8.高価な灯り
シンドラ三世の名前で出された御触れが、国中を震撼させてから七日と半日。夕暮れ迫る時刻にも関わらず、王城に続く道は明るかった。西側の門を目指す馬車がそれぞれ掲げたランタンのためである。大小様々に趣向を凝らした灯りは、大広間の二階にあるバルコニーからもよく見えた。
「ご覧ください、陛下。どの家もありったけの財産と借金を注ぎ込んだかのようですよ」
「借金までして来る貴族がいるとは思えないけど」
バルコニーから少し身を乗り出すようにしながら、アルケイルが呟く。
「もし選ばれなかったら大損じゃないか」
「逆ですよ、陛下。もし選ばれれば借金なんて踏み倒せるからです」
リアンは笑いもせずに言った。それほどまでに王妃の座には価値がある。地位が低いからと諦めていた貴族たちが、血眼になって自分たちの娘や姪などを飾り立て、それでも足らぬからと金策に走る程度には。行列を作る馬車の中には、当主自らが痩せ馬に鞭を打つ様子も伺えた。自分の家の娘が選ばれる可能性が少しでもあるならば、身なりなどは構わないとでも言いたげに。
「陛下は意中のお相手はいらっしゃるのですか?」
さりげない口調で尋ねれば、アルケイルが大きく肩を跳ねるのが見えた。
「な、何。いきなり」
「いきなりではないでしょう。もし陛下に既に想い人がいらっしゃるのであれば、協力して差し上げようかと」
「いないよ、そんな人」
「つまらないことを仰る。ハイリット嬢はいかがです。年齢も陛下の二つ下、教養も美しさも問題ない」
敢えて心にもないことを口にしたリアンだが、アルケイルはそれを真面目に受け取ったようだった。金糸で飾られた服には似合わない渋面を作り、数秒ほどその場で考え込む。
「彼女は確かに僕に好意は向けてくれるけど、ちょっと嘘くさいんだよね」
「乙女の純情を疑うなど、よくありませんよ」
「疑うとかじゃないけど」
ますます苦い顔つきになったアルケイルは、馬車の行列に目を向けたまま溜息をついた。
「彼女は僕じゃない誰かを見ている気がする」
「陛下を前にして他の男を考える不届き者はいるとは考えにくいですね」
「それ、何かの冗談? リィがその筆頭だと思うけど」
「それは仕方がありません」
にべもなく言い切ったリアンに対して、アルケイルは特に反論はしなかった。代わりに、まだ着慣れない服を馴染ませるかのように肩を竦める。
「昨日、父上に言われたよ。王妃を決める時に必要なのは、顔の好みや性格じゃない。王妃として相応しい振舞いが出来るかどうか、だって。だから僕の好みなんて意味がないんじゃないの」
「それは正しい理屈ですが、正解ではありません。前陛下は理性的な判断が出来、自らを律することが出来る方です。例え自分の伴侶が好みから少々外れていたとしても、尊敬して愛するでしょう。あぁ、勿論のこと陛下の母君を愛していなかったとかそういう意味ではありません」
「物凄く淀みなく言われたけど、要するに僕にはそれが出来ないって言ってる?」
「不遜に聞こえたなら私の未熟ゆえでございます。陛下は純粋な愛情を向けることに長けてらっしゃる。だからこそ陛下は仮初の愛や国王としての愛を貫くことは出来ない。それは陛下自身を偽ることになるからです。そのような関係はすぐに破綻します」
リアンは予め用意していた台詞を、あたかも今思いついたかのように並べていく。アルケイルの性格上、王妃となる人間を国王としての打算で選ぶことは出来ない。仮にそうしたところで、すぐにそれは露呈してしまう。繕う技量がない以上、周囲が咎めたところで改善はされないだろう。ならば最初に「自分の好きな女性」を選ばせたほうが、後々のことを考えると操りやすい。
「陛下の高貴な愛を、純粋に向けられる女性は幸せです。幸せな王妃は国の安寧の象徴にもなります」
「そういうものかな」
「夫婦仲が冷え切った王室など、他国からすれば付け入る隙でしかありません。陛下は民のため、国のため、自分が愛せると思う女性を迎え入れるべきです。ゾーイ、お前もそう思うだろう」
リアンの後ろに控えていたゾーイが丁寧に頭を下げる。
「陛下には是非とも、心より愛することが出来る方と一緒になっていただきたいと思います」
「でも、父上や宰相はハイリットを王妃にしたいみたいだよ」
アルケイルは少し不満そうな表情で言った。頭ではリアンたちの言うことがわかっているが、どうしても周囲のことが気になる。そう言いたげな顔だった。
「陛下」
リアンは薄く微笑んで、アルケイルに一歩近づいた。身にまとう銀色と黒のドレスが夕闇の下で揺れる。
「でしたらハイリット嬢を王妃にされればよろしい」
「え?」
予想外のことをリアンが言ったためか、アルケイルの顔色が青く変わった。
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