9.手の焼ける王
「宰相殿の意向に従うのでしょう。でしたら、陛下ではない誰かを見ているハイリット嬢と結ばれればよろしい」
「で、でもさっきリィは」
「陛下に好きな方がいらっしゃるのであれば、協力すると言いました。しかし陛下はそんな人間はいないと仰る。挙句に宰相殿に言われたからと好きでもない女を伴侶にしようとしている。ならば私の出る幕はありますまい」
アルケイルが望むようにお膳立てするのは簡単である。だがリアンはそれは極力避けたかった。あくまでも本人が「自分で選択した」と思うようにしなければならない。気弱な性格からして、後でバルトロスや他の家臣に詰め寄られた時に、「リアンに言われた」と口を滑らせるようなことがあっては困る。
そのためにリアンは、突き放すような言い方で相手の出方を待った。アルケイルは青ざめた顔のまま、馬車の行列のほうを見る。その目には赤い馬車が映っていた。
「……ミルレージュ男爵家」
長い沈黙の果てに、漸くアルケイルが口を開いた。
「アリセ嬢でございますか」
「うん、そのアリセだよ。その……前から僕に好意を向けてくれるし、ハイリットと違って嘘っぽくもない」
「しかしあの家は男爵です」
「身分は問わないんだろ!」
反射的にアルケイルが大きな声を出した。幸い、その時にラッパの音が鳴り響いたため中まではその声は届かなかった。
「あ……、ごめん」
「いえ、私も不注意でありました。身分を問わぬパーティを進言したのは私自身ですが、やはりどこかにためらいがあった様子。ですが、陛下が望むのであれば反対する理由はどこにもございません。陛下がアリセ嬢を想うのであれば、きっとそれは届くはずです」
「リィ……!」
感激したようにアルケイルは声を震わせる。相変わらずの単純さにリアンは少し不安になったが、顔には出さなかった。
「僕はリィのことを誤解していたよ。アリセのことを言ったら、きっと馬鹿にされるか反対されるか、どっちも含めて罵倒されるかだと思っていたんだ」
「罵倒などしたことがないでしょう」
「したことはないけど、しているような目で見てくることはあったじゃないか」
「陛下の被害妄想です」
「リィとゾーイが味方してくれるなら頼もしいよ」
アルケイルはバルコニーの手すりに背を向けて、リアンの方に嬉々とした表情を見せた。
「早速、パーティでそのことを発表したいんだけど」
「何をですか」
「だから、アリセを王妃にする話だよ」
リアンは相手と全く逆の表情を作り、演技抜きで額に手を当てた。
「陛下。わざわざ人を集めておいて、王妃を決めたから帰れとでも言うつもりですか」
「だってもうパーティをする必要はないでしょ」
「私が前に話したことを、陛下は覚えていらっしゃらないのですね。どのような方を王妃にするとしても、周囲を納得させないといけないのです。そのためにパーティを開くと決めたではありませんか」
「あ……、そ、そうだった」
勢いを削がれて、アルケイルは声を小さくする。リアンはそれに呆れながらも、今言ってくれたことは幸運だと思っていた。相談も何もなく、パーティの開催の挨拶を締めの挨拶に変えられては堪らない。
「アリセ嬢を王妃にするとしても、パーティはやり遂げる必要があります。そして、いいですか。決して最後までアリセ嬢への想いは口にしてはいけません」
「うん、わかった。僕が下手なことを言ったら台無しってことだね」
「多少の語弊はありますが、その認識で結構です。アリセ嬢と一緒になりたければ、最後までその素振りは見せないでください」
念を押して告げると、アルケイルは行儀悪く無言で何度か頷いた。しかしそれを叱責する暇はリアンにはない。
「陛下。そろそろお席に」
「リィは?」
「私と離れたところからお守りいたします。これでも一応女の身。妙な勘繰りを受けたくありません」
「僕の相手には見られたくないってことか」
「貞操を守っているだけでございます」
アルケイルは少し名残惜しそうにしながらもバルコニーを立ち去った。リアンはそれを見送った後に、大きく息を吐く。
「よくまぁあの男はここまで誰にも刺されずに生きてきたものだな」
「前陛下の唯一の御子として、可愛がられてきましたから」
涼しい表情で答えるゾーイだったが、恐らくリアンと同じことを考えているに違いなかった。アルケイルの短慮と軽率は、王としては致命的である。
「思慮深く生きろと、誰も教えなかったのか」
「何しろ一番教えてくれそうなお嬢様を、陛下は避けていらっしゃいましたからね」
「やはりあの男にはアリセ嬢だな。ハイリット嬢では共倒れだ」
「しかし、どうするつもりですか。宰相殿がハイリット様を推すことは想像出来ていましたが、前陛下までとなると」
「あぁそうだな。宰相殿は是が非でもハイリットを王妃にしたい。そのためなら手段を択ばないだろう。私はそれを逆手に取る」
ゾーイはその言葉に眉を少しだけ持ち上げた。
「と、仰いますと?」
「耳を貸せ」
愛用の黒い扇子を広げたリアンは、それで口元を隠しながらゾーイの耳元に何かを囁いた。ゾーイは囁かれた言葉の意味を解釈するとすぐに、驚いた顔をする。
「危険です」
「いや、獲物を狙う獅子は背後の蟻には気付かぬものだ。それに前の人生でも同じことが起きた。まず私の目論見は外れない」
「でしたら俺がやります」
「勿論お前にも手伝ってもらうが、最初はアルケイルの傍にいろ。余計なことを口走らないように見張っておく必要がある」
リアンは相手にそれ以上の抗弁を許さなかった。
「私は人任せになどしない。命を救うも奪うも、己の責任でやり遂げると決めているからな」
処刑人たる令嬢の、冷徹怜悧な微笑みが扇子の隙間から僅かに覗いた。
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