死霊術師さんと魔王
「リリアミラの様子は?」
「あれはもう駄目ですな」
「食事は与えているのかね」
「どちらにせよ、もう表には出せないでしょう」
「なんということだ。死因は刃物だと聞いたぞ!」
「彼の家には、どう説明したものか……」
「一族の汚点になる! 末代までの恥だ!」
「どうせ治らなかったのだ。あちらも厄介払いができて清々しているに違いないさ」
「リリアミラが殺したのか?」
「自殺と聞いている。同情するよ」
「彼女が殺したようなものだろう」
「不幸だな。もっと早くに死んでおけば……」
「そもそも、人を蘇らせることが異常なのだ」
「あれは危険な魔法だ」
「だが、魔法であることに間違いはない」
「左様。使い道はあるだろう」
「彼女の血縁は?」
「構わん。両親と兄は殺せ」
「実験の邪魔になるからな」
「ああ。彼女は地下へ。くれぐれも、丁重に扱ってくれたまえ」
「魔法は身体から引き剥がせないのでは?」
「やってみなければわからないだろう」
「そういう意味では、彼女の身体はうってつけだよ」
魔法によって、リリアミラはすべてを奪われた。
暗闇の中に囚われてから、時間を数えるのをやめた。何をされても、心は動かなくなった。
親は死んだ。兄は死んだ。愛する人は、自分を恨んで死んだ。
首と手足に鎖を繋がれ、様々な実験の対象になって、それでもなお、リリアミラは死ねなかった。
いつしか、彼と同じ感情を抱くようになった。
死にたい。殺してほしい。楽になりたい。
もう、何も考えたくない。心臓の鼓動を止めてしまいたい。
呼吸をすること、そこに在ることを生きていると定義するなら、リリアミラはたしかに生きていた。しかし、その魂は暗闇の中で諦めに沈んで、ゆったりと腐り落ちていくしかなかった。
だから、そのすべてが腐り切る前に、彼女はリリアミラの前に現れた。
扉が開く。数ヶ月ぶりに見る光に、目が焼けそうになった。
「こんにちは」
鈴の音を転がしたような、かわいらしい声だった。
「かわいそうに。こんなところに囚われて、辛かったわね。苦しかったでしょう? でも、もう大丈夫よ」
慈愛に満ちた、やさしい声だった。
「わたしが来たわ」
すべてを見通すような、透明な声だった。
「……殺して」
「え?」
「わたくしを、殺してください」
「あら、あなた……死にたいの?」
闇に慣れた目で、光の中に立つ彼女の顔を見ることはできなかったけれど、
「いいわよ。それならわたしが、あなたを殺してあげるわ」
彼女が微笑んでいることは、不思議とわかった。
だから、差し伸べられた手を取った。
リリアミラをひろった少女は、王だった。
権力を持っているわけではない。家柄が優れているわけでもない。少女は、ただ純粋な力のみで、王としてそこに在った。
「そう。彼はきっと、あなたに殺してほしかったのね」
ただし、少女が力のみの存在であったかと言えば、それもまた違った。
魔の王を名乗る者として、彼女は相応の知恵と器量を備えていた。相手の話を聞き、心を気遣い、自分の思うところを素直に述べる人間らしさがあった。
リリアミラの話を聞き終わった小さな王は、静かに頷いて、瞳から雫を落とした。
それは、自分の中から流れ出し、枯れ尽きてしまったもの。絞り出そうとしても、一滴も流れ落ちないもの。
涙だった。
「あなたの魔法は、世界を歪める力。残念ながら、今のわたしの力でも、あなたを殺してあげることはできないわ」
だから、と。リリアミラが探していた答えに、少女は解答を用意した。
「わたしが、あなたを殺せる力を手に入れるまで。あなたは、わたしに仕えなさい。リリアミラ・ギルデンスターン」
「そうすれば……あなたは、わたくしを殺してくださるのですか?」
「ええ、殺してあげる」
少女の華奢な手が、リリアミラの黒髪を掴んだ。
暴力を振るわれる。殴られる。そう思って体が竦んだ。
逆だった。
少女は強引に、力だけで、リリアミラの唇を奪った。数秒の間を置いて、熱っぽい吐息が離れた。
赤い瞳が、冷たく。それでいて、どこまでも美しく、リリアミラを見ていた。
「かわいそうなリリアミラ。わたしが、あなたを愛してあげる」
この瞳の中でなら、輝けるかもしれない。そう思った。思えてしまった。
「……魔王様」
「なあに?」
しばらく、唇に残る温かさに呆然として。
彼を殺せなかった自分を思い返し、リリアミラは問いを投げた。
「殺すことは、愛なのですか?」
魔王は、即答した。
「殺すことも愛よ」
断言された。
肯定された。
本当に、美しい微笑みだった。
「だって、あなたはそれを心の底から欲しているもの」
ずっとずっとほしかったものが、そこにあった。
透明なその言葉を通して、己を見つめ直せる気がした。
そして、リリアミラ・ギルデンスターンは、世界最悪の死霊術師となった。
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