勇者と賢者ちゃん①
「で、あの踏んでた人どうしたの? 大丈夫? まだ生きてる?」
「……ひさしぶりに会う仲間への第一声がそれって、勇者さんは本当に、私のことをなんだと思ってるんですか?」
「こわい子」
「名前と一緒に語彙も失ったんですね。かわいそうに」
ひさしぶりに会う賢者ちゃんは、案内された応接室のソファーにどかっと腰を下ろして、ほっそい足を高い位置で組み、かわいそうなものを見るようにおれを眺めていた。めちゃくちゃえらそうだなコイツ。
なんだか取り込み中みたいだったので、また日を改めて訪ねようかとも思ったのだけれど、賢者ちゃんは予想以上に早く用事を済ませて、おれたちに会う時間を作ってくれた。決して暇な身の上でないだろうに、ありがたい話である。
「はぁ……殺してませんよ。どちらかといえば、彼は都合よく利用された側の人間ですし。まだまだ私にとっても利用価値がありそうだったので、解放してあげました」
「それはよかった」
「良い豚になりそうです」
「あの人、一応王国に五人しかいない騎士団長だよね?」
どんだけこわいことしてるの、この子。曲がりなりにも国防のトップを担う人材を気軽に豚さんにしないでほしいんだけど。
「それで、そちらが勇者さんの新しい彼女さんですか?」
「い、いえ! 彼女だなんてそんな! わたしは勇者さんに助けて頂いただけで……」
「ちっ……」
でかい舌打ちが漏れた。
赤髪ちゃんが身を固くして、賢者ちゃんとの間に緊張がはしる。おれは慌てて間に入った。
「お行儀悪いぞ、賢者ちゃん。あと、おれはこの子を普通に助けただけだから、べつにそういうのじゃないから」
賢者ちゃんの圧に押されて、赤髪ちゃんは明らかに小さくなっていて、肩身が狭そうである。
「は、はじめまして。わたしは」
「自己紹介はいらないです。おおよその事情はさっき勇者さんから聞きましたし。この人は私の名前も、あなたの名前も聞こえないんですから」
なんかおれ、気を遣われてるなぁ。申し訳ない。
「あなたも、私のことは名前で呼ばずに、適当に『賢者さん』とでも呼んでください」
「は、はい。えっと……賢者さんは、勇者さんと一緒に冒険されていたんですよね? ということは、魔術士さんなんですか?」
赤髪ちゃんの質問に、賢者ちゃんはむっとした表情になった。
「賢者っていうのは『魔術士』じゃなくて、高位の『魔導師』の別称なんだよ」
「役職名ってことですか?」
「えーと……そもそも、魔術を使う魔術士にも種類があるのはわかる?」
「いえ、全然」
まあ、記憶ないもんな。
「魔術を使える人間は、その上手い下手に関わらず魔術使いって呼ばれるんだけど。学校に通って正式な学問として魔術を学んだ人間のことを、魔術士っていうんだ」
「ふむふむ」
「人に魔術を教えることができる人間は、魔術士とは区別して、魔導師って呼ばれる。魔を導く師、と書いて魔導師だ」
賢者ちゃんは、一流の魔導師である。
その中でも『賢者』とは、魔道を収めた者達の中でも、より高いレベルでそれらを伝え教えることができる高い位の魔導師を指す。生まれついての感覚やセンスに頼って魔術を使う者も多い中で、そのメカニズムを正確に理解し、解き明かした者。文字通りの、賢き者。それが賢者なのだ。
付け加えて言えば、賢者ちゃんは『魔法使い』でもあるんだけど、まあ『魔導師』も『魔法使い』も、やることに関しては似たようなもんなので、そこはどうでもいい。
「あの、少し聞いてもいいでしょうか?」
「どうして私があなたの質問に答えなければ」
「賢者ちゃん」
「……はぁ。どうぞ」
「あの、賢者さんはどうして部屋の中でもフードを被ってらっしゃるんですか?」
「ああ。そんなことですか」
ばさり、と。特に迷う様子もなく、黒いフードが捲られて落ちる。賢者ちゃんのきれいな顔がはじめて陽の光に当たった。
というか、一年会ってないだけでまた美人になったなこの子……
「ご覧の通り、厳密に言えば私は人間ではありません」
賢者ちゃんの顔を見て、その美しさに目を惹かれる人はとても多いと思うけど。多分、それ以上に、はじめて彼女の顔を見る者は、その耳を見てしまうはずだ。
常人とは明らかに違う『とがった耳』を見て、赤髪ちゃんははっとした。
「えっと……変わったお耳ですね?」
おいおい。赤髪ちゃんは、ボケの才能もあるな。
「ぶっとばすぞ」
「ひっ」
「どうどう」
そろそろ賢者ちゃんが杖から何か撃ち出しそうだったので、手で抑える。
まあ、多分知らないというか、覚えていないと思うので、説明しようか。
「賢者ちゃんは『ハーフエルフ』なんだよ」
「はーふえるふ?」
「エルフ族と人間の混血ってこと」
「そんなことも知らないなんて、ほんとに無知ですね」
「記憶喪失だって言ってんだろ。知識マウントやめろ」
暴言がひどくなってきたので、手を伸ばしてぐりぐりと、きれいな銀髪の頭を押し撫でる。
「……むぅ」
ふわふわの銀髪は、最高級の絹糸のような手触りだ。髪は女の命、というのはもちろんおれも理解しているつもりだし、あんまり雑に触ってはいけないことはわかっている。わかってはいるのだが、賢者ちゃんがまだ小さかった頃から一緒に旅をしてきたので、なんとなく癖になってしまっているのだ。
「…………」
きゅっと唇を真一文字にして、翠色の瞳が細められる。口を開けば罵詈雑言が飛び出すが、こうしていると子犬のようだ。美貌のわりに子どもっぽい仕草に、赤髪ちゃんが目を丸くした。
さて、説明に戻ろう。
「エルフ族は長命で、魔術を扱うことに長けた亜人種なんだ。半分エルフの血が入っている賢者ちゃんには、元々魔術の高い才能があったってわけ」
「我ながら天才過ぎてこわいですね」
「謙遜も美徳だぞ」
この子は昔から褒めると伸びるタイプなのだが、褒めまくってたらこうなってしまった。ちょっと育て方を間違えてしまったかもしれない。
「エルフ族は長命、ということは、もしかして賢者さんも、見た目よりお年を……?」
「いや、賢者ちゃんは16歳だよ」
「わかっ!?」
赤髪ちゃんは、賢者ちゃんのローブに包まれた細い肢体を眺めて、それから自分の身体を自分で確認して……具体的には胸のあたりを確認して、軽く頷いた。
「なるほど。見た目通りのご年齢なんですね」
「……っ!?」
「賢者ちゃん賢者ちゃん。そのままの意味だから。きっと他意はないから」
賢者ちゃんの杖を押さえて止める。
赤髪ちゃんはどうやら思ったことをはっきりそのまま言うタイプらしい。純粋だからね。仕方ないね。
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