死霊術師さんの本音

「みなさんがご存知の通り、わたくしの魔法は触れれば四秒で、触れた対象を完全に蘇生させます」


 リリアミラは語る。

 杖を向けられ、剣を突きつけられた状況で、自慢気にそれを語る。


「ですが、万能に思えるわたくしの魔法には、根本的に重大な欠陥がありました」

「……そもそも、触れることができなければ、蘇生できない」

「ええ、正解ですわ。賢者さま」


 自分に殺意を向けるシャナの言葉を、リリアミラはゆったりと肯定する。


「勇者さまが魔王様を殺したあと、騎士さまが跡形もなく魔王様の身体を焼き尽くしてしまったせいで、死体は文字通り塵も残らない有様でした」

「あなたに、万が一にも蘇生されたくなかったからね」


 今度は、アリアが答えた。

 リリアミラは顔を覆って、わざとらしく体を振ってみせる。


「これでは、蘇生することなどできない……わたくしは、愚かにもそう思い込んでおりました。ですが、諦めなければ奇跡を起こすのが、魔法です! その結果は、ご覧の通り」


 赤髪の少女を見て、リリアミラは誇らしげに豊かな胸を張る。


「結論から言えば、わたくしの魔法に不可能はありませんでした。もちろん、完全な蘇生、とはいきませんでしたが」

「……魂だけ、と言ったのはそういうことですか。あなたの自慢話を聞く気はありませんが、よく魔王の肉体の一部を見つけられましたね」

「わたくしが契約した悪魔の能力ですわ」

「……それも、魔法ですね」


 シャナの表情が、あからさまに歪む。


「はい。わたくし、悪魔に取引を持ち掛けられまして」

「取引?」

「単純な話です。魔王様を蘇らせる代わりに、勇者さまの体に刻まれた呪いを、解いてもらう。そういう契約を、最上級悪魔と交わしました」

「ということは、この船にその悪魔も……」

「ええ、ええ。乗っておりますよ。もちろん『呪いを解いてもらう』という誓約がある以上、彼らが勇者さまを殺すことはできません。そこは、安心して頂いて結構ですわ」

「いけしゃあしゃあと、よくもほざけたものですね」

「それはこちらのセリフですわ」

「はあ?」


 怒りと疑問をないまぜにした声が、シャナの口から出た。しかし、不遜な死霊術師はそれを一切気にする様子もなく、自分に向けられているのと同じ種類の視線で、パーティーメンバー達を見た。

 怒りと疑問が、満ち満ちた瞳で。


「あなた方は、わたくしの行動をありえない、と罵るでしょう。ですが、わたくしから言わせてもらえば、あなた方のほうが、ありえなくて、信じられません」


 言葉が、感情が、止まらない。

 いつも人を食ったような言動で煙に巻く、リリアミラらしからぬ激情の熱を。付き合いの長いパーティメンバー達は感じ取っていた。


「どうしてみなさまは、勇者さまに名前を忘れられてしまったことを、そんな風に受け入れられるのです?」


 死霊術師は、賢者を見て言う。


「名前を忘れたことを気にしないくらい、幸せで満ち足りた環境を作って誤魔化そうとしていたんですか?」


 死霊術師は、騎士を見て言う。


「己の行いを悔いて、今度こそ守れるようにと自己満足の努力を続けていたんですか?」


 死霊術師は、武闘家を見て言う。


「大人ぶった価値観で、都合の良い諦めの中に沈んでいたんですか?」


 忌々しげに、シャナは歯軋りした。

 アリアは手のひらを固く引き絞った。

 能面のような表情のまま、ムムは黙っていた。


 リリアミラは、言葉を紡ぐことをやめない。


「わたくしは、いやです」


 己の欲望を、ありのままに発露する。


「好きな人に、名前を呼んでもらいたい」


 それは、一人の女性としての望みだった。


「わたくしは言い訳を並べ立てて、自分の気持ちを諦めるつもりは毛頭ありません」


 この場にいる全員の心を、リリアミラは正確に突いていた。

 シャナが押し黙る。アリアが唇を引き結ぶ。赤髪の少女は、そんな彼女達の様子を黙って眺めていて。

 沈黙を破ったのは、やはりこの場で最年長の女性だった。


「……あなたの気持ちは、理解できる」


 ムムが最初に口にしたのは、リリアミラへの素直な共感。


「でも、その子はまだ魔王じゃない。あなたの魔法と、悪魔の魔法だけで蘇生できたなら、わたしたちと対立する前に、事を終えているはず」


 次に提示したのは感情論を抜きにした、単純な事実と可能性の話。


「なにが仰りたいのでしょう?」

「……魔王の完全な復活には、まだ何らかの手順を踏まなければならない。そのために、あなたは勇者とその子を一緒に行動させていた」

「つまり?」

「もう一度言う。その子はまだ魔王じゃない。魔王じゃないのなら、魔王にさせるわけにはいかない」


 最後に、対立の姿勢の明示。

 武闘家は、拳を構えて、死霊術師を見据えた。


「……はっ」


 リリアミラは、それを鼻で笑う。


「やっぱり、クソババアに何を言っても、無駄なようですわね」

「………………は?」


 瞬間。比較的、高い声色のムムの口から、これまでで最も低い声が漏れ出た。


「今、なんて、言った?」

「あらあらあら。やはり耳まで遠くなっているようですわね。見た目だけ若作りのクソババア、と言ったのです」


 シャナとアリアの顔が、わかりやすく青くなる。

 端的に言ってしまえば、それは武闘家の、最大の地雷だった。リリアミラも、わかっていて踏んでいた。

 自分で年齢を言う分には構わないが……ババア、という言葉はムム・ルセッタには禁句である。

 返事はなかった。

 ただ、地面を踏み締める音がした。


「黙れ、小娘」


 達人の足運びは、間合いという概念を超越する。

 杖を構えていたシャナと、剣を突きつけていたアリアの隙間を、小柄な体を活かし、音もなく抜けて。

 振り抜いた拳の、たった一撃で。武闘家は、死霊術師の胸に手のひらを突き刺していた。

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