勇者と少女とご飯

 女の子ひろった。名前はあるけど、おれがくそな呪いを浴びているせいで聞けない。ついでに記憶喪失。


「繰り返し確認をするようで申し訳ないんだけど、本当に名前以外は何も覚えてない、と」

「はい。そうなんです」


 頷きながら、彼女はパンを一口かじった。


「そうか……」


 うーん、だめだ。何度確認してもこまったね。すごくこまった。具体的には女騎士ちゃんと賢者ちゃんが二人揃って四天王に人質に取られた時くらいこまったね。

 赤髪の記憶喪失ちゃん、はちょっと長いので、とりあえず赤髪ちゃんとでも呼ぼうか。自分の名前しか覚えておらず、行くところがないというお話だったので、子ども達を家に返したあと、我が家にきてもらうことにした。寒そうだったので、さっさとお風呂を沸かして入ってもらい、余っていた服を着てもらって、さらにおれが作った勇者メシを食べてお腹を満たしてもらっている。パーフェクトだ。なんか流れが完全に捨て猫拾ったみたいだけど、パーフェクトなおもてなしだ。


「あの」

「うん?」

「失礼なことかもしれないんですけど」

「全然いいよ、なんでも聞いて」

「勇者さんは、本当に人の名前がわからないんですか?」

「あー、それね」


 トマトを頬張りながら、本当に困った顔の赤髪ちゃんに見詰められて、おれはたまらず頭をかいた。どう説明したもんかな。それにしてもこの子、よく食べるな。


「えーと、まず、おれは勇者をやって冒険してたんだけど」

「はい」

「魔王っていう、この世の諸悪の根源みたいな悪いやつがいたんだよね」

「魔王」

「で、そいつはおれが仲間とめちゃくちゃがんばって倒したんだけど」

「すごいですね」

「トドメを刺す前に、呪いを受けちゃって」

「その呪いのせいで、人の名前がわからなくなってしまった、と」

「そういうことです」


 ふむふむ、と会話の合間にチキンを口に放り込みながら、赤髪ちゃんはあごに手をあてて頷いた。コイツ、本当によく食うな……

 とはいえ、理解がはやくて助かる。記憶喪失という話だったけど、なんとなく地頭が良さそうなのが短い会話でわかった。


「また質問になるんですが」

「いいよいいよ。どんどん聞いて」

「名前がわからない、というのは、具体的にはどのような?」

「うーん。説明が難しいけど、人の名前は聞いても全然頭に入ってこない感じかな。話していても、そこだけ聞き取れなくなる」


 名前を聞く時だけ、ノイズがはしるというか、雑音がはいるというか。とにかく人名はまったく聞き取れない。


「じゃあ、自分の名前もわからないってことですか?」

「わからないんだよね。呪いをくらった時に、自分の名前も他の仲間の名前も、全部記憶から吹き飛んじゃった」


 我ながら、そこらへんのボケ老人より質が悪いと思う。あの性悪魔王も、やっかいな呪いを残してくれたものだ。


「なるほど」


 立ち上がった赤髪ちゃんは、部屋の中をきょろきょろと見回して、紙とペンを手にとった。さらさらと、ペン先が動いて滑らかに文字を紡ぐ。


「これはどうですか?」

「あー、ごめん。字も無理なんだ。読めん」


 赤髪ちゃんはおそらく、自分の名前を書いた紙を見せてくれたのだろう。しかし、おれは読むことができなかった。より厳密に言うなら、おれには名前が書かれている部分だけが黒く塗りつぶされているように見える。


「聴覚だけでなく、視覚にも作用する呪い……ということは、感覚器官だけじゃなく、魂そのものに作用するような……」

「赤髪ちゃん?」

「……あ、すいません」

「いや、べつに大丈夫だけど」


 この子を拾ってから、しばらく観察してて、わかったことがある。

 まず、語彙力がある。知識量は、多分成人前の村の子ども以上。食器も問題なく使えて、自分が口に運んでいるもの……例えば、パンや卵がどういうものなのかを知っている。ペンが文字を書くための道具であることも理解しているし、実際にそれを使って自分の名前も紙に書くこともできる。少なくとも、日常生活を送る上であまり支障はなさそうだ。


 そしてなにより、呪いが何かも理解している。


「勇者さん?」

「え? ああ、ごめん。なんだっけ?」

「いえ、その。おかわり、もらってもよろしいでしょうか?」

「ん、ああ。いいよ」


 お椀にスープのおかわりをたっぷりよそおうとして、気づく。昨日から作り置きしておいたおれの特製スープが、すっかり空である。


「赤髪ちゃん。きみ、ほんっとうによく食べるね……」

「す、すいません! その、なんと言いますか、ちょっとお腹が空いていて……」

「いや、全然いいけど。むしろじゃんじゃん食べて。追加で作るから」


 赤面した顔をお椀で隠している様子は、なんとも可愛らしい。それにおれは、少食な子よりもたくさん食べる子が好きだ、うん。

 この子のことは、まだよくわからないけど。

 とりあえず、ご飯をおいしそうに食べる子、っていうのはよくわかった。ひとまずは、それだけでも貴重な収穫だ。まだ残っている野菜を漁りながら、おれは言った。


「まあ、善は急げということで。お腹を満たしたら、うちのパーティメンバーに会いに行こうか」

「パーティメンバー……勇者さんのお仲間、ですか?」

「うん」


 おれにはわからないことでも、頼れるパーティのみんななら、わかるかもしれない。


「まずは、賢者ちゃんに会いに行こう」

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