勇者と騎士ちゃん①

 賢者ちゃんの協力で、騎士ちゃんが治めている領地にやってきたおれ達は、早速ピンチに立たされていた。


「ご、ごめんなさい……勇者、さん」

「大丈夫。きみが謝ることじゃない」

「でも、わたし……もう、ダメかもしれません」

「大丈夫だよ。全部吐き出せ。おれが、受け止めてあげるから」

「ゆ、勇者さん……っ」


 綺麗な真紅の瞳を潤ませた赤髪ちゃんは、肩を震わせながら頷いて、



「うぉええええええ」



「よしよし。全部げーってしなさい。げーって」


 はい。赤髪ちゃん、絶賛リバース中です。

 理由は単純で、どうやら転送用魔導陣の独特の浮遊感がダメだったらしく、一発で酔って気分が悪くなってしまったようだ。文明の利器、便利だけどまあそういうこともあるよね。

 背中をさすりながら、おれは奥に向かって叫んだ。


「おばちゃーん! やっぱバケツもう一個ちょーだい! あと水と布巾!」

「あいよ! ちょっと待ってな!」


 このあたりには何回か来たことがあったので、土地勘があったのが幸いだった。こうして、知り合いのおばちゃんがやっている宿屋に緊急避難して、赤髪ちゃんを介抱することができる。


「ほら、嬢ちゃん大丈夫かい? しっかりしな?」

「うぅ……すいません」

「いや、きみは喋らなくていいから。とにかく楽になるまで、げーってしなさい。げーって」

「やっぱ魔導陣の転送って、酔う子は酔っちまうんだねえ。王都までひとっ飛びできるのはありがたいけど、アタシはあんまり使いたくないよ」 


 魔術による長距離転送は、距離が長くなればなるほど酔いやすいらしい。おれの家がある町から王都まではそこまで距離がなかったので問題なかったが、ここは辺境の土地。かなりの距離を魔術に頼って移動してしまったので、無理が祟ったのだろう。


「おれ達が来る前に、あの転送魔導陣、誰か試したの?」

「そりゃもう、あのかわいらしい賢者ちゃんが設置したら、いのいちばんに姫様が試したよ」

「どうだった?」

「吐いてたよ」

「ダメじゃん」

「ダメだったねえ」


 姫様、というのは騎士ちゃんのことだ。ていうか、アイツも吐いてるんかーい。

 なんか酔い止めの魔術とかないのかな? 船用に酔い止めの薬草とかは売られてるし、それを使えば気休めくらいにはなるか? 今度、賢者ちゃんに改善案出しておくか。


「それにしても、やっぱ世界を救った勇者さまはモテるねえ。こんなかわいい子を」

「おろろろろ……」

「……こんなかわいい子をひっかけてくるなんて」


 赤髪ちゃんの見た目は文句なしに美少女だったが、リアルタイムで汚いものをリバースしている美少女を美しいと言うのは少し無理があったのか、おばちゃんは言い淀んだ。仕方ないね。


「いろいろと訳ありでね。この子を騎士ちゃんに紹介してあげたいんだ」

「まったく……人助けはいいことだけど、ひさびさに顔を見せたと思ったら女連れなんて。『   』様が悲しむよ」

「騎士ちゃんはそういうこと気にしないよ」

「けどねえ、『   』様はアンタのことを」

「おばちゃん」


 トントン、と。

 おれは赤髪ちゃんの背中ではなく、自分の耳を叩いてみせた。


「あ、ああ……ごめんよ。気をつけていたのに、つい……」


 おばちゃんも最初は騎士ちゃんのことを『姫様』と呼んでいたが、喋りに熱が入るうちに、無意識に彼女の名前を言ってしまっていたらしい。

 おれには、彼女の名前は聞こえない。


「いやあ、全然大丈夫だよ。ただ、聞こえないから気をつけてね、ってだけ。むしろ、気を遣わせちゃってごめん」

「……アンタが謝ることじゃないだろう」


 くしゃっと。顔を歪ませたおばちゃんは「追加の水をとってくるよ」と言って、カウンターの奥に引っ込んでしまった。

 ああいう気持ちの良い元気なおばちゃんに、あんな顔をさせてしまうのは、ちょっとつらい。


「うぉおおおえ……」

「はいはい。よーしよしよし」


 いやだめだ。やっぱこっちの方がつらそうだ。

 コイツ、よく食ってたからほんとよく吐くな……





「すいません。ごめんなさい。申し訳ありませんでした」

「謝罪のフルコースみたいだ」


 赤髪ちゃんが回復したので、宿屋のおばちゃんにお礼を言って、騎士ちゃんの屋敷に向かう。


「謝らなくていいよ。それより大丈夫? すっきりした?」

「はい! 全部吐いたからバッチリです!」


 ふんす!と赤髪ちゃんはガッツポーズする。まあ、気持ち悪いのって基本的に全部吐いてしまえばすっきりするからね。根拠は死霊術師さんと飲んでる時のおれ。あの人マジで酒強すぎておかしい。


「ところで勇者さん」

「はいはい」

「騎士さんは、勇者さんとは一番付き合いが長い人なんですよね?」

「そうなるな」

「最初は、どちらでお知り合いになったんですか?」

「えーと、まず騎士学校で出会って、退学になって」

「退学!? なんでですか?」

「いやほら、なんというか、おれもちょっとバカをやってた時期があってね……」


 そうなんだよ。おれ、高等学校中退してるんですよ。学歴があかんことになってる。今回の件が片付いたら、賢者ちゃんに魔術学校通わせてもらえないか頼んでみよっかな……


「まあ、とにかく。そこから一緒にパーティ組んで、冒険はじめてからは基本的にずっと一緒だったから……かれこれ六年くらいは、一緒にいた計算になるか」

「ほえー、すごい。どんな方なんですか?」

「まず、めちゃくちゃ強い」

「は、はい」

「次に、美人」

「お、おぉ」

「あと、隣国の第三王女」

「えっ!? お姫さまなんですか?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてませんよ! そんな高貴なお家柄だったなんて……じゃあ勇者さん、お姫さまと一緒に六年以上も旅してたってことですか?」

「そうなるね」

「す、すごいなぁ」


 うう、となぜか赤髪ちゃんは肩を落として、体を固くした。


「わたし、記憶喪失なので隣のお国のこととか全然わからないんですけど」

「そうだろうね」

「でも、本物のお姫さまに会うなんて、多分はじめてですよ」

「記憶喪失になる前に会ったことあるかもしれないじゃん」

「また勇者さんはそういう屁理屈を言う!」


 ぽかぽか、とじゃれてくる手をいなしながら、メインの街道から外れて、脇道に入っていく。家や商店の数はめっきり減り、畑ばかりが目立ってきた。というか、ここまで来るともう畑しかない。


「……なんか、街の中心から外れているように感じますけど、こっちで合ってるんですか?」

「うん。合ってる合ってる。そろそろ会えると思うよ」

「うぅ……本当に緊張してきました。わたし、無礼なこととか言ってしまったらどうしましょう。勇者さん、ちゃんとフォローしてくださいね」

「だから大丈夫だって」


 赤髪ちゃんは記憶喪失のわりに、言葉遣いや礼儀作法がしっかりしているので、そこの心配はしていない。初対面でも、相手ときちんとコミュニケーションを取れる。賢者ちゃん? あれは精神的にまだメンタルクソガキなところあるから例外です。



「おーい! 勇者くーん! こっちこっちー!」



 畑のど真ん中から大声が響いて、赤髪ちゃんがぎょっと振り返った。

 遠目でもわかる、女性にしては高い背丈。長く艶やかな金髪は後ろで括られ、ちょうど収穫期の稲と同様に、ぴかぴかと輝いている。

 おれも、手をあげて大声で叫び返した。


「こっちだと思ったよ!」

「ははっ! 相変わらずいい勘してるねー! ほんとは屋敷の方で待って、ちゃんと出迎えようと思ってたんだけど。人手が足りないから、収穫に出てきちゃったよー! ごめんねー!」

「相変わらずよく働いてるな!」

「そりゃもちろん、領主ですからー!」


 庶民と変わらない作業着に、大きめの帽子。汚れが目立たない紺色のズボンに、首元には汗を拭うためのタオルをぶら下げている。


「おひめ、さま……?」


 うん。赤髪ちゃんの困惑はわかる。


「うちのパーティーの姫騎士様、めちゃくちゃ庶民派のいい子なんだよ」

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