2.令嬢の目覚め
目を開いた時に、天井に描かれた髑髏が笑みを浮かべているのが見えた。翡翠色の瞳を何度か開閉したのちに、女は寝台の上に起き上がる。長い茶色い髪は、緩く軌跡を描いて肩から背中へと流れ落ちた。
女はまず自分の手を見た。そして顔を撫でた。数秒の思考を重ねたのちに、寝台から床に足を下ろす。そのまま寝台に腰を下ろしたような格好になった女は、ベッドの傍にあるテーブルに手を伸ばして、赤い房のついた鐘を手に取ると、それを数回揺らした。高い音が部屋に響くと、ほどなくして部屋の扉が開く。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
背が高く、浅黒い肌の男が静かな口調で言った。女は男が着ている服を見て眉間に皺を寄せる。作業用の麻の服は泥にまみれていた。顔も大体似たような有様である。きちんとした身なりをして顔を洗えば、その下に隠れている高い鼻梁や切れ長の青い瞳が見えるし、無造作に束ねている銀髪も映えるのだろうが、今この瞬間ではどれも期待出来そうにない。
「また朝から土いじりか、ゾーイ」
「土いじりではありません。大地の神との対話でございますれば、お嬢様、これも立派な儀式で」
「あぁ、いい。わかった」
女は煩わしそうに手を宙で払うしぐさをした。
「土を弄り回していることには変わりがない。廃絶したとはいえ、元は侯爵家の当主がする真似ではないだろう」
「過去の肩書にすがって生きるほど、人間が出来ていませんゆえ。大体、もうロスター侯爵家が無くなって十年経つんですよ。お嬢様こそ、いい加減に慣れたらいかがです。貴方の目の前にいるのは、出生時に両親たちが取り決めた婚約者ではなく、一介の使用人に過ぎません」
「慣れているとも。慣れすぎているから問題なんだろう」
リアン・エトリカ・シンクロストは、遂に床に立ち上がった。女性としては少し背が高いが、目立って大柄というわけではない。この国で「美の象徴」とされるふくよかな体躯には程遠い痩身に、紅茶に蜂蜜を混ぜたような髪の色。整った眉の下で輝く翡翠色の瞳は、その下に続く高い鼻と形の良い唇と一緒に、彼女の持つ力強い生命を表しているようだった。
リアンは二十歳を少し超えたばかりにしては幼い顔立ちに、年齢不相応の達観した表情を浮かばせて、ゾーイ・ロスターを、かつてゾーイ・ルパート・ロスター異境侯の称号を持っていた男を見た。その名を持っていたのはわずか一日、彼が十四才の頃だったことも勿論覚えていた。
「ゾーイ。今日は暦の上でいつだ」
「何を言っているんですか、お嬢様」
「聞いているのは私だ」
「……白水の暦、八の月の十五日でございますが。ついでにお嬢様の年でも数えましょうか」
「二十二だ。そしてお前は二十四だ。そうだな」
リアンの質問に、ゾーイは最初は笑った。しかしリアンが真面目な表情をしているのに気が付くと不思議そうな顔をした。
「当たり前じゃないですか。どうしてそんなことを聞くんです」
「父上は昨夜、処刑を行ったか」
「えぇ、儀式通りに。シンクロスト家の当主ともなると、真夜中でも処刑をしなくてはならないから大変だ、と同情していたのはお嬢様ですよ」
ふとそこで、ゾーイは首を傾げた。
「どこか具合でも悪いってことはないでしょうね。でしたらすぐに」
「ゾーイ」
リアンは相手の言葉を、名前を呼ぶことで遮った。その瞳に相手の鼻梁を映し込むようにして、再度口を開く。
「今のやり取りで確信した。私はあの時「死んだ」んだ」
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