武闘家さんと死霊術師さん

「……ごっ、がっはぁ……?」


 ムム・ルセッタの小さな拳が、リリアミラ・ギルデンスターンの胸を貫いた。

 それは、明らかな致命傷。

 リリアミラの口から、血が湯水のように溢れ出る。赤髪の少女も目を見開いていたが、それ以上に慌てたのは、怒りを必死に押し殺していたアリアとシャナだった。


「む、ムムさぁーん!?」

「なにやってるんですか!? なにやってるんですかちょっと!? コイツからなるべく情報を引き出さなきゃいけなかったのに!?」


 慌てる二人とは対照的に、ムムは低い声で言った。


「良い。もうコイツ、殺す」

「だからその人、殺しても死なないんだってば!」

「ダメですよ! そりゃ、手を出したくなる気持ちはわかりますけど!?」

「殺しても死なないなら、死ぬまで殺してわからせる」

「ぐっ……ぶ。む、無駄、ですわ」


 胸に突き刺さった腕を掴んで、リリアミラはそれでも笑ってみせる。


「いくら、殺した、ところで……わたくしの『紫魂落魄エド・モラド』なら……」

「四秒あれば、蘇生する。それは、知ってる。でも、わたしの『金心剣胆クオン・ダバフ』は、触れた対象を静止させる」


 息も絶え絶えなリリアミラの言葉を、ムムは強引に遮った。表情は変わらないままでも、押し殺した怒りが言葉を震わせている。


「これは、純粋な疑問。

「なっ……!」

「試して、みようか」


 肉の塊を、潰す音が響いた。


「お前がわたしを嫌う理由は、単純」


 リリアミラの息の根が止まる。文字通り、息の根が止まった状態で、静止する。血液の循環が停止し、肉体の活動が停止する。


「わたしの魔法と、お前の魔法の相性が、致命的に悪いからだ」


 ダメ押しとばかりに、ムムは左の拳を無造作に振るった。その裏拳を受けたリリアミラの首が、有り得ない方向にあっさりとひん曲がる。ありえない方向に曲がった状態で、ムムは左手でそのポーズを固定した。

 いや、そもそも前衛芸術の銅像のようになってしまったその姿勢を、果たして人間のポーズと呼んでいいものなのか。


「これで、よし」


 満足気に、ムムは鼻を鳴らした。


「うわ……」

「グロ……」


 シャナとアリアはドン引きした。むしろ、引かない方がおかしい。


「……まあでも、これで落ち着いて赤髪ちゃんと話せるか」

「それはそうですね。ムムさんのやり方は些か強引に過ぎますが、とりあえず結果オーライということにしておきましょう。ムムさん、その死霊術師を、しばらく黙らせておいてください」

「うむ。うるさい女を、黙らせたわたしに、感謝」

「感謝はしますが、あとで聞くことはたっぷりありますからね。ちゃんと逃さないように抑えておいてくださいよ」


 どこか弛緩した空気の中で、しかしようやく話をできる環境が整った、と言いたげに。二人は赤髪の少女に視線を向けた。

 シャナが聞いた。



「で、大丈夫ですか?」



 少女を気遣って、質問をした。

 ああ、同じだ、と。少女は少し驚いて、それから納得した。


 ──大丈夫? 


 最初に会った時、勇者も同じことを聞いてきた。

 この人達も、同じことを聞いてくるのだ、と思った。

 立ち竦む少女の態度を気にもせず、賢者と騎士はずかずかと歩み寄って、じろじろと少女のことを観察する。


「外見に異常はなさそうだけど……」

「魂を蘇生させた、というさっきの言い回しが気になるところです。そもそも、普通に蘇生することができたなら、さっきムムさんが言っていた通り、呪いを解いてもらって終わりですから」

「この子は、魔王を復活させるための器みたいな存在ってこと?」

「アリアさんにしては、良い線を突いてますね。繰り返しになりますが、魂だけ蘇生させた、とあの女は言っていました。つまり、肉体は異なるものだということです。実際、魔王の外見と、この子の見た目は全然違います」

「うん。あの魔王、たしかにおそろしい美人さんだったけど、あれは赤髪ちゃんとは種類の違うきれいさだったもん。髪色も違ったよね」


 ああだこうだと言いながら、賢者は少女の手を勝手に取って、魔導陣を展開し、体の状態をチェックする。


「あ、あの……」

「なんです?」

「わたしが、魔王だって聞いて……なんとも、思わないんですか?」

「は? 思うに決まってるでしょう。今も私の天才的な頭脳と魔術が、あなたを助けるためにフル回転していますよ」


 助ける、と。賢者は言った。


「どうして……どうして、わたしを、助けてくれるんですか?」

「勇者くんなら、そうするからだよ」


 事も無げに。騎士は言った。


「あと、あたしは赤髪ちゃんと一緒にご飯を食べてる。食事をして、話して、赤髪ちゃんが魔王じゃない普通の女の子だってことを知ってる。助ける理由は、それで十分かな」

「そういうこと。あなた、魔王と違って、いい子」


 心臓を握り潰して止めたまま、ムムが頷く。


「……先に断っておきますが、私はこの二人ほどお人好しではありません。だから、きちんと事情を聞かせてもらえますか?」


 フードの中から覗くシャナの瞳が、少女を見据えていた。


「あなたに、何があったのか」

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