勇者と武闘家さん①

 ようやく、ゆっくり話せるようになった。


「それで、師匠はどうしてここに?」

「このあたり、なにもない」

「はい」

「修行にぴったり」

「なるほど」

「それでいいんですかっ!?」

「だからこういう人なんだよ」


 こういう人だが、しかしなんだかんだ生きるのはうまいので、師匠は荒野のど真ん中に湧き水が出る場所を見つけ、拠点としていた。簡素だがテントのようなものも建てていて、3人くらいなら寛げるスペースがあった。陽射しから逃れて、水を飲んで寛げるっていうだけでも、かなりありがたい。やっぱり屋根って人間の偉大な発明だわ。


「でも、これでゆっくり休めるね」


 と、赤髪ちゃんは小鳥ちゃんに語りかけている。まるで返事をするように、小鳥ちゃんは小さく鳴いた。ただし、その声は先ほどよりもか細い。


「さっきは助けていただき、ありがとうございました」

「気にしなくて、いい。弟子を助けるのが、師匠の役目」

「恐縮です」


 師匠はやはり無表情のまま、バリバリと備蓄の品らしい乾パンを貪り食っている。ついでに、干された肉やら塩の壺やら、どこから調達してきたのかわからない野菜やらもあるので、本当にこの辺りで修行していたのだろう。どこまでも自由過ぎるな、この人は。


「あの、お師匠さん」

「なに?」

「いえ、なんというか……勢いよくたくさん食べられるんですね。お体はそんなに小さいのに」


 お前だけはそれを言うな、とおれは思った。


「よく食べるの、大事。あなたの方こそ、もっと食べた方がいい。さっきから、全然進んでいない」


 言われてみると、たしかに。あれほど食い意地の張っている赤髪ちゃんに取り分けたパンや肉が、なぜか全然減っていない。ゴーレムに襲われる前は、お腹が空いたと早くも愚痴っていたので、腹が減っていないわけがないだろうに。


「お、お師匠さんは、どうしてそんなに長生きなんですか? 何かこう、秘訣みたいなものがあるんですか?」


 話を逸したいのか、赤髪ちゃんが支離滅裂な質問を師匠に投げる。1023歳に、長生きの秘訣もクソもあるわけがない。おかしいに決まってんだろ。明らかに生命の摂理に反してるって。


「よく食べて、よく動いて、よく寝る。人の健康は、それだけで保たれる」

「な、なるほど」

「師匠、適当に答えないでください」

「む。わたし、いたって真面目。これは、真理」


 いや、それはそうなんですけど。


「あ、あの勇者さん」

「はいはい。どうした?」

「この子のこと、また診ていただけませんか? さっきからパン屑をちぎってあげているんですけど、あんまり食べてくれなくて」


 上目遣いでおれを見て、赤髪ちゃんは小鳥ちゃんを差し出した。

 ああ……わかっている。赤髪ちゃんの元気がないのは、さっきから手のひらにのせた小鳥ちゃんに、ずっとかまっているからだ。なんとかしてあげたいところだけど、しかしおれには他にやることがある。

 ちらりと、師匠を見た。ぐびぐびと、ひょうたんに口をつけて水を飲んでいた師匠は、おれの目配せに気がついて、軽くウィンクした。

 よし。師匠なら、赤髪ちゃんと小鳥ちゃんを任せても大丈夫だろう。


「ごめん。赤髪ちゃん、おれ、さっきゴーレムを倒した場所に、忘れ物してきたみたいで」

「忘れ物?」

「うん。ちょっと取ってこなきゃいけないから、小鳥ちゃんは師匠にみてもらってくれるかな?」

「わ、わかりました。じゃあ、わたしも一緒に」

「いや、おれ一人だけでいいよ。ほんとごめんね」


 きれいな赤色の髪を、ぽんぽんと軽く叩いて、おれはテントの外に出た。

 肩を引き下げ、膝をほぐして、背を大きく伸ばして深呼吸をする。


「うし。いくか」


 さあ、を取りに行こう。


 予感があった。

 あのゴーレムは、おそらく野生のものではない。

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