その死霊術師、最強

「ど、どうでしょうか?」

「うん。めちゃくちゃ似合ってる」


 赤髪ちゃんの選んだ水着は、意外にもビキニだった。赤をベースに、腰には同じ色のパレオを巻いている。よく食べるわりに、出るとこは出て締まるところは締まっているメリハリのある体のラインが、より一層際立っていて、とても艶めかしい。うん、繰り返しになるけど、よく似合っています。

 そのままだと少し恥ずかしそうだったし、ちょうど良さそうな薄い白のパーカーも売っていたので、そちらも追加で買って羽織ってもらう。

 俺も浮き輪とビーチサンダルをゲットして、短パンとアロハに着替え、サングラスまで装備して準備は万端だ。賢者ちゃんに見られたら殺されそうな格好だけど、まだ来てないみたいだし大丈夫だろう。多分。


「勇者さん。これもおいしいです」

「こういう露店のメシってなんか美味く感じるよね」

「はい! 新鮮です!」


 赤髪ちゃんは控えめに言って美人なので、周囲から注目されるかと思って少し身構えていたが、両手に露店の料理を大量に抱えて片っ端から口に運んでいるので、違う意味で注目されている。どちらかといえば、食いしん坊な妹にご飯を食べさせてあげているお兄ちゃん……みたいな。そういう類いの生暖かい視線を感じますね、はい。


「でも、水着。その色でよかったの?」

「え? なんでですか?」

「だって、もうちょっと濃い色合いの赤もあったからさ。そっちの方が赤髪ちゃんの髪色に近いから、もっと似合うかなって思ったんだけど」


 おれがそう言うと、赤髪ちゃんは一瞬きょとんとしたあとに、続けて「ふふん」と笑った。得意気にしてるところ申し訳ないけど、口の端に青ノリついてますよ。


「わたしは、こっちの方がいいんです」

「そう?」

「はい。だって、勇者さんの髪の赤に近いのは、こっちの水着の色でしょう?」


 …………うーん。なるほど。


「赤髪ちゃんはさ」

「なんです?」

「多分、記憶を失う前は悪女だったと思うよ」

「あ、悪……なんですかそれ!? どういう意味ですか!?」

「言葉通りの意味ですね」


 赤髪ちゃんがぷんすか腹を立て始めたので、そのまま砂浜で追いかけっこをする羽目になると思ったが……ちょうど良いタイミングで『ソレ』はやってきた。


「ゆ、勇者さん! あれ、見てください!」


 上を見上げて、赤髪ちゃんが叫ぶ。



「船が空を飛んでいます!」



 ここは港街だ。海から船が来るのは、珍しくもなんともないだろう。だが、空を飛ぶ船は、他の港でも早々お目にかかれるものじゃない。

 砂浜にいる他の人間からも、赤髪ちゃんと同じ種類の歓声が上がる。が、おれは特にテンションを上げることもなく、太陽に手をかざしてそれを見上げながら言った。


「まあ、あれ……どっちかっていうと、飛んでるんじゃなくて、ワイヤーで船を吊り下げているだけなんだけどね」

「……それって、どういう」


 意味ですか、と赤髪ちゃんが言う前に、力強い咆哮が響いた。砂浜の上空をパスした船は、そのまま港近くの海面に着水し、さらにその上にいたものが、はっきりと見える。

 巨大な船を牽引していたのは、さらに巨大な怪物だった。

 視界の中に、全長をギリギリ収められるかという、その威容。灰褐色の鱗に、大空を舞う強靭な翼。しなやかで美しさすら感じる、長く鋭い尾。最強のモンスター、と聞いて誰もが思い浮かべる、神話の存在。


 その名は。


「ドラゴンっ!?」

「そう、ドラゴン」


 驚きのあまり赤髪ちゃんの手からこぼれ落ちたたこ焼きをキャッチして、口に運んであげる。


「うちの死霊術師さんは、ああいうのを10匹ほど使役して、船や荷物を空路で輸送するビジネスをやってるんだよ。多分、めちゃくちゃ儲かってる」

「……!」


 たこ焼きをもぐもぐしながら、赤髪ちゃんはただただ目を丸くしていた。





 ドラゴンに牽引され、着水した船は、豪華客船と言って良いほどのサイズと設備を備えていた。

 当然、その船と竜の主は、船内で最も広く、飾られた部屋の中にいる。


「社長、お客様です」

「ええ、どうぞ。通してください」


 船の中に設置された転送魔導陣で船の中まで跳んだシャナとアリアは、使用人の案内を受けて部屋の扉を開いた。


「……事情はお伝えしたはずですが、よくもそんな風に、のんびり構えていられますね」

「あらあら。ひさしぶりにお会いしたのに、随分ツンツンしてらっしゃいますのね。まぁ、お気持ちはわからないでもありませんが」


 女が、いる。

 身を預けた毛皮のソファーに、腰まで届きそうな長い黒髪が広がり、蠱惑的な印象を醸し出している。シャナが普段身につけているものとは対照的に、ローブの色はその黒髪と真逆の白に、紫のアクセントが入ったもの。彼女らしい、どこまでも品の良い口調に、しかしシャナは逆に苛立ちを募らせていた。


「勇者さまが、狙われている。いえ、厳密に言えば、あの赤髪の少女が狙われている、と言うべきでしょうか。由々しき事態ですわね」

「その通りです。正直、こんなところでくつろいでいるあなたの態度が信じられません。早急に敵を探しだし、対応すべきです」

「ええ、ええ。本当にまったく、その通りですわね。ですから……ならばこそ、わたくしはお二人に問いたいですわ」


 髪をかきあげて、死霊術師は言う。


「あなた方……今まで、一体なにをしていましたの?」


 女の背後。

 洒脱な部屋にかけられた、赤いカーテンが左右に引かれて広がった。


「えっ……?」


 アリアが、絶句する。


「なっ……!」


 シャナが、目を見開く。

 信じられない光景だった。ガラス張りになった部屋の向こうには、ズタズタに引き裂かれた上級悪魔が3体、折り重なって息絶えていた。



「お二人とも、のろすぎます」



 本当にあきれた、と。

 シャナが言った言葉をそのまま返すように、死霊術師はせせら笑う。


「勇者さまの身近に、危険が迫っている。ならば、その脅威は先手を取り、徹底的に叩き潰し、肉片に変える。そこまでしたあとで、ようやく腰を落ち着けて今後の対応を話し合うべきでしょう」

「……まさか上級が、3体。駆逐済みなんてね」

「はい、本当に。流石と言う他ありませんね」


 皮肉を隠そうともせず。むしろパンにバターを塗りたくるように、言葉の表面に皮肉をたっぷりと滲ませて、シャナは言った。


「魔王軍、元最高幹部……。リリアミラ・ギルデンスターン。腕は衰えていないようで、安心しました」

「ええ、ええ。もちろん、磨き上げておりますよ」


 にっこりと微笑んで、リリアミラは言う。


「だってわたくし、勇者さまを心よりお慕い申し上げておりますもの」

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