騎士ちゃんと賢者ちゃん

 アリア・リナージュ・アイアラスは、勇者が率いるパーティーに所属していた騎士である。

 彼女は隣国の王家、アイアラス家の第三王女であり、現在はこの土地を治める領主でもある。


「……勇者くんを、あの子と同じ部屋に運んでください。丁重に」


 口調が、がらりと変化する。明るく温かい、気さくな女性から、冷たく硬質な、集団の長の声に。


「畏まりました」


 どこからともなく現れた2人の従者が、勇者を抱えて姿を消す。

 同時に、アリアは着ていたブラウスのボタンに手をかけ、脱ぎ捨てた。実用性しか考えていない飾り気のない下着と、女性とは思えない鍛え上げられた裸体。そして、数え切れない傷跡が、空気に晒される。が、3人目の従者はそれを見ても眉一つ動かさなかった。むしろ当然のように、脱ぎ捨てられたブラウスを受け取って一礼し、下がる。

 アリアはそのまま屋敷の地下に続く階段を降りて、地下室の扉を開いた。


「姫様」

「姫様!」

「そのままで良い。優先度の高いものから、状況報告を」


 地下室とは思えないほど広い部屋の中央には、物見の水晶が設置され、既に数名の騎士に、魔術士と魔導師が陣取っている。その様子は、まるで砦や基地の司令室のようだった。とはいえ、それも当然である。

 魔王軍全盛の時代、各地で防衛戦を敷き、人間側の戦線維持に貢献していたのは、各地の力ある領主達だったからだ。


「姫様……やはり、キナ臭いですぞ」

「勇者様がお使いになられた、街の中央の転送魔導陣が遮断されました。現在、外部への転移魔法が使用不可能になったようです」

「日が落ちてから、騎士団の巡視隊からも見慣れないモンスターの目撃情報がいくつかあがっています」


 アリアは、先ほどまで酒を嗜んでいたとは思えないしっかりとした足取りで、物見の水晶に近付いた。彼女が椅子に腰掛けると同時、女性の騎士が後ろから歩み寄って、ロングの金髪をアップに結いはじめる。

 家に長年使えてきた老練の魔導師に、アリアは問いかけた。


「来ると思いますか?」

「ええ。十中八九、ここが狙いでしょうな。街が襲われる可能性もありますが……」

「対応はします」

「それがよろしいかと」


 髪をやらせているので頭を動かせないアリアは目だけで頷いて、直立不動の姿勢で待機している何人かの騎士に手を振って合図した。


「騎士団、自警団の詰所にわたしの名前で連絡を。すぐに厳戒態勢を敷かせなさい」

「承知いたしました」

「姫様、お召し物です」

「ありがとう」


 戦闘用に、魔術が編み込まれたインナーを身につける。同じく、革制の胸当てをつけて、グローブにブーツ、手袋、と。手早く装備を固めていく。


「……姫様! 王都が交信に出ました!」

「やっと繋がった? あのバカ賢者……」


 顔をあげたアリアの口調が、少し戻る。

 魔力で音声を伝える通話装置はとても高価なものだが、これだけの施設ならば、当然それに相応しい設備も備えている。

 アリアは受話器を取った。


「シャナ! あたしの方からずっと連絡はしていたでしょ? どうしてすぐに出ないの!?」

『私が出なかったんじゃなくて、そちらと繋がらなかったんですよ』


 通話の相手はもちろん、賢者である。

 生意気な声は、しかしいつもよりも早口だった。


『取り急ぎ『私』を何人かべつの街に派遣して、魔力のラインを繋いでますが、今もギリギリ通話できている状態です。そちらの領地全体に、大規模な魔力妨害がかかっていますね。外との連絡と転送を遮断するためでしょう』

「あなたが敷設した転送魔導陣、あっさり遮断されてるんだけど。欠陥品?」

『文句が多いですね。それはわがままが過ぎますよ、お姫様。ピンポイントで魔力妨害されれば、いくら天才の私が設置した魔導陣でも、正常に作動はしません』

「狙いはあの女の子?」

『逆に、それ以外あると思います?』


 それはそうだ。


『しかし、あちらに認知されていない転送魔導陣なら、内側からの脱出にまだ使えるはずです。あなたのお屋敷なら、あるでしょう?』

「……うん。あるよ」


 相変わらず、賢者と呼ばれている少女はおそろしいほどに察しがいい。アリアは、部屋の隅に隠れるように設置されている小さな転送用魔導陣に目をやった。これはいざという時、領主やその血縁の人間だけでも脱出できるように作られたものだ。シャナが敷設したタイプとは違い、転送先は指定できず運任せになるが、とりあえず少人数を避難させることはできる。


『それを使って、勇者さんと彼女を敵から逃してください。その場所だから、できることです』

「転送先がランダムになるの、わかってる?」

『得体のしれない敵に居所を知られたままになるよりは、はるかにマシでしょう。それに、こんなこともあろうかと、勇者さんが私の頭に触れた時に、手のひらに魔力マーカーを仕込んでおきました。これで、どこにいようとある程度の居場所は追跡できます』

「え、こわ……」


 ストーカーかよ。

 アリアはドン引きした。


『うっせぇです。それよりも、早く勇者さんを説得してください。あの人、話を聞いたらどうせ自分も残って戦うって言い出しますよ』

「あ、それは大丈夫。食事とお酒に薬を盛って、もう眠らせてあるから」

『え、こわ……』


 サイコパスかよ。

 シャナはドン引きした。


 どっちもどっちであった。

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