その武闘家、幼女にして師匠

 木陰に入って、リュックと剣を下ろす。おれの手荷物を転送する時に側に置いてくれたのは、騎士ちゃんらしい配慮だった。できれば赤髪ちゃんの荷物もお願いしたかったけど、仮にあっても邪魔になるだけだっただろう。

 いやでも、せめて着替えと靴はほしかったかな? 


「勇者さん勇者さん! 見てください!」

「ん?」


 手のひらに何かを乗せた赤髪ちゃんが、抱えていたそれを広げて見せる。

 チュンチュン、と。

 かわいらしい小鳥が囀った。


「いや、赤髪ちゃん……さすがにこのサイズの小鳥は、捕まえても焼き鳥にすらならないと思うけど」

「食べませんよっ!?」


 え、ちがうの? 


「この子、ケガをしているみたいで……全然飛ぼうとせずに、そこの木の下にいたんです」

「あー、なるほど」


 とても心配そうに、赤髪ちゃんが言う。この子、やっぱりやさしいんだよな。


「ちょっとみてみようか。簡単な治癒魔術くらいなら、おれでもなんとかなるかもしれないし」


 しゃがみこみ、小鳥ちゃんの状態を見てみる。が、軽い気持ちで触ってみて、おれは少し後悔した。

 思っていたよりも、傷が深い。それに、怪我をしてからそれなりに時間も経っているようだった。


「……赤髪ちゃん。この子は」


 その瞬間だった。地面が、大きく揺れた。


「ん?」

「地震でしょうか?」


 小鳥ちゃんを大事そうに抱えて、赤髪ちゃんが周囲を見回す。

 しかし、地震にしては縦揺れがでかい。というか、揺れ方がおかしい。まるで、足元の地面が生き物のように動いているような……


「いや、動いてるわこれ」

「え?」


 片手に赤髪ちゃん、片手に剣を手に取って、魔力を足に集中。力を込めて、跳躍。


 そして、眼下の地面が起き上がった。


「ゴーレム!?」


 赤髪ちゃんが叫ぶ。

 ゴーレム。岩と大地に生命を宿す、モンスターの一種だ。その姿は、石で形作られた人形に近い。

 それにしても、バカでかいゴーレムである。

 目算でざっと、20メートルくらいはあるだろうか。足元で見上げていると、首が痛くなってくる。


「あ、あわわわわ……ゆ、勇者さんこれ」

「おお、でっかいなあ」

「言ってる場合ですか!?」


 小鳥を抱えた赤髪ちゃんを抱えて、再び地面から跳ぶ。

 おれたちが立っていた場所に岩石の拳が突き刺さり、大地を文字通り叩き割った。


「あ、あぶなっ」

「ん……? 赤髪ちゃん、もしかして太った?」

「だから言ってる場合ですか!?」

「小鳥ちゃん、しっかり抱えてろよ」

「え」


 怒られそうだったので、太ったという軽口がジョークであることを証明するために、赤髪ちゃんの身体を空中へと放り投げる。

 剣を引き抜き、ゴーレムの拳を切り裂こうとして……おれは思わず、真顔になった。


「うお、かた……」


 最後まで言い切れずに、真横にぶっ飛ばされる。


「勇者さ……!?」

「……やっべ」


 しくじった。

 油断である。ゴーレムの力を見誤って、真横にぶっ飛ばされたのは、まあいいとして、赤髪ちゃんを危険に晒してしまったのは、完全におれの油断だった。

 目測で、約50メートル。全力でダッシュしてキャッチできるかどうか……



「……いい。私がひろう」



 囁きが、俺の真横を駆け抜けた。


「え?」


 それは、どこからともなく現れた、幼女だった。

 おれの腰ほどしかない小さな体に、空色のショートヘア。シンプルな道着。賢者ちゃん以上につるぺたの胸。

 そのあまりにも小さな手足が、豊満な赤髪ちゃんの身体を空中でキャッチし、見事に衝撃を殺して地面に着地した。


「大丈夫?」


 ぴくりとも表情を変えないまま、幼女が聞く。


「あ、えっと。はい。ありがとうございます。ていうか、その……どちら様ですか?」


 赤髪ちゃんのその質問には答えずに、吸い込まれそうな黒の瞳がこちらを見た。片手を挙げて、幼女はやはり無表情のままに、言った。



「よっ」



 いやぁ……なんというか、うん。

 いろいろと、思うところはあったが。

 とりあえず、この人は相変わらずだなあ、と。そう思った。


「……おひさしぶりです、

「し、師匠!?」


 赤髪ちゃんが目を見開いてその幼女……もとい、師匠を見る。

 そんな顔でおれを見ないでほしい。おれもまさか、こんなところで再会するとは思っていなかった


「え、このちっちゃい方……勇者さんの、し、師匠!?」

「うん。まあ、おれが師匠って勝手に呼んでるだけだけど。あと、元パーティーメンバー」

「ええええ!? パーティーメンバー、4人じゃなかったんですか!?」

「あれ? おれ、パーティーメンバーは4人って言ったっけ?」

「いや聞いてないですけど!?」

「勇者、ひさしぶり。元気?」

「はい。おかげさまで」

「わたしをだっこしたまま普通に会話しないでください!」

「む、ごめん」


 自分よりかなり大きい赤髪ちゃんを腕から下ろして、師匠は赤髪ちゃんの顔をじっと見詰めた。


「あなた、かわいい」

「えっ、あ、はい。重ねてありがとうございます!」

「おっぱいも大きい」

「え」

「私、小さいからうらやましい。いくつある?」

「勇者さん!」

「こういう人だから諦めてほしい」


 それにしても、どうしてこんなところに師匠がいるのだろうか?

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