その騎士が、最強である理由
なんだ、このバケモノは?
それは、双角の悪魔が目の前の騎士に抱いた、純粋な恐怖だった。
悪魔の表皮は、生半可な刃なら通さない。突き立てた剣が鈍らなら、そのまま砕けてしまうことすらある。
そんな同族の首が、一撃で落とされた。
そもそもの話。今の斬撃は決して、剣の間合いではなかったはずだ。
何をされたのか、わからない。
故に、双角の悪魔が最初に選んだのは、攻撃ではなく回避行動だった。
「くそがっ!」
翼を広げ、上空への跳躍。
魔術士や魔導師との戦闘とは違い、騎士を相手に戦う際のセオリーは、距離を取ること。こちらに遠距離攻撃の手段があるのなら、剣の間合いの外から攻撃していれば、一方的に嬲り殺せる。
だが、この騎士は剣の間合いの外から、斬ってくる。だから、さらに距離を取らなければ……
「遅い」
無慈悲な宣告の通り、その思考がすでに遅い。
騎士の持つ大剣は二振り。二刀であるということは、そのまま手数の多さを意味する。
「なっ……」
結論から言えば、悪魔は跳躍することができなかった。
地面に突き立てられた、左の大剣。
そこから、地面を通じて網のように放射状に広がった氷が、その片脚を捉え、凍結させたからだ。
そして、二撃目。
「ッ……ァァアアアアア!」
再び閃いた右の斬撃が、双角の悪魔の片翼を両断した。
騎士の多くは、魔力の多くを身体強化のみに回して戦うが、中には魔術を併用して戦う器用な人間も存在する。
断たれた翼の根元から、血液が垂れ落ちる。しかし、双角の悪魔は、痛みを堪えて思考を止めない。
この女は氷雪系の魔術を使う。魔術の相性的には、こちらが有利。
足を凍らせて動きを止めたつもりかもしれないが……こんなものは、一瞬で溶かせる。
一歩ずつ、重厚な音を響かせながら、またゆったりと近付いてくる騎士を睨めつけ、悪魔は己の牙を砕かんほどに噛み締めた。
右の大剣が、構えられる。
女騎士が片手剣のように振るっている大剣は、俗に『ロングバスターソード』と呼ばれるもの。両手で構えて振るうことが前提の、大きすぎる得物だ。それを片手で軽々と振るう、身体強化の魔力出力には目を見張るものがあるが……得物が大き過ぎる以上、どうしても隙は生じる。
「バカが」
短く呟くと同時、異形の両手から、炎が噴出した。
双角の悪魔が操る魔術の特性は、炎熱。大規模な魔導陣を用意すれば、屋敷を一瞬で焼き尽くし、たとえ魔導陣を用意せずとも、手のひらから吹き出す炎は、直撃すれば人をいとも簡単に火達磨に変える。
足を固定していた氷が、一瞬で蕩け落ちる。
そのまま、炎の噴射を自身の推力に変換して、悪魔は今度こそ跳んだ。正面への、捨て身の突貫。逃げるためではない。目の前の相手を、確実に殺すために。
それは、大剣による斬撃の間合いの内側。必死の中に決死の覚悟で見出した、渾身の一手。
かつん、と。
鋭い爪が鎧に触れて、僅かに音が鳴る。
思考の駆け引きに打ち勝ったのは、悪魔だった。
「燃えろ」
頭兜の中で、息を呑む気配がして。
そして、蒼銀の鎧は爆炎に包まれた。
◇
昔の話だ。
勇者と出会った日のことは、今でもよく覚えている。
パンツを見られた。
それが、アリア・リナージュ・アイアラスと勇者が出会ったきっかけだった。今でもよく覚えているが、たしかあの日は白だったと思う。
王国の首都にある、騎士学校の入学日。アリアは着慣れない制服に身を固め、入学式の会場に向かって1人で歩いていた。
「……はぁ」
これから始まる、三年間の学生生活。希望に満ち溢れた門出の日に、深い溜め息を吐く。
隣国の第三王女を、騎士学校に特待生として迎え入れる。自分の強さが認められた、と言えば聞こえは良いが、これは要するにアイアラス家が王国へと献上した人質である。アリアは同級生達と仲良くなりたかったが、向こうがアリアの身分とその強さに萎縮して、ろくな世間話すらできやしない。
人と関わるのが好きなアリアにとって、そんな環境は気分を憂鬱にさせるには充分過ぎた。
「やめたやめた。入学式さぼろっと」
どうせすでに一線を引かれているのだ。今さら不良のように見られたところで、関係ない。むしろ、体調不良による欠席だと後で言っておけば、いかにも『お姫様』らしくて、角も立たないだろう。
人気のいない、簡単には見つからないような場所を、まだ慣れない学校で探す。なんとなく高い場所から景色を眺めたくて、アリアは屋上を選んだ。
しかし、扉を開くと先客がいた。
「あ」
「お」
短い呟きが重なる。
アリアと同じように、制服の胸に造花をつけていたので、その少年も新入生であることは一目見てわかった。
「きみも入学式、サボり?」
「そちらも?」
「うん」
「度胸あるなぁ」
「堅苦しいの苦手で」
「わかるわかる」
中身のない会話だった。しかし、そういう気を遣わない会話がひさしぶりで、楽しかった。
「隣、いい?」
「どうぞどうぞ。べつにおれの場所じゃないし。お名前をお聞きしてもいいですか、お嬢さん?」
気安い少年の口調は、話していて好きなタイプだったが……名前を伝えたら、また引かれてしまうのかな、と。アリアは少し躊躇った。
「あたしは……」
その時、風が吹いた。
いい感じに、スカートが捲れた。
とても自然に、少年の目が下に吸い寄せられた。
それから、間があった。
一拍の沈黙を置いてから、アリアは聞いた。
「……見た?」
「……その、なんというか、はい。正直に言うんだけど……見ました。というか、見えました」
「……」
「ごめんなさい。ごちそうさまです」
あたしのパンツはごはんじゃない。
「……はぁ」
アリアはまた溜め息を吐いた。
ついてない日には、そういうこともあるだろう。
「まぁ、べつにいいけど。じゃあね」
気まずくなってしまった。
やっぱりこのスカート、式典などでの見栄えを意識しているとはいえ短すぎるな……などと思いながら、踵を返して歩き出す。
だが、慌てたのは少年の方だった。
「あ、ちょ……まってまって!?」
「なにか?」
「なにかって……いや、なにか見ちゃったのはおれの方だけど。その……なんというか、びっくりしちゃってさ。てっきり、悲鳴をあげるかビンタくらいはされるものかと覚悟してたから」
「いやだって……たかがパンツだし」
所詮は下着である。もちろん、裸を見られればアリアだって恥ずかしいが、布を一枚、ちらりと見られたところで、どうということはない。むしろ、同年代の少女達がパンツをみられた程度で、どうしてあんなに悲鳴をあげてきゃーきゃー騒ぐのか、アリアにはわからなかった。
「えぇ……見ちゃったおれが言うのも変な話だけど、自分のパンツはもっと大事にした方がいいって。きみのパンツには、きみが思っている以上の価値があると思うぞ? お姫様なんだし」
「……ふふっ。なにそれ……え?」
パンツを大切にするってなんだよ、と。
アリアはあきれて笑ったが、その後の一言の方が引っかかった。
「あれ? あたしのこと知ってるの?」
「うん。特待生のアイアラスさんでしょ。隣の国のお姫様って聞いてたけど、違った?」
「いや、あってるけど……」
知っていて、自分と話をしていたのか。
ぷくり。アリアの心の中に、少年への興味の芽が出た。
「ねえ、きみ。どうせ暇でしょ?」
「それはもう、見ての通り」
「じゃあ、あたしと模擬戦しない? パンツのお詫びってことで。色々鬱憤が溜まってて、体動かしたいんだ」
「……お、いいね」
予想以上に、少年は乗り気だった。
「お姫様、強いんでしょ?」
「そりゃもう、あたしは強いよ」
「やったぜ」
にっと少年が笑う。それは、話し始めてから、最も嬉しそうな笑顔だった。
「おれ、魔王を倒して世界を救いたいから、なるべく強いやつと戦いたいんだ」
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