

 ジェミニが無駄に自信満々だった理由が、ようやく理解できた。

 まるで空を覆い尽くすかのような、黒い影。各地からかき集めたのであろう、地獄の使徒達。上級悪魔の群れが、まるで肉に群がる蝿のように集結していた。


「うわ……なに、あの数」

「数え切れない。賢者、あれ何体いるの?」

「ざっと数えて、72体ですね。よくもまぁ、ここまで集めたものです」


 呆れたような賢者ちゃんの呟きをかき消して、ジェミニが叫ぶ。


「聞け! 我が同胞たちよ!」

「よくぞ集まった! 魔王さまの魂は、すでに我が手の中にある!」

「あの目障りな勇者を排除し!」

「我らの主を! 我らの時代を取り戻すのだ!」


 拡声魔術によって広がったジェミニの声に、悪魔たちが賛同の雄叫びをあげる。あの双子悪魔、見た目は子どものくせに、士気を引き上げるのは無駄に上手いな。


「恐れるな!」

「このジェミニ・ゼクスが、お前達に力を授けよう!」

「肉を切り裂かれ、骨を砕かれようと、お前たちは蘇る!」

「あの人間どもを、蹂躪しろ!」


 ジェミニの腕が、紫色に妖しく輝き、悪魔の群れを照らし出す。


 ん? 


「ちょっと死霊術師さん。あれなに?」

「ふふ。いやその、なんというか……わたくし、あの悪魔と契約していたので」

「うん」

「取引内容に合わせて、ドラゴンの支配権を譲り渡したり、わたくしの魔法の一部を貸し出したりしておりまして」


 なんかすげー不穏な単語聞こえたな。もしかして、魔法を貸し出すって言った? 


「先ほど、一方的に契約を破棄してしまったので、わたくしの魔法が強制的に、あちらに権能として吸い上げられているようですわね」

「わかりやすく言ってくれない?」

「あのドラゴンや上級悪魔の群れ、多分自己蘇生します」

「最悪じゃん」

「そんなに褒めないでくださいませ。照れます」

「勇者くん、この人殺していい?」


 殺したくても、殺せないんだよなぁ……

 わらわらと湧いてきた上級悪魔を見て、深い溜め息を吐く。たしかに、あれらが全て自己再生するというのは、かなり手間だ。正直、すごく困る。


「どうすれば止められる?」

「契約破棄のペナルティによって、能力の一部を吸い上げられているのなら、契約者である双子を殺せば止まるでしょう」

「双子が蘇る可能性は?」

「それは殺してみなければわかりませんが……自分が蘇生できるなら、あんなにわかりやすく、情けないツラを晒して勇者さんの剣から逃げると思いますか?」

「いや、思わない」

「なら、そういうことです」


 賢者ちゃんはやっぱり頭が良い。

 つまりこれは、ジェミニという頭を潰せば終わりのゲームというわけだ。わかりやすくて助かる。


「じゃあ、作戦立てようか」

「立てる作戦とかあります? 突撃すればいいでしょう?」

「すいません。役職をお聞きしてもいいですか?」

「天才賢者ですが?」


 発言が賢者じゃないんだよなぁ。


「勇者くんが言いたいこともわかるよ。突撃するにしても、どう突撃するかとか、そういうのあるもんね」


 頭兜のフェイスガードを上げた騎士ちゃんが、ドヤ顔の笑みで鎧に包まれた親指を立ててきたが、うーんちょっと違うっていうかもう脳筋ですね。だめだこのマッスルプリンセス。


「勇者」

「なんです師匠? 何か名案が?」

「あのドラゴン、殴ってみたい。殴っていい?」

「……」


 よし、決まったぜ。


「突撃だ」

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