第46話 幼きあの日、王国の変化


「今日も疲れましたね」


 自室に戻ったシオンは机の上に積みあげられた本の上にさらに本を置き、体を伸ばす。

そしてベットに体を預け、天井を見上げる。


(あの後は勇者の洗脳の強化。騎士たちの精神の調整。戦争の準備)


「本当に疲れた。でも、戦争まで時間も無い。それに私たちの目的は戦争のその先にある。こんなところで躓くわけには、行かない……」


 シオンは決意を胸に、眠りに着いた。




 _________

(当時 シオン十歳)


 これはリフレイト王国に起こった、悲劇の物語。


「お母様、お母様!次はこれが読みたい」


 その日シオンは日課である勉強を終え、母親と共に王妃の部屋で本を読んでいた。


「はいはい。シオンは本が好きね。次の本は、勇者様に関する本ね」


 王妃はベットに腰掛け、シオンを自分の膝に乗せて本を読み始める。


「「かつて人族が魔人族に襲われていた時代。人族の王族が異世界より勇者を召喚し、勇者と共に魔人族を倒しました」」


「……魔人族を倒した勇者様は元の世界に帰ったの?」


「どうかしらね?元の世界に帰ったのかもしれないし、もしかしたら帰れずにこの世界で幸せに暮らしたかもしれないわね」


 王妃は本を閉じ、シオンは膝の上から降りる。


「そっかぁ。帰れなかったのなら可哀そうだね。……でも勇者様はどうやって魔人族を倒したの?魔人族ってすごく強いんでしょ?」


「そうよ。魔人族、特に魔人族の王である魔王は特殊な魔法や魔道具を持っていて正しく最強で最悪な存在」


「……怖いね」


 王妃は怯えるシオンの頭を撫でる。


「でも大丈夫。今は戦争してないからね」


「そっか。それじゃあ安心だね」


「そうね。じゃあ次読むのはこっちのダンジョンに関する本にしましょう」


 王妃とシオンは夕食に呼ばれるその時まで、二人笑顔で本を読んだ。



 その日の晩。


「う~ん。やっぱりあの時の人の目、こういう……」


 シオンは自室でとある研究の結果を書いている。

 それは自身のスキルを有効に活用するための物。

 王城やパーティでの人々の行動や目の動きなどからその人の考えていることを予想する、心理学の真似事をシオンは幼い頃から続けている。


「うん。たぶんそうだよね。今度試してみよう」


 シオンはノートを閉じて自室の本棚にしまう。


「ふぁ~、そろそろ寝ようかなぁ」


 シオンはあくびをしながらベットに向かう。

 だがベットに入る前に扉がノックされる。


「姫様!姫様!」


「……どうしたの?」


 シオンはメイドの切迫したような声を聞き、扉を開ける。


「姫様!無事でよかった」


「無事?私は何ともないけど……何かあったの?」


 城内で騎士やメイドが慌ただしく動いているのを見てシオンはだいたいのことを察する。


「はい。城内に賊が入ったとのことです。ひとまず姫様だけでも避難を」


「うん。分かっ、」


 シオンがメイドと話していたその瞬間、


「きゃぁぁぁぁ!!」


 上階で、女性の叫び声がした。その声は城内の者が間違えようのない女性の物。


「今の声、お母様!」


「姫様!お待ちください!」


 シオンはメイドの静止を聞かずに上階の王妃の部屋に向かって走る。


(お母様っ、お母様!)


 階段を駆け上がると、そこには何人もの騎士と国王が集まっていた。


「お父様!」


「シオンッ!?ダメだ、こっちに来るな!」


 シオンは父の言葉を聞かずに騎士たちの間をすり抜けて父の近くまで向かう。


「おやおや。お姫様までいらしてくれるとは、ナイスタイミングですね」


 シオンが騎士たちの間をすり抜けると、目の前には赤色で長い鼻の面、地球にあるような天狗の面をつけている男、そしてその男の足元で意識を失っている王妃。


「お母様!」


 王妃に駆け寄ろうとするシオンを国王が必死で止める。


「貴様、何が目的だ?」


「目的?目的かぁ、何だと言われてもそうホイホイと言えるわけないんですよねぇ」


 天狗男のバカにしたような口調に怒り、騎士たちは武器を握りしめる。


「おっと、俺を殺すのはやめた方がいいですよ?俺を殺すと、そこの王妃様まで死にますからね」


天狗男は大げさに手を振り、騎士たちを止める。


「……どういうことだ?」


 国王は怒りを抑えながらたずねる。


「言った通りですよ。あなた達には王妃様が気絶しているように見えるでしょう。ですがそうではありません。王妃は一生目を覚ますことはありません」


「なんだと。……貴様、まさか魔法系統のスキルを!?」


「魔法系統のスキル?あぁ、そういえばこっちじゃそう言うんだっけか。まぁ大体そんな所ですよ。ただ、俺のは普通の魔法じゃなくて、【呪い】ですけどね」


「呪い、だと……」


 国王や騎士たちは言葉を失う。

 そんな中、シオンは怒りを抑えながらも思考を回す。


(呪い。……【千里眼】)


 シオンは【千里眼】で眠っている母親を見る。【千里眼】の力は動体視力を上げる、遠くを見る程度の物。だがこの時シオンの目には本来見えるはずのない、母に纏わりついている黒いもやのような者が映った。


「黒い、もや?」


「ほぅ、姫様は良い眼をしてますね」


 シオンの呟きを聞き、拍手をする。


「せっかくですし少し説明してあげましょう。俺の呪いについて」


 天狗男が指を鳴らすと、王妃の体から黒いもやが溢れ出る。突然現れたもやに国王や騎士たちが声を上げる。


「何だこのもやは!?」


「あー、はいはい。予想通りの反応ですね。少しはそこのお姫様みたく行儀よくしたらどうですか」


「………」


 天狗男は騎士たちを馬鹿にし、シオンはじっと黙ったまま王妃を見る。


「この呪いは王妃様を永久に眠らせる呪い。まぁ安心してください。そう簡単に死ぬような呪いではありません。ただし、俺が死んだ瞬間呪いは暴走し、一瞬で命を奪う」


 天狗男の言葉に、国王はショックを受けてその場に崩れ落ちる。騎士たちは武器を持つ手を一瞬強めるが、シオンが一歩前に出て騎士たちの殺意を抑えさせる。


「姫様!?」


「あなたの呪いのことは分かりました。それで、結局のところあなたの目的は何ですか?」


天狗男は考える素振りをしながら腕時計を確認する。


「んー。まぁそろそろ話してもいいか。と言っても俺の目的は王妃様に呪いをかけるだけで他に何もないんですけどね」


 天狗男は手を上げて指を鳴らす。その瞬間、


 ドカンッ!!!


 と城の下の方で大きな爆発音が鳴る。


「今の音は!?」


 シオンや騎士たちが爆発音に気を取られた一瞬のうちに、天狗男はその場から離れて廊下の窓を割る。


「それではお姫様。またお会いしましょう」


「っ、待て!!」


 シオンは天狗男に向かって走るが、天狗男はシオンが辿り着く前に窓から外に向って飛び降りる。

 シオンは窓から顔を出して天狗男を探すが【千里眼】を使っても見つからない。


(見つからないっ!……落ち着いてシオン。まずは騎士たちに指示)


 シオンは突然の出来事に驚いてその場で固まっている騎士たちに向かって命令を出す。


「騎士団は二手に分かれて天狗男の散策と音のした場所の確認を!」


「「り、了解!」」


 騎士たちはこれまで見たことのないようなシオンの強い口調に驚きながらもそれぞれ二手に分かれて命令に従う。

 そしてその場に残ったシオンは、目を覚まさない母と、母の手を握り生気のない眼をしている父に駆け寄る。


「お父様。ひとまずお母様を寝室に」


「………あぁ、そう、だな」


 シオンはメイドたちに声をかけ、眠ったままの王妃と生気の抜けた国王を寝室まで運んだ。





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