勇者と騎士ちゃんと賢者ちゃん

 喧嘩になると面倒なのでおれが止めようかとも思ったが、それよりも早く騎士ちゃんが仲裁に入った。


「でも、死霊術師さん、よく引き受けてくれたよね。襲われるかもしれないのに」

「まあ、あの程度の悪魔なら、わたくし達が揃っていれば迎撃は可能ですし」


 口元に手をあてて、死霊術師さんは余裕綽々といった様子で微笑む。


「それに、わたくしもあの子のことは気に入っております。かわいいじゃありませんか。大事にしてあげたいでしょう?」

「そうだね。それについては同意、かな」

「べつに私はあの子がどうなろうとどうでもいいですが、勇者さんがここまで気にかけているなら、仕方ないですね」

「またまた〜、賢者さまもなんだかんだで気にしてるくせにー」

「素直じゃないですわね」

「だぁー!? 頭撫でないでください! 髪が乱れる!」

「いつもフード被ってるんだからべつにいいじゃん」

「そういう問題じゃねぇんですよ!」


 うん。本当に、昔に戻ったみたいでなによりだ。

 話し合いの結果、当面はこの船で赤髪ちゃんを匿いつつ、敵の出方を伺う、ということになった。立ち上がって扉を開けたところで、死霊術師さんに声をかける。


「死霊術師さん」

「はい?」

「申し訳ない。迷惑をかける」

「勇者さまが謝られることは何もありませんわ。あの子を助けてあげたいと、そうお思いになったのでしょう?」

「うん」

「ならば、お心のままに。成したいことをなさってくださいませ。今は一般の乗客も乗せていますが、次の寄港地で関係者以外は降ろします。危険があっては困りますので」


 死霊術師さんの有能さは、こういう時に際立つ。配慮が行き届いていて、もうマジで頭を下げるくらいしかおれにはできることがない。

 では、と去っていく白いローブの背中を見送っていると、後ろから服の袖を引っ張られた。


「あたしに、なにか言うことは?」


 女騎士ちゃんである。


「……いろいろ、ごめん」

「いろいろ、とは?」

「おれたちをあの場から逃してくれたこと、屋敷を壊しちゃったこと、自分の領地を留守にして、こんなところまで来てくれたこと」

「それから?」

「……あー」


 気まずいな、と思う。しかし、誤魔化すつもりはない。


 ──あたしの名前は忘れたのに、あの子の名前は気になるんだ?


 碧色のきれいな目を正面から見て、逸らさずに謝罪する。


「……名前のこと、ごめん」

「うむ。よろしい」

「お姫様かな?」

「お姫様ですが?」


 お姫様でしたね……

 特に騎士ちゃんは、人と話すのが好きなお姫様だ。言葉を交わしていると、表情も自然とやわらかくなる。


「うそうそ。あれは、あたしも悪かったよ。自分が助けようとしてる女の子だもん。名前が気になるのは当然だよね」

「そう言ってもらえると、助かる。ごめん」

「だから、もういいよ。それよりも、勇者くん」


 くるり、と。

 その場で騎士ちゃんが回る。金髪と、白のワンピースが、花びらのように舞って広がった。


「あたしに、何か言うことは?」

「はい。とてもよく似合っています。お姫様」

「うむうむ。よろしい」


 にしゃり、と。騎士ちゃんが笑う。

 向日葵みたいなその笑顔は、全然お姫様らしくはなかったけど、やっぱりこの子にはこういう顔で笑っていてほしいな、とおれは思う。小っ恥ずかしくてとても口には出せないけど。


「さて……」


 今にもステップを踏み出しそうな、軽やかな足取りのお姫様を見送る。そのまま、素知らぬ顔で横を通り過ぎようとしている小さな黒いフードを、おれは片手で引っ剥がした。


「わー、なにするんですかー」

「棒読みやめろ。何も言わんでもわかってるくせに」


 中に隠れていた銀髪がこぼれ出て、不健康なほどに白い肌が露わになる。賢者ちゃんは、乱れた髪の毛を整えながら、上目遣いにおれを見た。


「なんのことだか、さっぱりです。私、何か勇者さんに怒られるようなこと、しちゃいましたか?」

「魔力マーカー、もういらないでしょ。剥がして」

「ちっ……」


 かわいい顔で舌打ちをするな! 


「一応、勇者さんにはわからないように仕込んだつもりだったんですけどね、これ」

「それはおれを舐めすぎ。何年一緒に旅してたと思ってんだ」

「うぅむ……次は誰にも気づかれないように改良しておきます」

「しなくていい」


 おれだってプライベートは守りたいんだよ。


「何回も確認することになって悪いんだけど、何かわかった?」

「残念ながら何もわかってないですね。ここにいる私と並行して、かなりの人数を調査に割いているのですが……」

「襲われたりはしてない? 大丈夫?」


 いくら増えることができるとはいえ、おれの知らないところで賢者ちゃんが襲われているのは、なんというか心苦しい。

 そんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、賢者ちゃんは何回か目をぱちくりさせて、それから「むふー」と息を吐いた。なんだコイツ。


「心配はご無用ですよ。私は正体不明の敵に襲われてすぐ死ぬようなヘマはしません」

「じゃあ王都の悪魔も普通に倒したの?」

「いえ、一人死にましたけど」

「一人死んでるじゃん!」

「でも、死霊術師さんもさっき、悪魔を尋問してる時に死んでましたよ?」

「あの人は厳密に言えば死んでないから死んでもいいんだよ!」


 いや、よくはないけど。うちのパーティーメンバーの倫理観がおかしい。

 片手で頭を抱えながら、片手を賢者ちゃんに差し出す。杖すらも使わず、指の一振りで手のひらに刻印されていた魔術マーキングは解けた。


「……また腕あげたなぁ」

「励んでますから」


 ない胸を張っているので、よしよしと頭を軽く叩いて撫でる。


「む。そういえば」

「何かあった?」

「私を襲った悪魔は、魔封じの呪符を使ってました。それも、結構強力なやつです」

「呪符、か」


 貴重な情報であることに間違いはないけど、それだけで悪魔たちの正体や狙いを推し量れるものではない。


「とにかく、調査は続けます」

「わかった。無理はせずに気をつけて」

「うちのパーティー、勇者さんのために無理をする人しかいませんよ?」

「ありがたいけど、困るなぁ」


 本当に、おれは仲間に恵まれていると思う。

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