賢者ちゃんと騎士ちゃんと海
「なーにーをーしているんでしょうねえ。ウチのバカ勇者さんはぁ」
そんな2人の様子を路地裏から眺めていた賢者、シャナ・グランプレはイライラしていた。整った顔をしかめて歯軋りしている様は、まったく頭が良さそうではなかった。
とはいえ、シャナの機嫌が悪くなるのも無理はない。転送魔導陣やら、馬車やら船やらを死ぬ気で組み合わせて活用し、なんとか追いついたと思ったら、なにやら楽しそうに海デートを楽しんでいる勇者がいたのだ。これでキレるなという方が無理である。
「まあまあ。あの何もない荒野からがんばってここまで来たんだし、2人がはしゃぐのは仕方ないって。ていうか、そんなに気になるならもう勇者くんのところに行って交ざってきたら?」
「だって……だってそれは本末転倒でしょう? 勇者さんをあのいけ好かない悪魔どもから守るために急いで飛んできたのに、勇者さんとのんきに遊んでいたら意味がないじゃないですか!」
「それはそうなんだけどね」
シャナの隣でゆったりと頷く女騎士、アリア・リナージュ・アイアラスは、やはりニコニコと笑っていた。
商店の方へ歩いて行く勇者と赤髪の少女を追いながら、空いている屋台を冷やかす余裕まで持っている。
「おじちゃん、何かジュースある?」
「おう、悪いなお嬢ちゃん。冷やしてる分はさっき売り切れちまって、まだ冷えてないんだ。すまねぇがべつの店で……」
「ああ、それなら大丈夫大丈夫。自分で冷やすから、お一つくださいな。あ、でもちょっとおまけしてくれるとうれしいかも?」
「自分で冷やす? まあいいや、それなら隣のちっこいお嬢ちゃんの分も持ってきな!」
「ありがと。おじちゃん」
さっさと値段交渉して、さっさとお金を渡し、ジュースを二人分受け取ったアリアは「やったー」と小さく呟いて、それをシャナに見せびらかした。
「シャナも飲むでしょ?」
「わざわざ交渉しなくても、一つあれば私の能力で増やせましたけど?」
「わかってないなぁ、賢者さまは。こっちはオレンジジュース、こっちはリンゴジュースだよ。シャナの能力だと同じやつしか増やせないじゃん。どっちがいい?」
「……リンゴジュース飲みたい」
「ふふっ。そう言うと思った。あたしはオレンジ飲みたかったからちょうどよかったね」
受け取ると、ぬるかったはずのジュースはアリアの能力で器からキンキンに冷えていた。その冷たさを喉に流し込んで、シャナはほっと息を吐く。
「武闘家さんとは一緒じゃないみたいですね」
「あの人は自由気ままだからね」
「あまり気が進みませんが、この街は会社の運営拠点の一つのようですし、先に死霊術師さんと会いますか。あまり気が進みませんが」
「わざわざ二回言わなくてもわかってるし、気持ちは同じだよ」
苦笑しながら、アリアもオレンジジュースをストローで口に運ぶ。人混みに紛れていく背中を追いながら、
「シャナがさっき言った通り、あたしたちの目的はあくまでも勇者くんを守ること。そのためなら、手段なんて選んでられないよ」
氷よりも濃い、深い蒼の瞳が、すっと細められる。
この人はこういう温度差がこわいけど信頼はできるんだよな、と。シャナは口には出さず、ジュースをちゅーちゅーとすすった。
しかし、
「それにしては、今日はまたずいぶんきれいな服で来ましたね?」
「え?」
じっとりとした目で、シャナはアリアの服装を上から下まで眺める。
つばが広い麦わら帽子に、真っ白で清楚な印象を受ける、かわいらしい丸襟のワンピース。足元の淡いブルーのサンダルが、良いアクセントになっている。対して、シャナは気候に合わせていつものローブを脱ぎ、白の半袖パーカーを引っ掛けてきただけだ。
「ははぁーん……ふぅーん」
「な、なに?」
「かわいいですよ、アリアさん」
「だから急になにっ!?」
「いえいえ。早く悪魔を倒して勇者さんと合流できるといいですね」
「そ、それはシャナも同じでしょう!?」
冷たかった声音が、一転して裏返る。
「ええ、もちろん」
からかう側に回ってくすくすと笑いながら、シャナは空を見上げた。高い魔力探知の能力を持つシャナだからこそわかる、濃密な魔力の気配。
「彼女の船が上空に入ったようです。ここまで来ればわたしの簡易転送陣で、あのいけ好かない死霊術師のところまで跳べます。行きましょう」
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