勇者と賢者ちゃん②
「さて……」
十分後。部屋の中には、おれと賢者ちゃんだけになった。赤髪ちゃんは、街に買い物に出かけている。
さすがにおれの用立てた服では限界があるということで、賢者ちゃんの従者に頼んで赤髪ちゃんの生活に必要なものを、街で見繕ってもらうことになったのだ。首都の商店なら、おれが住んでいる片田舎の街よりもずっといい品物が揃うので、正直かなりありがたい。
それに、賢者ちゃんと二人きりで話したいこともあった。
「で、どうだった?」
「特にあやしいところはありませんでしたよ。まあ、白なんじゃないんですか」
すっと賢者ちゃんが指先を振ると、足元にミニサイズの魔導陣が浮かび上がった。
これは、近くの対象を魔術的に精査して、呪いや特別な魔法を持っていないかチェックするためものだ。
「ていうか、最初から私に魔術精査させるつもりでここに連れてきたんですか?」
「まあ、うん」
「悪い人ですね」
「仕方ないでしょ。本人、何も覚えてないって言うんだから。調べられるところから調べないと」
「それは正論ですけど、女の子に隠し事は良くないですよ」
「うっ」
相変わらず、痛いところを突いてくるなぁ。
昔は、話してる時はもっと素直で可愛げがあったのに、一体いつからこうなったのか。今となっては、もう話術で勝てる気がしない。
「賢者ちゃんのことだから、この部屋だけじゃなくて、別の部屋からも魔術精査かけてたんでしょ?」
「私のことだからってなんですか。私のことなんだと思ってるんですか。まあ、両隣の部屋から彼女のことはじっくり観察して丸裸にしてましたけど」
「やってるじゃん」
「おっぱい大きかったですよ」
「マジで? 死霊術師さんとどっちがでかい?」
「なに食いついてるんですか。へんたい。カス」
「話振ったのそっちだよなぁ!?」
この子は時々、マジで口が悪くなる。育った場所でいろいろあったので、仕方ないんですけどね。
まあ、賢者ちゃんが一番胸のサイズが小さいのは明白なので、そこは揺らぎようがない。小ぶりな胸を張って、ハーフエルフの天才賢者は続けて言った。
「しかし、天才の私にもちんぷんかんぷんですね。記憶喪失になった原因が気になりますけど、残念ながら魔術的なものではなさそうですし。ぶっちゃけ何もわかりませんでしたよ」
何もわからなかったのに、なんで胸張ってんだコイツ。元々張る胸もないくせに。
「魔術的に何もわからなかったということは、心の病気とか、何らかの外傷によるショックとか、そういう感じの原因ってこと?」
「そんな感じですかね。私は魔導師であって医者ではないので、心理的な病気のお話になってくるとお手上げです」
「うーん。賢者ちゃんに相談してだめ、か。困ったなぁ」
おれが唸ると、賢者ちゃんはなぜか嬉しそうに「ふふっ」と笑った。なんで笑ってんだコイツ。元々かわいいくせに。笑ったらもっとかわいいだろうが。
「騎士さんでもなく、あのクソネクロマンサーでもなく、最初に私を頼ってきたことだけは、勇者さんにしては良い判断だったと褒めてあげます」
「はあ。褒めて頂き、ありがとうございます」
「しかし、私では手詰まりなのは間違いないので、次は騎士さんのところに行くのがいいでしょう」
上機嫌なのか、わりとまともなアドバイスをくれた。
「おれもそうしようと思ってたんだけど、騎士ちゃんの領地まで行くの、結構時間がかかるんだよね。向かうなら、もうちょっときちんとした旅支度を整えたいな」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。数ヶ月前に、私が空間転送用の魔導陣を敷設しておきましたから」
さらり、と賢者ちゃんは言った。
空間転送用の魔導陣、というのは人間を運ぶことができる高位の術式のことである。術式を刻んだ魔導師が対応する魔導陣を繋げることで、ある距離を無視して一瞬で移動することができる。少人数でしか使えないのが難点だが、今では各地を繋ぐポピュラーな移動手段の一つになっている。おれが赤髪ちゃん王都まで連れて来るのにも、その魔導陣を利用していた。
「騎士さんの領地と繋げてあるので、勇者さんがここまできたように、一瞬であちらまでひとっ飛びです」
「便利な時代になったもんだ」
「騎士さんのところで、何かわかるといいですね」
「そうだなあ。今のところ、あの子に関わることって何もわかってないし。騎士ちゃんなら他の領主に働きかけて戸籍も調べられるから、それに期待かな」
そういえば、と。
賢者ちゃんはカップの紅茶を皿に戻して言った。
「あの子を追っているあやしいヤツらがいたのなら、捕まえて縛り上げるなり、拷問するなりして、情報を聞き出せばよかったのでは?」
紅茶を口に含んだまま、おれは固まった。
「……賢者ちゃん」
「なんです?」
「やっぱり、賢者ちゃんは天才だな……全然思いつかなかった!」
「で、そいつらはどうしたんですか?」
「ごめん全員ぶっ飛ばして捕まえるの忘れてた」
「ドアホのクソバカ」
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