その武闘家、最強
詳しい事情を聞きたかったし、もう少し会話を楽しんでいたかったが、そんな暇もないらしい。
「師匠」
「ん」
ゴーレムが、再び襲ってくる。師匠は何も持たないまま、ゆらりと歩を進めた。
モンスターが蔓延り、争いも絶えないこの時代。
魔術の存在。加えて、ある程度のコネと金を積めば手に入るマジックアイテムや武器の存在もあってか、素手での戦闘は、軽視されがちなのが現実だ。
当然である。剣は拳よりもリーチが長く、魔術は剣よりもリーチが長い。高位の魔術士と相対する騎士は、まず距離を詰めるところから戦いを始めなければならない。おれだって、戦うための武器として、最初に自然に剣を取った。女騎士ちゃんだって、いつも元気に両手の聖剣をぶんぶん振り回している。
そう。だからこそ。
おれは彼女の戦い方に、最上の尊敬と畏怖を抱く。
「下がって」
短く、一言。ただ指示だけを呟いて、師匠はおれたちを守るように、さらに一歩。前に出る。
右手を、前に。左手を、後ろに。たったそれだけの構えだけで、彼女の纏う空気が変化する。
しかし、あまりにも巨大なゴーレムは、足元のありんこが迎撃準備を整えたことに、少しも気が付かなかった。
「勇者さ……っ」
赤髪ちゃんの悲鳴が響く前に、拳が迫る。風圧で、声がかき消える。
彼女の小さな手のひらが、バカでかい拳に触れて。
「え?」
赤髪ちゃんの間抜けな声と共に、岩石の塊が一瞬、停止した。刹那、軌道を逸らされた拳は何もない空気だけを殴り抜き、そしてバランスを崩したゴーレムは、足元からひっくり返る。
重力、運動エネルギー、常識。それら全てを無視した結果が、当然のものであるように、師匠はおれに聞く。
「これ、コアはどこ?」
「多分、頭ですね」
「わかった」
それだけ聞きたかった、と言わんばかりに、小さな体が弾丸のように跳ねる。
「ゆ、勇者さん! あの人!」
「大丈夫だよ。よく見てな」
非常に、月並みな感想になってしまうが。
それでもおれは、隣で大口を開けて見守る赤髪ちゃんに、言わずにはいられなかった。
「やっぱり……ありが象を倒す瞬間は、ワクワクするよな」
踏ん張りが効かないはずの空中で。彼女はまた、構えを取る。一拍。それを打ち放つための呼吸と間合い、己の全てを調和させて。
拳が、巨人の頭を突いた。
小さな点の衝撃は、ゴーレムの頭部の中心から静かに広がり、震えて、波打つ。
かくして、岩石で作られた巨人は、たった一撃で上半身の軸から、粉々に砕け散る。
最強は、この世に一つだけではない。人間の数だけ、最強には種類がある。
しかし、この限りなく広い世界の中で。
拳を用いた格闘に限って言えば、天下無双という言葉は……きっと、彼女のためにある。
「む。意外と脆かった」
着地した師匠が呟いた。
違いますね。あなたが明らかにやり過ぎなだけですね。
「あ、あわわわわ」
開いた口が塞がらず、もうあごが外れそうになっている赤髪ちゃんのお口を、そっと下から支えてあげる。
「ゆ、勇者さん……わたしもう、何が何だか……」
「ああ、ごめんごめん。説明し忘れてた。師匠は武闘家なんだ」
「説明になってないです!」
「あとめちゃくちゃ強い」
「もう勇者さんの知り合い、みんな大体強いじゃないですか!? さすがに、こんな小さな子があんな大きいゴーレムを倒すとは思いませんでしたけど……」
赤髪ちゃんの感想に、師匠が不満そうに喉を鳴らした。
「一つ、訂正。わたし、あなたより多分年上」
「えっ、おいくつなんですか?」
「1023歳」
「……はあ?」
もう驚くことはない、といった様子で、赤髪ちゃんの間抜けな声が漏れた。
◇
「ちっ……最悪ですね。かっこよく助けに入る私の出番が完璧に奪われました」
「なに言ってんの。ここからじゃ助けられないでしょ」
賢者、シャナ・グランプレは物見の水晶でその光景を見ながら、盛大な舌打ちを漏らしていた。もはや、発言が賢くない。そこらへんのチンピラと同レベルである。
「武闘家さん、生きてたんだ。あまりにも連絡つかないから、どこかで野垂れ死んでいるものかと」
隣でくつろいでいるアリア・リナージュ・アイアラスが言う。もはや、発言がまったく姫らしくない。
この騎士、さらっとひでぇこと言うな、とシャナは思ったが、口喧嘩と近接戦闘では勝てる要素が微塵もないので口には出さなかった。
「あの人が死ぬわけないじゃないですか。殺しても絶対に死にませんよ」
「いや、それはそうなんだけどね? いつも増やしたそばから死んでた賢者ちゃんと違って、武闘家さんは無敵だし」
「なんですかケンカ売ってるんですか。やるなら買うぞコラ」
「あ、なんか移動するみたいだよ。ほらほら、居場所がわかったんだし、あたしたちも早く向かおう。その遠隔監視の追跡魔術、長くは保たないんでしょ?」
「ちっ……」
「もう、そんなにイライラしないで。ほら、飴食べる? 能力で増やしていいよ」
「いらねーんですよ!」
この女騎士、お姫様のくせにいちいち態度がふてぶてしいので、どうにも調子が狂う。
「それにしても、武闘家さんまで戻ってくるなんて、なんだか本当に昔に戻ったみたいだね」
「それがいいことなのかは、甚だ疑問ですけどね」
「でも、心強いよ」
アリアは、懐かしいものを見るように、目を細めた。
「搦手ありで勝ち負けを競うならともかく……純粋な一騎打ちなら、あの人がウチのパーティーで最強だからね」
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