勇者と騎士ちゃん②

「さあさあ、遠慮せずに食べて食べて!」

「いただきます!」


 田舎のメシというのは、得てして味つけが濃くて、量が多い。要するに、雑に美味い。

 じゃがいも! なんかデカい肉! トマト! 土地のパン! デカい器に並々のスープ! そんな感じのメニューだ。

 騎士ちゃんの屋敷に案内されたおれたちは、テーブルの上に所狭しと並べられたご馳走にありついていた。


「おいしい〜!」


 胃の中身がからっぽになってお腹が空いていたのか、赤髪ちゃんはもりもりと皿の上の料理を口に運んでいる。すごいなコイツ。さっきまで胃の中身吐き出していたのに……いや、胃の中身を出したからこそ、これだけ入るのだろうか。


「今年は野菜が全体的に良い出来でね〜。ほら、賢者ちゃんが転送用の魔導陣置いてくれたじゃない? だからアレで勇者くんのところに野菜送ろうと思ってたんだよね」

「ああ。騎士ちゃん、あれで移動して吐いたんだって?」

「うぇ!? ちょ、誰に聞いたの!?」

「宿屋のおばちゃん」

「も〜、ほんと口が軽いんだから、恥ずかしい……」

「いや、わかるよ。昔から船とか乗ると絶対酔ってたもんな。思い出したわ」

「それも言わないでよ!」


 短いやりとりの合間にも、喜怒哀楽がくるくると切り替わる。

 矛盾していることを承知で言うが……表情豊かな美人は、とてもかわいい。

 騎士ちゃんは、よく笑い、よく喋り、よく食べ、よく飲む。死霊術師さんほどじゃないが、実はこの子も結構酒に強い。


「はい、勇者くん。お姫様がお酌をしてあげよう」

「ははっ……ありがたき幸せ」


 それっぽく頭を下げて、土地の酒を騎士ちゃんに注いでもらう。美人にお酌してもらって申し訳ないね。

 昼間から酒なんて、冒険していた頃には考えられなかった贅沢だけど、なんだかんだ一年ぶりの再会だ。たまには豪勢にいかせてもらっても、バチは当たらないだろう。そもそもおれ、神様とか信じてないし。


「それにしてもやりますなあ、勇者くん。ぐだぐだ引退生活を満喫してると思ったら、こんなかわいい子を連れてくるなんて!」

「それさっき言われた」

「え、誰に言われたの!?」

「宿屋のおばちゃん」

「あたし、宿屋のおばちゃんと一心同体じゃん!?」


 騎士ちゃんの叫びに、ついに給仕に徹していたメイドさんが、くすっと吹き出した。

 ふと、横を見るともりもりとご飯を食べていた赤髪ちゃんが、手を止めて騎士ちゃんを見ていた。


「ん? どうかした? 何か足りないものがあるなら、持ってこさせるよ」


 その視線に気がついた騎士ちゃんが、横目でにこりと微笑む。

 そのやわらかい笑みには、ほんのりと気品が感じられた。


「それとも、お料理がお口に合わなかったかな?」

「そ、そんなことないです! とってもおいしいです!」

「よかったよかった。それ、あたしが作ったやつだから、うれしいよ」


 じゃがいも料理を指差して、騎士ちゃんが言う。赤髪ちゃんも表情が豊かな方なので、目を丸くして驚いた。


「お姫さまが!? お料理、されるんですか?」

「するよ? バリバリやっちゃうよ。あなたも食べるの好きなら、お料理は習っといた方がいいぞ〜。男を掴むためには、まず胃袋からって言うしね」

「な、なるほど」

「あたし、こう見えても騎士だから、聖剣を二本持ってるんだけどね。そのじゃがいもは炎が出る方で、こう、パパーっと」

「焼いたんですか?」

「焼くわけないじゃん。フライパン使うでしょ普通」

「えぇ……ゆ、勇者さん!?」


 おもしろいくらいに。からかわれている。

 赤髪ちゃんに助けを求められたけど、おれは視線をそらして料理を口に運んだ。じゃがいもうめぇ。


「酒入ったらこんなもんだよ。慣れな」

「えええ……」

「この子、かわいくておもしろいね〜」


 よしよし、と。騎士ちゃんは赤髪ちゃんに横から抱きついて、頬擦りする。美少女と美人が絡んでいると、大変眼福ですね。ありがとうございます。


「あの、す、すいません……お姫さまに対して、失礼に、あたるかもしれないのですが」

「いや、赤髪ちゃん。おれは一方的に頬擦りしてくるヤツの方が、普通に失礼だと思うぞ」

「勇者くん、うるさい。まぁたしかに、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。で、なになに?」

「ええっと、お姫さまって……隣の国のお姫さま、なんですよね?」


 おそるおそる、といった様子で赤髪ちゃんが聞く。

 なんか謎掛けみたいだな。


「あぁ、うん。あたし、お姫様っぽくないでしょ。よく言われるよ」

「実際、お姫様やってた期間より、おれと冒険者やってた期間の方が長いまであるからな」

「それはある」


 横から茶々を入れると、騎士ちゃんは大仰に腕を組んで「うんうん」と頷いた。

 オンオフはしっかりしているが、騎士ちゃんは元から堅苦しいのは好きではない性分だ。


「だからさ。あたしは勇者くんがせっかく連れてきてくれたあなたとも仲良くなりたいなって。あたしのことは、気軽に『騎士さん』とでも呼んでよ」

「……はい! わかりました、騎士さん!」

「よしよし。それで、何か聞きたいことはあるかな?」

「そうですね、じゃあ……勇者さんの恥ずかしい思い出、とか?」

「急にぶっこんでくるのやめない?」

「いいね。長くなるよ」


 やめてやめて。長くしないで。

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