そして、すべてが裏返る
いかにも広い船らしい、細く長い廊下を、ぼんやりと歩く。
やれることは、やっているつもりだ。賢者ちゃんも騎士ちゃんも、意外なことに死霊術師さんも、赤髪ちゃんのためにとてもがんばってくれている。だが、根本的な解決に繋がっているわけではない。さっきも当たり前のように流してしまったが、悪魔と戦うのは当然、命の危険を伴う行為なわけで。
おれは、あの子を助けたいという自分のわがままで、仲間を危険に晒してしまっている。なにより、彼女達の強さに甘えてしまっている。
「あ、勇者さまだ!」
「勇者さま!」
いつの間に下を向いていたのか。唐突にふってきた、明るく元気な二つの声に顔をあげた。
「おお! 少年少女じゃん!」
目の前には、かわいらしい笑顔がワンセット。利発そうな男の子と、勝ち気な女の子が一人ずつ。おれが住んでいる街で仲良くしている少年少女……赤髪ちゃんを拾った時に一緒にいた、あの男の子と女の子である。
「なんでここに……」
いるんだ、と言いかけて、死霊術師さんが言っていたことを思い出す。
「お父さんがねー、商店の福引きでこのお船のチケット当ててくれたんだ!」
「すごいでしょ!」
「ははっ、なるほど。そりゃたしかにすごい」
そういえば、一般の乗客も乗ってるって言ってたもんな。
死霊術師さん、本当に商魂逞しいというか、如才ないというか、実にしっかりしている。こういうラッキーな家族から空を行く船の評判が広まれば、自分も乗ってみたい、というお客さんも増えるだろう。一時期は魔王軍の資金面の管理をしていたのは伊達ではないのか、商売に関しては本当に手抜かりというものがない。
「勇者さまも、しばらくお家いなかったけど……」
「わたしたちと同じで、旅行してたの?」
「ああ、そんな感じ。あのお姉ちゃんも一緒だよ」
「お姉ちゃんもこのお船乗ってるの!?」
「勇者さま、もしかして新婚旅行!?」
「はっはっは。全然違うぞ」
まったくこれだから最近のマセガキは。
立っているとどうしても見下ろしてしまう形になってしまうので、おれは膝を折って二人に目線を合わせた。
「ほら、あのお姉ちゃん、自分のこと何も覚えてなかっただろ? だから、自分のことを思い出すお手伝いができればいいなって考えてたんだけど」
「だめだったの?」
「そうだなぁ」
まったくこれだから最近の素直な子どもは。
思ったことをはっきり言ってくれるぜ。
「でも、わかったこともたくさんあったよ」
言い訳かもしれない、と自分でも思ったが。
「まず、赤髪のお姉ちゃんはとてもよく食べる。見ているこっちが楽しくなってくるくらいに、よく食べる」
「たくさん食べるのえらいって、お母さんが言ってた!」
「うんうん。そうだな」
なんとなく、子どもたちの顔を見ながら、言葉を止める気にはならなかった。
ある意味、子どもたちだからこそ、話しやすかったというのもあるかもしれない。一つずつ、赤髪ちゃんのことを思い出しながら、二人に語る。
「乗り物とかには、ちょっと酔いやすかったかな。苦手なのかもしれない」
これから、一緒に船に乗ることなどがあったら、気をつけてあげたい。
「地頭は良くて、でも意外と抜けてるところがあって。わりと、人のことはよく見ていて。口調は丁寧でも、言いたいことや聞きたいことはハッキリ口に出すタイプで」
でも、そういうちょっと押しが強いところは、おれは案外嫌いではなかったりする。
「動物が好きで、優しかった。海が好きで、空も好きだった。さっきも、窓の側から離れなかったよ」
「わたしたちと同じだー!」
「同じ〜!」
「そうだなぁ……同じかもな」
師匠も言っていた。赤髪ちゃんは、まだ子どもだと。
見た目はこの子たちよりもずっと大きいけど、赤髪ちゃんにはまだまだ知らないことがたくさんあって。だから新しいものを見る度に、あんなに目を輝かせて喜んで。
そんなかわいい女の子のために、おれは何ができるのだろう?
「勇者さまは、お姉ちゃんのこと、たすけてあげたいの?」
やはり、子どもは鋭い。
まるでおれの心の中を読んだかのように、男の子が聞く。
「うん。なるべく助けてあげたいって思うよ」
「勇者さまは、お姉ちゃんのこと、好きなの?」
女の子が目を輝かせて、おれの手を握る。
「そういう聞き方をされると、照れるな」
「照れちゃダメだよ! 勇者さまはすごいよ!」
「ね! はじめて会った、全然知らないお姉ちゃんのことを助けようとするなんて、普通の人にはできないよ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「勇者さまは、やっぱり勇者さまなんだよ!」
「────だからやっぱり、傲慢だね」
その一言で。
何かが、致命的にズレる音がした。
「あ?」
振り払う。立ち上がる。離れる。後退る。
それらの動作を考えず、脊髄の反射だけで行った。自然と飛び退いて、子どもたちから距離を取った。
「あ、よかった」
「やっと気がついた?」
そうしなければならないと全身の本能が警告していた。
「……お前ら、誰だ?」
自分でも、驚くほど低い声が漏れた。
それを絞り出すのが、やっとだったと言った方がいいかもしれない。
「わたしたちは、わたしたちだよ」
「そう。ぼくたちはぼくたち」
「勇者さまと、ずーっと一緒にいたもんね」
「いつも遊んでもらってたもんね」
顔を見合わせて、くすくすと笑う声が、廊下に響いて満ちる。
おれと、子どもの形をしたソレ以外。廊下には、誰一人として他の人間はいなかった。忽然と消えていた。
「質問に答えろ」
「わたしたちの、正体?」
「もうなんとなく、わかっているくせに」
翼が生えたわけではない。牙がぎらついているわけでもなく、肉を引き裂くための鋭い爪が見受けられるわけでもない。
そんなわかりやすいバケモノの記号があれば、どんなに楽だろう、と思えた。
悪魔の中でも、最上級の存在は、人間の姿を取る。
「それにしても勇者さま、助けたい、なんてよく言えるよね!」
「そうだよね。ぼくたちがいなかったら、お姉ちゃんと出会うことすらできなかったのにね!」
「あの日、勇者さまを遊びに誘ったのは、誰だったかな?」
「あの日、勇者さまにお姉ちゃんのことを教えてあげたのは、誰だったかな?」
ああ、そうだ。
そもそも、おれがあんなにも都合良く、彼女を助けられたのがおかしかった。
偶然だと思っていた。幸運だと感じていた。
でも、おれがあの子をひろったのは。あの子に出会って、手を差し伸べたのは……
────勇者さま、こっちきて! みてみて!
────なんかあっちからお馬さんが来るよ?
────勇者さま
────勇者さま
「
きっと最初から、運命などではなかった。
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