4.処刑人の宣誓

 辛辣な物言いでリアンは言い切った。その態度に、女神たるアーシャルは思わず怯む。

 歴代の王たちに崇められることしかしてこなかった彼女にとって、真っ向から言い返してくる存在は殆ど初めてのことだった。

 しかし、どうにかして気持ちを静めると、再び女神は質問を重ねる。


「処刑されたことの是非はこの際、人間の営みとして不問としましょう。しかしそれならばなぜ、お前が此処に来たのです。何か心当たりがあるような口ぶりでしたが」

「心当たりも何も、女神様が仰ったとおりですよ。私は国王陛下の処刑を非常に後悔しました。それはもう、絶望にも似た感情だったかもしれない。きっとその気持ちが国王よりも上回ったのでしょう」

「……なるほど、わかりました」


 アーシャルは胸元に手を添えて、心得たとばかりに頷いた。


「お前は国王を愛していたのですね」

「いいや、全く」


 仮説はたった一瞬で崩されて、女神はまるで人間のような間抜けた表情を晒す羽目になった。


「私が女だから、そんな単純な考えに至ったとすれば失笑ものだな。誰があんな役立たずで無能な王になど惚れ込むものか」

「で、ではどうして」

「折角、国王を処刑出来る大役を担ったというのに、それがあんな男では失望もする」

「はぁ?」


 もはや女神は、この人間が何を言っているのかさっぱり理解出来ないとばかりに顔を歪めていた。元が美しいためにそれもどこか様になる。


「国王陛下と言うからには、もっと立派な人間であるべきだ。それがあの、虫が背中に入ったぐらいでゾーイにしがみついて騒いでいた役立たずなんて、あんまりな話だろう。私はもっと、ちゃんとした国王を処刑したかった。それこそシンクロスト家に生まれた者としての誇りだ。あの馬鹿王のおかげでこちらは色々失ったというのに、首を刎ねただけで終わりはおかしいだろう」

「立派な王なら殺されないでしょう……」

「人間は醜いものなのですよ、女神様。立派すぎたって、殺されることはあります」


 リアンは大きなため息をついた。内臓から絞り出すかのようなそれが、光を揺らす。その姿は失恋した少女のように、物憂げで儚い雰囲気すら出していた。


「もっと立派な王の首をはねたかった……」

「えーっと……」


 何を言えば良いのかわからずに首を傾げる女神だったが、リアンは急に眼を見開いたと思うと、距離を一歩縮めた。


「女神様」

「ひっ」

「流転の泉に来たものは、人生をやり直すことが出来るのですよね」

「い、一応そのように。でもやり直すことが出来るのは最初に儀式をした日付からです」

「それはいつです」

「恐らく即位する前後だと思いますが、私たちは人間の暦に従って生きていませんから……」

「では私はその時からやり直すことが出来る」


 女神は、もう何度目かわからなくなってきたが、相手に対する驚きと苛立ちと、あとは不可解な存在を見たことによる戸惑いをどうにか押し殺した。


「これは王の行った儀式です。それにお前はまだ生きている身の上ではありませんか」

「先ほど、女神様はこう仰った。「死ぬ間際に再びの善政を望んで神に願った」ことによる儀式だと」

「えぇ」

「となると、王が善政を行うことが貴方としても喜ばしいのでは?」

「まぁ、それは勿論」


 その答えを聞くと、リアンは満足そうに口角を持ち上げた。


「だったら話は簡単だ。私があの男を立派な国王にしてみせましょう」

「……聞き間違いでなければ、お前は先ほど「立派な国王を処刑したかった」と言っていませんでしたか」

「言いました」

「立派な国王にして、それから処刑するのですか」

「女神様、それ以外の解釈があるのですか」


 まるで相手のほうがおかしいと言わんばかりに、リアンは首を傾げて見せた。

 女神は困惑しながら、美しい瞳を左右に揺らす。


「で、でも、それでは結局……」

「人間はいつか死にます」


 当然のようにリアンは言って、両の手を喉の前で軽く交差させて、指の背を合わせるように反った。それはこの世界の神への敬意を表すポーズだったが、処刑人の恰好をしているために、まるで違った意味に見える。


「そもそもですね、女神様。あの男がもう一度人生をやり直したところで善政なんか出来ませんよ。殺されたくなくて国から逃げ出すぐらいが関の山です。でしたら私がよき国王になるように介添えをしたほうが、神にとっても彼にとっても私にとっても都合がいいのでは?」

「待ちなさい。うまく言えませんが、何か騙されている気がします」

「神を騙す不届き者がいるわけがありません。私はこう見えて、目上には敬意を忘れぬ人間です」

「全くそうは見えませんが」


 今までのやり取りを思い出しながら女神は言うが、リアンはそれを聞いて舌打ちした。


「聞き分けのない女神だな。あ、失礼。女神様、この哀れな女を信じてください」

「聞こえてますよ」

「私はただ、国王に善い政治を行ってもらいたいだけなのです。そして、うまいこと反王政派を利用し、陰謀を仕組ませ、それによって国王を処刑台に引きずり出して、この手で首をはねたい。たったそれだけが望みなのです」

「言っていることが真実だとしても、それが真実として存在してはいけない気がするのは気のせいですか」

「人間如きの愚かな思考を、女神様が理解する必要はありません」


 リアンは手を解き、足元に刺さったままだった斧を手に取った。国王の血は渇き始めていて、斧の錆に変わろうとしている。大きなその斧を担ぐように持ち上げたリアンは、笑顔を浮かべたまま女神の方に近づいた。警戒して身構えた女神だったが、リアンはその斧の刃を自分の首へと向けて持ち直す。血の匂いが鼻孔を刺した。


「いいからご自分の使命を果たしてくださいませ、女神様。私が生きたまま此処に来たのが不満だと言うのであれば、今ここで死にますので」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい」

「文字通り、我が命に代えて国王陛下を立派な君主にしてみせましょう」


 高らかな宣言と共に、リアンは迷いもなく斧を引いた。一瞬だけ体が熱くなり、中の血液が膨張するような感覚が襲う。そして次の瞬間、周りの光が一斉に消え失せて、リアンの意識は闇の中へと沈んでいった。

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