賢者ちゃんと死霊術師さん
「で、どうしたんですか、リリアミラさん。折り入ってお話したいことがある、なんて。珍しいですね」
「そうだね。もしかして、勇者くんがいたら話しにくいことなのかな?」
「はい」
勇者と別れたあと。シャナとアリアはリリアミラに呼び出され、その私室に案内されていた。いつもうすっぺらい笑顔を絶やさずはりつけている彼女が、表情に深刻な色を滲ませている。それだけで、二人は居住まいを正した。
「単刀直入に申し上げます。わたくしたちの中に、裏切り者がいます」
アリアは片方の眉を吊り上げたが、シャナは表情を少しも動かさなかった。
「根拠をお聞きしても?」
「女の勘、と格好をつけてみたいところですが……疑問が確信に変わったのは、賢者さまからお話をお聞きしたあと。わたくしが襲撃に先んじて、悪魔達を討ち取った時です」
あくまでも淡々と、リリアミラは語る。
「勇者さまとあの少女の居場所を把握しているかのような、襲撃の手際。先読みとも言える行動の早さ。わたくしは身辺に気をつけていたので、何とか事前に察知できましたが、普通の人間なら寝首をかかれるところですわ」
「ですが、私達の魔法を知らないことはどう説明するんです? 我々を殺すにしろ、最低限足止めするにしろ、それぞれの魔法の性質については、知識として持っていなければ勝負にすらなりませんよ」
「捨て駒、だったのでしょう。もしくは、黒幕もわたくし達の魔法を知らない、新しい存在だった、と考えた方が妥当かもしれません。このあたりの分析については、賢者さまのご意見と一致すると思いますが?」
「そうですね」
顎に手をあてて、シャナは頷いた。
「……で、あなたは裏切り者として、私達を疑っている、と」
ぴり、と。いやな空気が、視線の間に満ちる。
しかし、リリアミラはあっさりと首を振ってそれを否定した。
「いいえ。わたくしは、お二人を裏切り者だとは思っていません」
「まって。それって、つまり……」
「ええ。いるでしょう? この場にいない、勇者さまの危機に都合よくかけつけた、得体の知れない女が一人」
視線を落とし、険しく細めて、シャナはその名を口にする。
「武闘家さん、ですか」
「はい。わたくしは、あの方が今回の事件の黒幕……裏で糸を引いている人物だと睨んでおります」
「なるほど。あなたの考えはよくわかりました。たしかに、頷ける点も多々あります」
「ちょっとシャナ!?」
「事実でしょう。リリアミラさんの分析は、一応筋も通っています」
「さすが、賢者さま。聡明で冷静ですわね」
「なので、私からも提案があります」
「なんでしょう?」
室内でいつも目深に被っているフードで、シャナの表情は伺い知ることができない。リリアミラは身を乗り出して、賢者の解答を待った。
「本人に聞いてみましょう」
「はい?」
腹に響くような轟音と共に、ドアが蹴破られた。
「……心外」
完全に破砕されたドアの破片を踏み砕いて、その少女は部屋の中に踏み入ってくる。
「わたし、裏切り者呼ばわりされるようなことなんて、なにもしていない」
どこまでも広がる空色のような髪に、飾り気のない道着。小柄な体に、溢れんばかりの存在感。そんな彼女を、見間違えるわけがない。
「ムム……ルセッタ」
「よっ」
ムムは、挨拶という礼を欠かさない。入室する時に扉は壊しても、きちんと片手を上げて死霊術師に振ってみせる。
リリアミラの頬を、いやな汗が流れて落ちた。
「どうして、わたくしの船に。いや、そもそもいつから……」
「勇者、心配だったから、やっぱりこっそりついていくことにした。シャナにも、こっそりついてきてほしいって言われた。船には、離陸する時に飛びついた」
「しかし、魔力探知には何も……」
「わたし、魔力をほとんど外に出さない。でも、ずっとドラゴンの脚に張り付いてたから、ほんと寒かった」
「温めよっか? ムムさん」
「ありがとう、アリア」
アリアが腕を伸ばし、ムムがその手を取る。ほうっ、と息を吐いて、ムムの表情が和らいだ。
そんな気の抜けたやりとりを、リリアミラは呆然とした表情で見ることしかできなかった。そして、そんな呆然とした表情を見て、黒いローブの肩がくつくつと震えた。
「くくっ……ふふふ……あっはははははは!」
震えて、震えて、震えて。
堪えるのがもう限界、と言わんばかりに。賢者、シャナ・グランプレはフードを引き上げて笑い声を部屋中に響かせた。
「ばぁーか♡」
そして、見下す。
賢者は、死霊術師を見下して、言う。
「ねぇねぇ、今どんな気持ち? 安っぽい三文芝居を仕掛けて、この場にいない人間を貶めようとして、その本人が出てきてびっくり! 心の底から驚いて失敗して、ねえ、どんな気持ち? どんな気持ちで、そんな涼しい顔を保っているんですかぁ? 私に教えて下さいな!」
「…………そうですわね。いつから、わたくしの目を盗んで武闘家さまと連絡を取り合っていたのか。それが気になりますわ」
「はっ! そんなことですか」
リリアミラの反応が、期待外れだったのか。
上がりきっていたテンションを、一段落として。シャナは自分の手のひらに刻まれた魔術を見せびらかした。
「魔力マーカーですよ。さっきの勇者さんとの会話、聞いてなかったんですか? 私の魔力マーカーは、近距離なら声も拾えます。さっきまでのあなたとの会話は、筒抜けでした。拾った音声はパスさえ繋がっていれば、刻印された側に伝えることも可能ですからね」
「連絡手段はわかりましたが、それでもわかりませんわね。あなたは、武闘家さまと接触する機会はなかったはず。それを一体、どうやって……」
「ああ、私はムムさんとは一度も会っていませんよ。あなたに監視されている可能性があったので、身の振り方には気をつけていました。でも、私とムムさんは接触していなくても、勇者さんとムムさんは接触しているでしょう?」
ムムの手のひらに、勇者と同じ種類の光が浮かぶ。
そう。ムムは勇者と、握手を交わしている。
「まさか……勇者さまの手を握った時に? 間接的に、武闘家さまにも魔力マーカーを仕込んだのですか?」
「はい。だってその人、いつもどこにいるかわからないんですもん。居場所くらいは把握しておきたいでしょう?」
「勇者と握手したら、なんかくっついた。びっくりしたけど、シャナの魔術の匂いがしたから、べつにいいかなって」
子どもに水をかけられた、という調子で、ムムは言う。
「……術者自身は指一本触れず、遠く離れた場所から、接触しただけでマーキングをしたのですか?」
「できますよ。私、天才なので」
ない胸を張って、シャナは嘲笑う。
「ていうか、語るに落ちてますよ、死霊術師さん。あなた、どうして勇者さんとムムさんが会って、握手をしたことなんて知っているんです? まるで、その場にいたのか、誰かの目を通して見ていたみたいに」
「……」
「答えろよ。クソ女」
シャナの指摘は、全て正しかった。
困惑と驚きが満ちていた死霊術師の表情から、感情がごっそりと抜け落ちる。
「裏切り者がいる。それは、あたし達も考えていたよ。あんまり考えたくはなかったけど、可能性として考えられるなら仕方ないよね」
「可能性が生まれた時点で、私はもう確信していました。それにしてもまさか、こんな手で私達を仲間割れさせようとするなんて、思ってもいませんでしたけどね。そもそもの話、このパーティーに裏切り者がいるとしたら……」
手元に大剣を出現させて、騎士はその切っ先を死霊術師に突きつけた。
杖を器用に一回転させて、賢者はその照準を死霊術師に向けた。
解答は、一つ。
「お前に決まってんだろ」
「アンタに決まってるでしょ」
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