8.邂逅の後で

 華やかな宴は続いていた。時間に合わせて焼きあがった肉料理が窓際に並べられて、そこに人々が集まっている。リアンはそちらを一瞥すらせずに、壇上より少し離れた場所にいる父親の元へと向かった。すぐ傍のテーブルに料理を盛りつけた皿を置いているものの、添えられたフォークに汚れはない。父親はあまり人前で食事をすることを好まず、例え王家での催しであろうとも、極力自分の姿勢を保っていた。


「父上、戻りました」

「殿下とは話せたか」

「えぇ、十年の久闊を叙して参りました」

「ならば結構だ。お前がいなくなったあとに、こちらは質問攻めだ。若い頃のパーティでも、あそこまで人に囲まれたことはないぞ」

「質問とは、つまり私が殿下とどこに行ったか、でしょうか?」

「それ以外何がある。目立つなとは言わないが、もう少しやり方を考えろ」


 リヴァンスは嗜めるように告げるが、リアンは意に介した様子もなく話を続ける。


「良いではありませんか。衆目を集めれば、誰か私を見初めてくれるかもしれませんよ」

「お前に一目惚れをする男など底が知れている。……殿下とは何を話した。此処まで勿体ぶって、まさか幼き頃の思い出話をしただけとは言うまい」

「その前に、父上は宰相殿とお話は?」


 した、とリヴァンスは短く答えた。


「それがどうした」

「殿下のお話はしましたか」

「いや。陛下のご容態についての話だけだ」

「つまり、父上はご存じないのですね。陛下の退位を」


 瞬間、父親の隻眼が見開かれ、その周りの皮膚に血が集まった。


「滅多なことを口にするな」

「そういう意味ではありません。陛下は今宵、王座をアルケイル殿下に譲渡いたします。宰相殿はそれをご存じだったはずです」

「何故お前にそんなことがわかる」

「それは勿論、殿下に伺いました」


 眉一つ動かすことなく、リアンは嘘を口にした。先ほど、アルケイルに言ったのと同じように、ゾーイの名前を出してしまえば、リヴァンスは間違いなくその真偽を正そうとゾーイに詰め寄るに違いない。だが、当の本人から聞いたと言えば、少々の猜疑心と不信を拭うことが出来る。


「予てより、私は殿下から個人的に相談をされていました。しかし、流石に国の行く末に関する重大なことを書面で外部に明かすわけにはいかない。詳細を聞かせるために、今日の宴に来るようにと言われていたのです」

「そんな手紙を見たことは無い」

「秘密裏の手紙が易々と見つかって良いわけはないでしょう。父上同様に、私にも情報を伝達するための手段はいくつか持っております。それを使ったまでのこと」


 唖然としている父親に、リアンは不敵に微笑んだ。こう見えてもリアンは、不必要な嘘や虚偽を口にしたことはない。処刑人として誠実であることに努めている。しかし、今はその「必要な嘘」を吐く時だった。


「殿下は胸中を私に話してくださいました。この国を背負い立つことへの、臣下には想像もつかないような不安。私はそれを少しでも和らげたいと思い、提案したのです」

「提案だと?」

「えぇ。私を殿下の相談役に、と」

「リアン」


 リヴァンスの目がリアンを見据える。怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。

 リアンは次に自分に告げられる言葉を予想する。女の身で、と叱られるか、あるいは事前の相談がなかったことを詰られるか。どちらが来ても良いように身構える。しかし、相手はどちらでもない言葉を口にした。


「ゾーイを使ったな」

「おや、流石は父上。鋭いですね」

「あの短い時間で話が上手くまとまるほど、殿下が話術に長けているとは思えない。ゾーイを使って油断させたところに畳みかけたのだろう」

「その通りです。いけませんか? 彼は私の従者、私の物です」

「それを口実に、奴の爵位を取り返すつもりではないだろうな」


 リアンは「まさか」と声を揺らすようにして笑いながら返した。


「何のためにですか」

「奴が侯爵に戻れば、お前と結婚出来る。お前が縁談の話を断るのは、奴がいるからだろう」

「父上にしては、ロマンチックで面白い仮説ですね。既に傍にあるものを、更に何かの形で縛り付けるのは私の美学に反します。私はただ、殿下のために使える伝手を全て使ったに過ぎません」


 美学、という単語に対してリヴァンスが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「小娘の分際で口が過ぎるぞ」

「お褒めの言葉、光栄至極。それよりも父上、その小娘が陛下の相談役になったのですよ。喜んでもいいのでは?」

「あぁ、そうだな。それは喜ばしいことだ。我が一族の箔にもなる」


 しかし、と眉間に皺が寄る。


「くれぐれも、宰相殿に盾付くようなことはするな。ロスター家の二の舞は御免だ」

「心得ています」


 平然と返したリアンだったが、実際に父親の忠告を聞き入れるつもりはなかった。

 宰相は自分も悪政に加担しておきながら、最後はアルケイルだけに全てを押し付けて逃げた。今回も放っておけば、同じことを繰り返すに違いない。流石に表立って争うつもりはリアンにもないが、宰相を「黙らせる」必要はあると考えていた。

 リアンは檀上を見る。国王が立ち上がり、王子と何かを話しているのが見えた。遂に始まるのだろう、とリアンは期待を込めて背筋を伸ばす。二十年来続いた平和の終焉にして、終わりの始まり。この国の新しい王が此処に誕生しようとしていた。

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