その騎士、最強

『……ごほん。あとは、手短に重要なことだけお伝えします。昨日、私が殺した上級悪魔は、こちらの『魔法』を把握していませんでした』

「それは……つまり」

『ええ、あの悪魔は「新しい存在」だということです』


 アリアの表情が、一段と険しくなる。

 二人の会話を固唾を呑んで見守っていた魔術士と騎士達も、そのただならぬ空気に体を固くした。


 しかし、


「……えーと、ごめんねシャナ。あたし、そういう回りくどい言い方されてもちょっとよくわかんないっていうか、シャナは頭がいいから良いかもしれないけど、今は緊急事態で通信も切れそうだし、もうちょっとストレートに伝えてほしいっていうか」

『バカ姫』

「うるさいなぁもう!」


 冒険ばかりしていたせいで、自分達の主はわりと頭の出来が残念だったことを思い出して、彼らはさっさと担当の仕事に戻った。


『ほんっとに、察しが悪い脳筋ですね』


 シャナのため息が深い。

 しかし、賢者は声高に言い切った。


『襲撃してくる悪魔は、魔王が討伐されたあとに生まれ落ちた、ひよっこということです。存分にぶっとばしてください』

「……最初からそう言ってくれる?」

『他にも色々言いたいことあったのに、かなり噛み砕きましたからね!?』


 賢者の絶叫が響いた瞬間、ぶちっという音がした。


「あ」

「切れましたな……」


 切れたらしい。


「……ごほん」


 咳ばらいを一つ。それで、また切り替わった。


「皆、聞いてください」


 一糸乱れぬ動きで、その部屋の全員の人間が背筋を伸ばす。


「まず、ここは放棄する。地下通路を使って、街へ早急に移動。ただし、持ち出せる物資は持ち出しましょう。総員で、街の防衛に全力を尽くしなさい」

「しかしそれでは、姫様がお一人に……」

「だから、そう言っている」


 アリアは言い切った。


「敵は、わたしが迎え撃つ」


 その声音に、迷いはない。


「鎧と剣の準備を」

「はっ」

「それから、彼らの転送はすぐにはじめてください」

「承知致しました」


 眠ったままの勇者と少女が部屋に運び込まれ、緊急転送用魔導陣の上に乗せられる。本当に、2人を一気に転送するのがギリギリのサイズだ。

 呑気に眠りこけている勇者の顔を見て、アリアは笑う。


「……あーあ」


 膝をついて、頬に触れる。


「せっかくひさしぶりに会えたのに、またしばらく離れ離れだね」


 しかし、今はこうするしかない。


「絶対守るよ」


 短い宣言は、彼の耳には届かない。





「燃えろ」


 もう数刻で、朝がくる。

 しかし、朝日を迎える前に、その屋敷はあまりにも唐突に、あっさりと炎に包まれた。

 発火地点はない。一瞬で、全体が燃え上がった。

 常軌を逸した炎の勢いは、明らかに魔術によるもので……事実、それを仕掛けた張本人は、闇に紛れて煌々と燃え盛る建築物の様子を眺めていた。

 否、正確に言えば、人ではない。


「あーあ。もったいねぇ。女がいたなら、捕まえて楽しめたのによ」

「文句を垂れるな、グズが」


 は、悪魔であった。

 口調の荒い、獣のような外見の悪魔は舌を出してせせら笑う。


「ここまで用意する必要があったのかねぇ。こんなに強く炙っちまったら、骨も残らねえよ」

「どれだけ準備し、用心しても、し過ぎるということはない。相手はあの勇者なのだからな」


 冷静な口調の双角の悪魔は「事実、1人はもう賢者に消されている」と。忌々しげに、付け加えて言い捨てた。


「オレは備えを怠って敗北する気はない。だからこうして念入りに、対拠点用の広域魔術を、用意もする」

「やることがなくてつまんねえな」

「勇者と少女の死体を確認したら、お前は好きにしていい。街に降りて人間と遊んでくればいいだろう」

「それはいい。きたねぇ焚火を見守る楽しみができた」


 獣の悪魔は、笑いながら白い息を吐いた。


「……あ?」


 そこでようやく、吐き出す息が白くなるほど周囲の気温が下がっていることに、ようやく気がついた。


「おいおい、コイツぁ……」

「無駄口を叩くな。構えろ」


 双角の悪魔は、燃え盛る屋敷を睨み、言う。


「くるぞ」 


 そして、次の瞬間に、炎は消えた。

 より厳密に言うのであれば……屋敷全体が、一瞬でした。


「ハハッ……マジで凍ったぞ! オイ!」

「見ればわかる」


 この周囲には、木々と畑しかない。しかし、それらの葉にすら、うっすらと霜が降りている。

 あれほど賑やかに響いていた、ものが燃えて崩れ落ちていく音の一切が消失し、無音になった。

 あれほど周囲を照らしていた、燃焼による炎の光源が消え失せて、闇の色が濃くなった。

 雲の合間から漏れる月明かりが、凍りついた屋敷を照らし出す。


 正面玄関が、砕け散って吹き飛んだ。


 きらめく薄氷を踏み割って、それは姿を現す。

 ゆったりと歩を進める、音が重い。

 全身を覆う無骨な蒼銀の甲冑は、もはや華奢な女性のシルエットではなく。頭までフルフェイスの頭兜ヘルムに覆われ、その表情すら欠片も伺うことはできない。


 全身甲冑。


 フルプレートアーマーと呼ばれる類いの装備を、さらに機能的に突き詰めたような、特異な鎧装だった。


「けっ。これじゃあ、中身がイイ女かわからねぇな」


 獣の悪魔は、吐き捨てる。

 少しの露出もなく、身体の全てが装甲に覆われている。男に比べればやや低い背丈と豊かな胸の膨らみだけが、辛うじてその性別を判別できる要素だった。


「しかも、二刀かよ。気合い入ってるじゃねーか」


 騎士は、身の丈と並ぶほどの大剣を、二振り。それぞれの手に携えていた。


「こんばんは」


 驚くほどかわいらしく、明るい声音が、頭兜ヘルムから漏れる。


「さっきの火遊びをやったのは、きみたち?」

「肯定する。そちらは、騎士殿とお見受けする」


 双角の悪魔は、丁寧な口調で応じた。


「うん。そうだよ」

「赤髪の少女と、勇者がそちらに滞在していたはずだ。居所をご存知なら、教えて頂きたい。こちらも、無用な殺生をしなくて済む」

「なるほど……取引というわけ。悪魔らしいね」


 彼女が軽く頷くだけで、軽い金属音が鳴った。

 頭の全てを覆い尽くす頭兜ヘルムのせいで、表情が見えない。やりにくいな、と。双角の悪魔は内心で舌打ちを漏らした。


「然り。返答を聞きたい」

「お断りするよ。逆に聞きたいんだけど、きみたちの方こそ、あたしに情報を提供する気はない?」

「代価は?」

「この場での、命の保証」


 人間にしては、随分と舐めた提案だと悪魔は思った。


「断る」

「ひひっ……交渉決裂だなぁ」


 獣の悪魔は、笑みを浮かべて舌なめずりをする。

 双角の悪魔は、翼を大きく伸ばした。


「そうか────」


 声音が変わる。

 右手の大剣が、無造作に振るわれる。


 何かが、閃いた。


 たったそれだけの動作で、獣の悪魔の首が、跳ね飛ばされて地面に落ちる。

 目を見開く双角の悪魔の、足元。

 氷上に、血の花が咲いた。


「────警告はした」

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