騎士ちゃんは、ヤンデレ
話がすっかり長くなってしまった。
日が落ちて、もう外はすっかり真っ暗だ。おれと騎士ちゃんは、お酒が入ったグラスを持ってテラスに出た。アルコールで火照った体に、風が気持ちいい。
「赤髪ちゃん、寝ちゃったね」
「お腹いっぱいになって寝ちゃうのは、完全に子どもなんだよな……」
「かわいいね、あの子」
「それは間違いない」
「記憶喪失っていうのが、いまいち実感が沸かないけど」
「普通に会話はできてるからなあ。話していても、違和感はそんなにないし」
「どこで助けたの?」
「ウチの街外れの、森と荒野の間。馬に乗って、追手から逃げてた」
「あなたのことだから、どうせ追手は全員ぶっとばしてそのままにしちゃったんでしょ?」
なんでわかるんだよ。
肩を竦めて、それらしく酒を煽ってみせる。騎士ちゃんとはジュースで乾杯するような年の頃からの付き合いだが、こうして一緒に酒を飲んでいるとおれたちも年をとったな、という実感がわいてくる。
「賢者ちゃんにも怒られたよ」
「当然でしょ」
「赤髪ちゃんのこと、調べられるか?」
「あのあたりの騎士団に働きかければ……あんまり当てにはしないでほしいけど、やってみる」
「助かる」
騎士ちゃんの立場は、ちょっとばかり複雑だ。隣国の王女でもある彼女は、魔王討伐の褒賞という形で、このあたりの土地を預かる領主になった。そのため、王都から離れている……言い換えれば中央の権力争いから外れている周辺諸侯から、一定の信頼を集めている。王都でバチバチに権力争いをしている賢者ちゃんとは、正反対だ。
なんだかんだで、騎士ちゃんは本当に頼りになる。
「でも、それよりもこっちだよね」
言いながら、騎士ちゃんは一枚のメモを懐から取り出した。そこに記されているのは、現状唯一の手掛かり。おれが呪いで読むことができない、赤髪ちゃんの名前だ。
「名前だけで王国の隅々まで戸籍名簿を辿るのは、さすがにちょっと厳しいけど……」
「時間がかかってもいい」
「……うん。そうだね」
透けるような金髪が、風に揺れる。メモ帳に記された名前を、騎士ちゃんはじっと見詰めた。
おれが読めない、あの子の名前。
自然と、質問が口から出た。
「どんな名前だった?」
「え?」
「赤髪ちゃんの名前だよ。なんかこう、響きがきれいとか、そういうのあるだろ?」
「……ふぅん」
今日、出会ってからずっと笑顔を見せてくれていた女の子が、はじめて表情から明るさを消した。
「あたしの名前は忘れたのに、あの子の名前は気になるんだ?」
テンポ良く進んでいた会話が、ぴたりと止まる。
扉一枚分くらいの薄さしかなかった距離が縮まって、やはりぴたりと肩が触れた。グラスを持ってない方の指先が、躊躇うようにおれの服を緩く摘む。
「いや、それは……」
「うそうそ。ごめんね。いじわる言っちゃった」
くるりと、声のトーンが元通りになった。
表情にも、笑みが戻る。けれどそこに、先ほどまでの明るさはない。蒼色の瞳に、こちらの心まで見透かされてる気がした。
「……なにか、つまめるもの取ってくるよ」
言い残して、揺れる金髪が視界から消える。
騎士ちゃんのああいう顔を、ひさしぶりに見た。見てしまった。いや、ああいう顔に、させてしまった。
「……最悪だなぁ、おれ」
グラスの中に残っていた液体を、一気に煽る。
あー、くそっ。酒の味がしねぇ。
「……はぁ」
調子に乗って飲み過ぎたから、余計なことを言ってしまったのかもしれない。なんだか、視界がぐらぐらと揺れている。
手から力が抜けて、グラスが滑り落ちた。
「……あ?」
グラスを、落とした。砕けて、割れた。
音でそれを認識したのと同時に、膝から力が抜ける。
「ゆっくりおやすみ。『 』くん」
その声を最後に、おれは意識を手放した
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