最強の剣、最強の拳
威勢の良い啖呵を切って、今度こそあのいけ好かない悪魔の息の根を止めるために、先陣を切ろうとしたおれは……しかし、賢者ちゃんに首根っこを掴まれて、止められた。
「まってください、勇者さん」
「ぐぇ」
首が締まって、情けない声が出た。
なんだなんだ。これからかっこよく戦闘開始、って時に。
「何か、忘れていませんか?」
「何かって……あ」
さすがに、賢者ちゃんは冷静というべきか。おれも知らず知らずのうちに頭に血が上っていたのだろう。言われてから、ようやく気がついた。
目の前には、おれたちが乗っていた船を牽引していた、巨大なドラゴンがいる。豪華客船という重荷を捨てて、身軽になった竜は、従順に悪魔に付き従っている。
そう、豪華客船という重荷を捨てて、だ。
「船……どこいった?」
「あ」
やはり、言われて気がついた、といった様子の赤髪ちゃんが、空を見上げて体を青くする。その反応で、もう何も言わなくてもわかった。何も言わなくてもわかってしまったが、わかっていても上を見上げてしまう。
視界が、覆われそうだった。
雲を突き抜けて、おれたちの頭上に、死霊術師さんが己の財を投じて作らせた豪華客船が、真っ逆さまに落ちてくる。
「船がっ……船が、落ちてきます!?」
説明ありがとう赤髪ちゃん。
そりゃそうだ。ドラゴンが上空で牽引用ワイヤーを切り落として急降下してきたなら、そのあとにぶら下げていたものが落ちてくるに決まってる。まさか自由落下でおれたちの上に落ちてくるとは思わなかったけど。
あの双子悪魔どもが、やけに自信満々な理由の一つがわかった気がした。
「ごめんね、勇者さま」
「初手から、チェックをかけさせてもらうよ」
まるで船の落下が合図であったかのように、ドラゴンが口の中に炎を充填し始める。最上位のモンスターであるドラゴンが吐き出すブレスは強力無比。まともに食らえば、一発で全滅する。
「む……」
船を止めるために、死霊術師さんを腕に刺したまま先んじて動こうとしていた師匠が、立ち止まった。その攻撃態勢を見て、迷う様子を見せる。
無理もない。うちのパーティーで確実に、絶対に攻撃を止めることができるのは、師匠の魔法……『
前門の竜の火球。直上から落下する豪華客船。異なる方向から同時に襲ってくる、大規模な範囲攻撃に対応するためには、どうしても一手足りない。
「よく考えたな……」
「感心してる場合じゃないです! どうするんですか!?」
赤髪ちゃんの言うとおり、感心してる場合ではない。
「賢者ちゃん」
「船の中を魔術探査しましたが、あの女が言うところの『一般客』とやらは、いませんでしたよ。自分の職員も乗せていたのは側近だけで、彼らもすでに脱出させていたようです」
おれが欲しい答えを、賢者ちゃんはすぐにくれた。
ということは、あの船はもう無人か。
「それなら、なんの問題もないな」
「へ……?」
何を言ってるんだ、という目で赤髪ちゃんはおれを見たが、おれから言わせてもらえれば、そっちの方が何を心配しているんだ、と言いたい。
「師匠はドラゴンへの対応を」
「ん。わかった」
おれたちは、世界を救ったパーティーだ。
この程度のピンチは、まったくもってピンチの内に入らない。
「おわりだよ! 勇者さま!」
終わらねぇよ、馬鹿が。
「上は任せた」
「まかされた」
指示と同時に、おれが背中を預ける騎士は、頷きもせずに上空へと跳躍した。同時に、かわいらしい白のワンピースがうっすらと透けて消失し、瞬きの間にその全身が蒼銀の鎧を身に纏う。頭兜が金の髪を包み込み、表情の全てが完璧に覆い尽くされる。
右手には、火の聖剣。左手には水の聖剣。
彼女が振るえば、それは炎と氷に変わる。
両手に構えたそれらが、まるで飛び立つ鳥の羽根のように広がって。
一刀両断。
豪華客船を、二つに切り分けた。
「いっ……!?」
うーん、お見事。
どうだ、うちの騎士さまはすごいだろ!と大いに自慢したいところだったけれど。驚く赤髪ちゃんにかまってあげる暇は、さすがにもうない。おれは剣を構えて、叫んだ。
「なるべく細かく頼む!」
「注文多いなぁ!」
「できない?」
「はあ?」
騎士の声のトーンが、一段深く落ちる。
「誰に言ってんの?」
それが大剣であることが嘘のように、立て続けに斬撃が炸裂する。大剣を片手で振るう魔力の身体強化と、積み重ね、習熟された剣技がなければ、絶対に不可能な所業だ。これ、騎士ちゃんもまた腕上げてますね。おれも負けてられねぇわ。
大まかに炎の剣でカットされた船のパーツはそれでもまだ一つ一つが巨大で、頭上に落ちれば命はない。とはいえ、ここまで細かくなれば、あとは砕くだけで事足りる。
赤髪ちゃんと賢者ちゃんの頭上に落下してくる船の残骸を、おれは大剣を振りかぶって破砕し。騎士ちゃんは左手を翻して、氷の波で切り裂いたそれらを押し流した。
「……この船、保険とか下りるんですかね?」
「知らん」
賢者ちゃんは守銭奴なので、そこらへんの事情が気になるのだろうが、それについても考えている暇はない。
落下する大質量に対処したのも、束の間。すでにドラゴンはブレスを撃ち放ち、巨大な火球がおれたちを飲み込もうとしていた。見事な挟み撃ちだ。
まあ、まったく問題ないが。
「おい、死霊術師」
「っ……ハァ! 武闘家さま! ようやく心臓への『静止』を解いてくださったのですね!? とりあえず、勇者さまにお話を……」
「今から、多分少し、熱い」
「熱いってな……ちょ、あなたまさか……」
死霊術師さんを装備したまま、師匠は巨大な火球に躊躇いなく手を触れた。
炎の揺らめきが、流れが、この世の法則の全てを無視して、空中で静止する。
その魔法を知っているはずの赤髪ちゃんは、しかしその有り得ない光景に、目を見開いた。
「炎が、止まって……!」
はじめて見たら、驚くのも無理はないだろう。魔術には理屈があり、理論があるが、魔法は違う。理屈も理論も笑い飛ばして、世界を根本から塗り替えるのが『魔法』という力の本質。
故に。師匠が触って止めることができる、と認識したものなら、『
ついでに補足するならば、おれの師匠は意外と負けず嫌いなところがあるので、攻撃を止めた程度では絶対に満足しない。小柄な幼女は、自分の身の丈以上の妖艶な美女の足首をひっ掴み、魔法で固めた状態で一本の棒のようにして、空中でそれを振りかぶった。
「よっ────」
「は? まってくださいまってくださいそんなことをしたらわたくしの体がやめろクソババ……」
「────せい」
気の抜ける掛け声にもなってない掛け声と共に、師匠は必死の制止を無視して、静止させた死霊術師さんを片手でフルスイング。ものすごい悲鳴が聞こえた気がしたが、途中で熱に焼かれて跡形もなく消える。
問題、ドラゴンのブレスは打ち返すことができるか?
正解、仲間との絆があれば打ち返せる、だ。
「は?」
悪魔の間抜けな声も聞こえた気がしたが、それすらも飲み込んで。師匠が打ち返した火球の剛速球は、寸分違わずドラゴンの頭部へと返され、直撃した。
自分が吐き出したものとはいえ……いや、自分が放った攻撃だからこそ。モンスターの王もさすがにただでは済まなかったらしい。絶叫を響かせて、竜は激しく頭を揺らし、のたうち回った。
「ありがとうございます、師匠。たすかりました」
「ふ……我ながら、完璧なスイング。これなら、王都の野球で、プロデビューも狙える」
師匠はいたく満足した様子で、焼け落ちて持ち手……もとい、足首しか残っていないバット……もとい、死霊術師さんを地面に放り捨てた。
「師匠は身長制限で選手にはなれないと思いますよ」
「身長、制限……? あ、ごめん勇者。あのバット、捨てた」
「ああ、いいですよ」
おれは足首しか残っていない死霊術師さんを見て、溜め息を吐いた。
「どちらにせよ、そろそろ生き返らせないと、全員集合できませんから」
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