世界を救い終わったけど、女の子を救うことにした

「で、これ着地どうしようか……」

「え」


 鼻が触れそうな距離で、少女の顔からさっと血の気が引いた。


「……なんにも考えてなかったんですか?」

「うん」

「こんなに、こんなにかっこよく助けに来てくれたのに?」

「必死だったからね」

「空を飛べたり、しないんですか?」

「いやほら、おれ、鳥じゃないし」

「……」

「……」


 また、しばらく見詰め合う。

 なんとも言えない間を、一拍置いて。


「どうするんですかぁ!?」


 うわ、生きることを決めた声、マジで元気だな、と。抱き締めたまま、勇者は耳を塞ぎたくなった。


「いやだから、どうしようって相談をしているんだよ。今、現在進行系で」

「勇者さんそういうところありますよ! 前にわたしを放り投げた時もそうだったじゃないですか!?」

「あれは仕方ないでしょ。師匠いたし」

「結果論じゃないですか!? どうしてもうちょっと後先考えて行動できないんですか!?」

「はーっ!? 後先考えたら間に合わないこともあるでしょうが!? 世界を救ったり女の子を助ける時は、迷ったら負けなんだよ!」

「いやだーっ! 死にたくない! 死にたくないです!」

「さっきまで自分から死のうとしてたのに、めちゃくちゃ生きようとするじゃん!?」

「ダメですか!?」

「いや、めちゃくちゃうれしいけどね!」


 そんな馬鹿なやりとりをしている間に、地面がどんどん近づいてくる。

 もうだめか。腕にすべての魔力を集中して、潰す覚悟で衝撃を殺すしかないか、と。勇者が少女を抱きとめていた片手を解き、構えた、その瞬間、



「セーフ」



 地面と顔がキスをする、直前。

 二人の身体は逆さまのまま、まるで空中に浮遊しているかのように、唐突に静止した。


「よっ」

「師匠……助かりました」


 ぎりぎりのところで滑り込むようにして二人の身体を静止させた武闘家は、止まったままなのをいいことに、抱き合っている二人の体勢をじろじろと眺めて、それからとても満足したように頷いた。心なしか、いつもの無表情がほんのりとニヤニヤしているように見える。


「うむ。仲が深まったようで、なにより」

「あ、いや、これはその……」


 あたふたと慌てて動こうとした少女だったが、ムムの魔法の前には為す術もない。


「はいはいはい。そういう反応はいらねーんですよ。まったく……」


 足早に寄ってきたシャナがさっと杖を一振りして、二人の身体に蓄積していた運動エネルギーを逃がす。それでようやく、ムムは静止の魔法を解除した。


「ところで師匠」

「なに?」

「なんで右腕に死霊術師さんを突き刺したまま持ち歩いているんですか?」


 まるで前衛的な美術品のようにムムの腕に突き刺さっているリリアミラを見て、勇者は首を傾げた。


「コイツが裏切った上に、わたしに、生意気な口を利いたから」

「なるほど」


 納得した。


「それでいいんですか!? 死霊術師さんすごいことになってますよ!?」

「いいんじゃない?」

「勇者くん! 赤髪ちゃん! 無事でよかった〜!」

「あ、騎士さん! みなさんも、やっぱりご無事だったんですね!」

「やっぱりとはなんですか。やっぱりとは。普通はあの高さから外に落とされたら死ぬんですよ。まあ、私達はご覧の通り最強なので、ピンピンしていますが」


 まだ固く手を握ったままの勇者と少女を、シャナはじっとりとした目で眺めて、深い溜め息を吐いた。


「大丈夫か、とは……もう聞きませんよ。その人に、随分甘やかされたようなので」

「っ……はい!」

「良いでしょう。では、さっさと立ってください」


 上空を睨み据えて、賢者は警告する。


「ヤツらが来ますよ」


 まるでそれが合図だったかのように、雲が割れた。

 空気を震わせる轟音と共に、翼をはためかせ、爪を突き立てて、巨大な化物が大地に降り立つ。


「さっすがだねぇ! 勇者さま!」

「魔王様を助けてくれて、ありがとう! 助かったよ」


 モンスターの王。竜の頭頂部に、跨るようにして、悪魔の双子が座っていた。


「あれですか、黒幕は」

「ていうか、死霊術師さんが結んでたドラゴンとの契約、あっちに取られてない?」

「本当に、面倒。つくづくこの女、悪いことしかしない」


 全員が口々に文句を言っていたが、しかしようやく倒すべき敵が見えたことに、間違いはない。

 シャナは杖を、アリアは二振りの大剣を、ムムは腕に突き刺した死霊術師を構える。


「じゃあ、魔王様をこっちに渡してもらっていいかな?」

「断る、と言ったら?」

「もちろん、力尽くで奪い取るよ」

「大した自信だな」

「勝算があるからね」

「そうか」


 勇者は、一歩、前に出た。

 騎士は、その隣に並んで大剣を真横に倒した。

 賢者は、大剣にそっと触れ、聖剣であるはずのそれを一瞬で複製し、勇者に恭しく手渡す。

 武闘家は、無言のまま勇者の背を守るように立つ。

 死霊術師は、変なポーズのままだった。


「やる気だね」

「勝算があるからな」

「傲慢だね」


 勇者がオウム返しにした言葉に、悪魔もはじめて会った時と同じ皮肉で答えた。

 しかし勇者は、その皮肉こそを鼻で笑う。


「傲慢、大いに結構」


 構えた剣に、迷いはない。

 突きつけた意志に、曇りはない。


「世界も、女の子も、両方救う。それが勇者だ」


 世界を救い終わった勇者の、たった一人の少女を助けるための戦いが、今、始まる。

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