勇者と赤髪ちゃんと海

「勇者さん! 海です!」

「海だねえ」


 師匠と別れたあと、教えてもらった道を進んで、約半日。ようやく人里に辿り着いて、さらに半日ほど馬車に揺られて辿り着いたのは、それはもうでっかい港街だった。いくつもの船が停泊し、白い砂浜、眩い太陽が燦々と輝いている。

 人がいない荒野を野垂れ死にそうな思いで進んでいたので、まさか一日ちょっとでこんなに大きなオアシスみたいな街に辿り着けるとは思わなかった。師匠は「あの街に行くのは、ちょうどいいと思う。あそこ、死霊術師の拠点の一つ。匿ってもらえば、安全」とも言っていた。偶然とはいえ、次は死霊術師さんに会いに行くつもりだったので、非常にありがたい。

 記憶を失ってからはじめて見る海に、いたく感激しているのか、赤髪ちゃんは身を乗り出してはしゃいでいる。


「勇者さん勇者さん! わたし、海見るのはじめてです!」

「それはよかった」


 なんだか懐かしいなぁ。女騎士ちゃんは良いとこのお姫様だったから、避暑地に行ったり海で泳いだ経験も当然あった。でも、村から出る機会が皆無だった賢者ちゃんは、生まれてはじめて海を見た時は、年相応にはしゃいでたっけ。

 もしも今、海に連れて行っても「潮風がうざいですね」とか言って全然はしゃいでくれないんだろうな……。娘の成長を喜ぶお父さん的な悲しみに耽る。


「赤髪ちゃんは純粋な心を忘れずに、どうかそのままでいてね」

「え、あ、はい!」


 いや、でもよくよく考えたらそのままでいたらダメだな。おれの目的、基本的にこの子の記憶を取り戻してあげることだし。


「それにしても、ほんとうに大きな街ですね。賑わいだけなら王都にも負けないように感じます」

「そうだなぁ」


 事実、そうだろうな、と思う。

 港を中心に街は貿易の品々で溢れ、様々な商店が軒を連ねている。飲食店や娯楽施設も充実し、人々の賑やかな声が絶えない。

 来たことがない街だったが、死霊術師さんが関わっているというなら納得だ。むしろ、あの人が拠点として選んだ街が、発展しないわけがない。

 そのあたりの事情を説明しておこうと思ったが、赤髪ちゃんは飽きずに海の方を眺めている。とても楽しそうでなによりだ。


「勇者さん! みてくださいみてください! なんか食べ物の出店もありますよ! もう匂いからしておいしそうです!」


 ああ、はいはい、うん。お腹もとってもペコペコなようでなによりだ。

 でも、本当によかった。小鳥ちゃんの一件で元気がなくなっているんじゃないかと心配していたけど、師匠の赤髪ちゃんへのメンタルケアは万全だったらしい。むしろ、この子の横顔は、昨日よりもどこか凛々しくなったようにすら思える。


「勇者さん! あの氷みたいなやつはなんですか!? 緑色のソースがかかってます!」


 凛々しくなったか? いや、おれの気のせいだったかもしれん。


「ちょっと待って、赤髪ちゃん」

「はっ……そうですよねすいません。いくらなんでも全部のお店で食べて回るというわけにはいきませんよね。ごめんなさいちょっと待ってください。三つくらいに絞ります」

「ああ、いや。それはべつにいいんだけど、」

「いいんですか!?」

「セリフまで食わないでくれる?」


 おれのお財布が爆発しない範囲であれば好きなだけ食べてもらって構わないが、そういうことではなくて。


「砂浜に下りるんだったらさ。海に入ってみない?」

「海に、ですか?」


 きょとん、と。赤髪ちゃんが首を傾げる。


「うん。せっかくだし、水着買いに行こうよ」


 その意味を理解した頬が、髪色よりも赤くなった。

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