第47話 幼きあの日、始まりの日
あの日の夢はまだ続く。
襲撃を受けてた日、すぐに騎士たちは辺りを捜索したが結局天狗男を見つけることは出来なかった。
そして爆発音があった場所の捜索も行われたが、音が起こった場所は王国の宝物庫。だが盗まれた物も壊された物も無く、最終的には天狗男が逃げるための陽動ということで結論がついた。
そんな王城襲撃から約二年後。
「姫様。こちら今日処理していただく書類です」
「ありがとう。そこに置いておいて」
アンはすでに紙が山積みになっている机の上に書類を重ねる。
襲撃後、今日まで目を覚まさない王妃と、生気の抜けたような目で王妃に付きっ切りの国王に変わり現在はシオンが国の仕事をこなしている。
そしてシオンはあの日以降、国の実質的なトップとして振舞っており、アンの前でのみ自分の素を出している。
「姫様、ご無理をしていませんか?」
「大丈夫。といえば噓になるわね。けどお父様やお母様があんな状態でも臣下たちは働いてくれているから、無理してでも私が働かないと。私はこの国の姫なんだから」
国王も王妃もろくに動けない状態でまともに働けるのはシオンだけ。そんな状況にもかかわらずこれまで王国に大きな変化や問題が無かったのは国王のスキルに理由がある。
国王の持つスキルは【人徳】
その力はその名の通り人に恵まれること。国王は幼い頃から信頼できる家臣に恵まれてきたことでこれまで内部争いなどの問題が起きなかった。
そんな国王のスキルのおかげで今もなお家臣たちはシオンに力を貸し、王国は運営されている。
(いくらお父様の力があってもこのままだと……。ダメだ嫌な事ばかり頭に浮かんでくる)
「……はぁ~。お母様の様子を見に行ってくる」
「はい。あ、ですが現在寝室にはお医者様が」
「また?ということは……まぁ、どうせ行けば分かることか」
シオンは立ち上がり、王妃の寝室に向かった。
_____
「役立たずがぁぁ!!!」
「も、申し訳ありませんでした!!」
シオンが寝室に着くと共に室内からそんな声が聞こえ、扉が開き白衣を着た男が勢いよく出てくる。
そして男は部屋の前で呼吸を整え、シオンに気づくと頭を下げてその場を後にする。
「あの人が今回の医師ですか。あの様子からすると今回もダメだったようですが」
シオンはため息を吐き、王妃の寝室の扉を叩く。
「お父様。シオンです」
「……入れ」
シオンは寝室に入る。寝室の中は割れた花瓶と、椅子に座ってうなだれている国王、ベットに横たわったまま死んだように眠る王妃。
「お父様、お母様の様子は?」
「見ての通りだ。今まで何十人もの医者に見せたが、誰もが首を横に振る」
国王は血が滲んだ拳を強く握りしめる。
「お父様。……お母様を起こすにはもう皇国に頼るしか」
「ダメだ!皇国などに頭を下げた日には国中の強力なスキルの持ち主を奪われるぞ!」
「……そう、ですね」
二人が話していると、突然扉がノックされる。
「王様、姫様、お二人に謁見をしたいと申すものをお連れしました」
「謁見?私は何も聞いていなかったけど」
「わたしが呼んだ医者も今日はさっきの男で最後のはずだが。……入れ」
二人は疑問に思いながらも謁見を求める人物を部屋に通す。メイドと共に部屋の中に入ってきたのはフードで顔を隠した女。
「初めまして。王様、姫様、そして、王妃様」
フードの女は丁寧にお辞儀をする。
「わたしは君のような者を呼んだ覚えは無いのだが?」
王の質問に、フードの女は笑顔で答える。
「はい。確かに私は誰にも呼ばれていません。ですが、あなた方のお役には立てますよ?」
「……まさか、君が私の妻を起こしてくれるのか?」
王の質問にフードの女は笑みを浮かべたまま答えず、横たわる王妃の元まで歩く。
「私は占い師。医者ではありません。なので私が起こすことは出来ません。ですが、その方法を見つけることは出来ます」
フードの女は手のひらサイズの水晶玉を取り出す。フードの女が水晶玉を眺めていると、突然水晶玉が光だす。
「眩しっ!」
光の眩しさにシオンは思わず目を瞑る。だがその光も一瞬ですぐに光は収まる。
「……なるほど」
「今ので何か分かったのか?」
「はい。あなた方にとって重要なことが。なのでよく聞いてくださいね」
フードの女は水晶をしまい、王の方へ向き直る。
「まずは現状の確認をしましょう。王妃様は現在強力な呪いによって眠ったままの状態になっている」
「……その通りだ」
「その呪いですが、これは人の手で解くのは不可能でしょう。まぁ皇国にいる『聖女』様ならば可能性はありますが」
「…………」
聖女という言葉を聞いた瞬間、国王とシオンの表情がこわばる。
「ですが今までそうしてこなかった。理由は想像できますけどね。皇国は何よりも神を崇めている。スキルは神から人族への贈り物、だからこそ人族が世界を支配するべき。そんなイカれた思想を持っている国、そんな国とやり取りするのは大変でしょう。そして王妃様を治すならば、そんな皇国に借りを作ることになる。皇国が求める物と言えば――」
「スキル。……皇国は強力なスキルを持つ者を欲している。特に魔法のスキルを持つ者は神殿に入り、ゆくゆくは国の中枢を担う聖女となる」
「さすが姫様、その歳でよく学んでらっしゃる。王妃様を治すともなれば対価もそうとう吹っ掛けれるでしょう。それこそこの国、いえ世界でも珍しい『光魔法』……」
「……よく知っていますね。それで、結局皇国は頼れない訳ですが、どうするんですか?」
「そうですね。ではここからが本題です。私の占いで出た王妃様を救う方法、それは魔王の持つ魔道具、それも普通の魔道具ではなく、強力な回復の力を持つ
「なっ!」
その瞬間、姫が声を上げる。
なかでも回復の力を持つアーティファクトはどの国も所持ておらず、その存在はおとぎ話のレベルだ。
「それは、昔話やおとぎ話なのではないですか?」
「いいえ。本当の事ですよ。私の占いで出たことですから」
「……信憑性は?」
「スキルは嘘をつかない。いかがでしょうか王様。信じていただけませんか?」
フードの女は疑いの目を向けてくるシオンでは無く、王に尋ねる。
「……信じよう」
「お父様!」
シオンが声を上げるが、国王は顔色を変えずフードの女を見る。
「ありがとうございます。それでは具体的なプランの提案をいたしましょう。魔王の持つアーティファクトを得るには魔王と、魔人族と戦うしかありません」
「それならば皇国と戦う方が楽ですよ」
「戦力的に言えばそうでしょうね。ですがそうはならない。何故かわかりますか?」
「……人間だから」
シオンの回答にフードの女は拍手で答える。
「正解です。我々は同じ人族。人族は人族同士で戦うのを嫌悪する。正確には、正義の無い戦いを拒否する。皇国は表向きは正義、神を信仰する国。それを相手にするくらいなら悪である魔人族を丸ごと相手にする方が指揮が高いでしょう」
「それでも王国だけで相手にできるほど甘い相手ではありませんよ?」
「そうでしょうね。なので、まずは同じ人族を落とします」
「それって……まさか、帝国を?それでも王国だけでは厳しいですよ」
「それも織り込み済みです。なので先にもう一プラン、魔王に対抗するために必要な者、勇者を呼びましょう」
「勇者ってまさか異世界の?」
「はい。王国の宝物庫にあるでしょう?勇者召喚に関する書物」
「あなた……本当にどこまで知っているの?」
「どこまででしょうね?」
フードの女はシオンの質問を嗤ってごまかす。
「さぁ、プランのおさらいをしましょう」
1.勇者を召喚する
2.帝国を襲撃する
3.魔王からアーティファクトを奪う
「以上がプランです。ご不明な点はありますか?」
「……一つ。仮に勇者召喚が成功したとして、どうやって勇者を戦争に駆り出すのですか?」
「そこに目が行くとはさすがですね。……これをどうぞ」
フードの女はネックレスを取り出す。瞳の形をした奇妙なネックレス。
「これは、魔道具ですか」
「はい。それは『支配の瞳』という魔道具です。力だけならばアーティファクトに匹敵します。その力は人の意識を意のままに操ることが出来ます」
「人の意識を、それって洗脳?」
シオンの質問にフードの女は嗤って答える。
「その魔道具の力は強力ですが、強力すぎて何度か使うと壊れてしまいます。使い方にはお気を付けてください。……それでは、私はそろそろ帰らせていただきます」
フードの女は部屋から出ていく。そんな女の後をシオンは追う。
「どうして!どうして私たちにそこまでしてくれるんですか?」
「……すべては、我々の主のため」
フードの女はそう言い、王城を去った。
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