処刑令嬢は断頭台で笑う

淡島かりす

序章

1.傾国王の処刑

 群衆のざわめきの中で、男は目隠しされた布の下にある菫色の瞳を閉じた。額や頬に滑り落ちる汗が煩わしいが、拭いてくれる者はいない。

 先ほどまで男が持っていた、「国王」という立場であれば、こんな惨めな思いはしなかっただろう。否、国王だったからこそ、このような結末になっているとも言える。


 手を後ろに縛られ、硬い木の板の上に座り、男はその瞬間を待つことしか出来なかった。唯一自由である耳には群衆からの罵りが騒音となって響いている。王を殺せ、首をはねろ。廃位されてしまってなお、他に呼び方がないために自分を王と呼ぶ彼らに、男は少々可笑しさを感じた。


 不意に、声が止んだ。男は、自分の背後に誰かが立ったことを床板の軋みで感じ取った。きっと今、王城前広場に詰めかけた群衆は、男の背後にいる者に視線を奪われているに違いない。これから起こることを知っていて、そしてその結末に期待する。そんな感情がいくつも男の体に突き刺さった。


 背後で刃物を振り上げる音がした。男はそれがその人間の「温情」であることを知っていた。今から刃を振り下ろすことを、わざと音を立てて知らせてくれたのだ。おかげで男は天に祈る時間を稼ぐことが出来た。


 刃が振り下ろされる。冷たいような温かいような感触が首に触れた。

 男の意識はそこまでだった。

 一年足らずの短い在位と、後年まで続くであろう不名誉と共に、「傾国王」はその生涯を終えた。口元には薄く笑みを浮かべながら。

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