少女と魔王
人間とは異なる生態を持ちながら、人語を解し、魔術を操り、人に契約を持ちかける魔の存在は、悪魔と総称される。
彼らの大まかな分類は、四種類。
自身の名前を持たず、魔力量も力も貧弱な下級。
己のアイデンティティとも言える魔術を確立した中級。
一体で街を一つ滅ぼすと恐れられる上級。
普通なら、人が遭遇する悪魔の頂点は上級で打ち止めである。だが、上級悪魔の中でも、極一部の個体だけが、自分にしか扱えない固有魔法を獲得し、翼と爪を備えた怪物から、人間の姿へと進化する。
「ふふ」
「はは」
その悪魔は、乾いた笑いを漏らしながら、手元のキューブを見た。
ジェミニが手を組んだ女に特別に用意させたその箱は、封印魔術が刻印された一種の監獄。小さな箱の中に作られた異空間に、対象を封じ込める。
「やったね」
「うん。やったね」
自身の固有魔法によって、勇者をキューブの中に『転送』することに成功したジェミニは、勇者を完封したといっても過言ではなかった。
魔王を倒した、あの勇者を、だ。
「「やったぁあぁあああああああああ!」」
絶叫。
全身で、手を取り合って、ジェミニは喜びを発露する。
悪魔は、根本的に人間とは違う生き物である。しかし、今にも踊りだしてしまいそうなジェミニのその喜び様は、皮肉なことに人間らしさに満ちあふれていた。もっとも、それを指摘できる人間はこの場に一人としていないのだが。
多くの悪魔にとって、世界を救った勇者とは、それほどの相手だったのだ。
「……ふう」
「うれしいね」
「うん。とってもうれしいね」
勇者を封じ込めたキューブを大切に抱えて、ジェミニは歩き出す。
「じゃあ、ぼくたちの」
「わたしたちの主を、迎えに行こうか」
悪魔の悲願まで、あと少し。
◇
つまるところ、リリアミラ・ギルデンスターンは、最初から他のパーティーメンバーに疑われていた。
「……はぁ」
両手を挙げて、リリアミラはあっさりと降参の意を示した。
「参りましたわ。まさかわたくしが、ここまで信用されていないなんて。せっかく上級悪魔を三匹も潰して、それらしく振る舞ってみせたのに、全て無駄だったとは……悲しくなってしまいます」
「むしろどうして、何を根拠に、どんな理由で信用されていると思ってたんですか? このアバズレが」
「口が悪いよ、シャナ。もっとも、それについては完全に同意するけどね」
「二人とも、気持ちはわかるけど、リリアミラを締め上げて懲らしめるのはあとでいい。今は、目的を聞き出すことが先決」
今にも怒りが沸騰しそうなシャナとアリアを、後ろで腕を組んでいるムムが、言葉で押し留める。
リリアミラは手を挙げたまま、唯一自由な首で頷いた。
「武闘家さまはやっぱり違いますわねぇ。いつも理性的で素晴らしいです」
「伊達に、年は喰っていない」
「その落ち着き、他のお二方に見習ってほしいですわ」
「……リリアミラ」
あくまでも一定のトーンで、ムムは会話を続ける姿勢を崩さない。
「わたしは、あなたが何の理由もなしに悪魔と手を組むとは思えない。あなたの目的は、なに?」
「わたくしの目的は、今も昔も変わりませんわ。勇者さまに名前を呼んで、殺してもらう。それだけです」
「イカレ女が」
シャナが毒づく。
「なんとでも仰ってくださいな。愛のカタチは人それぞれですから」
「……質問を、変える」
ムムは、組んでいた腕を解いて一歩前に出た。
「あの子は、誰? どうして、記憶がないの?」
「……本当にあなたは、一言で核心を突いてきますわね」
それまで侮蔑と嘲りしか含まれていなかった声音に、ほんの少しだけ尊敬が混じる。
「お察しの通り、あの子は記憶喪失ではありません」
「記憶喪失じゃない……?」
困惑の声をあげたのは、アリアだった。
「あらあら、騎士さまは鈍いですわね。記憶がない、と武闘家さまも仰っているでしょう?」
「でも、あの子は……」
「前提条件が、そもそも逆なのです。なぜなら──」
「──失ったわけじゃなくて、最初からわたしには、何もなかったから」
その答えは、リリアミラが言ったものではなかった。死霊術師に向けられていた全員の視線が、声の主を求めて振り返る。
少女が、いた。
触れたものを火傷させてしまいそうな、赤い髪。瞳に写したものを燃やし尽くすかのような、赤い瞳。腰まで届く長髪を靡かせて、いつの間にか、その少女は部屋の入口に立っていた。
まるで、全てを諦めたような表情で、そこにいた。
「……ごめんなさい」
それしか、自分にできることはない。そんな様子で、赤髪の少女はただ、頭を下げる。
シャナが、アリアが、ムムが。全員が呆然と少女の謝罪を受け入れる中で、唯一リリアミラだけが、彼女の言葉を拒絶した。
「おやめください。頭を下げる必要なんてありませんわ。あなた様は、汚れを知らぬ魂に、世界の美しさを刻んでいただけなのですから」
背筋が、凍るようだった。
リリアミラ・ギルデンスターンの、その恍惚とした視線と尊敬の声が向けられる対象を、シャナは知っている。アリアは理解している。ムムは覚えている。
世界で、たった二人だけ。勇者と、もう一人。
「……説明、してください」
「は? まだわからないのですか?」
「答えろ! リリアミラ!」
「はぁ……やれやれ」
一と一を足せば二になることを、幼子に教えるように。
世界最悪の死霊術師は、その
「この少女の魂は、魔王様のものです。わたくしが、悪魔と協力して蘇生させました」
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