第43話 わずかな特訓

 訓練を始めてから五日目。いばらはセイラにペイント弾を僅かに当てることは出来るようになったが、決定打になるような攻撃を当てることはまだ出来ていない。


「始め!」


 始まりの合図とともに、二人は走り出す。

 いばらはこの数日の中で警戒を解かずに走れるようになった。


(セイラならこの辺り……いた!)


 今回先に相手を見つけたのはいばら。

 いばらは壁に身を隠しながら、セイラに向かって引き金を引く。


「っ!」


 だがセイラはペイント弾が当たる直前にナイフを盾にして防ぐ。だが防いだ拍子でペイント弾が跳ね、僅かにインクがメイド服に付着する。


「まぁこれくらいじゃあ終わらないわよね」


 いばらはその場から離れて別の射撃ポイントを探す。


「いばら、この数日で本当にいい動きをするようになりましたね」


 セイラは走っていばらを追う。


「はぁっ、はぁっ」


(さっきの狙撃で私の場所は確実にバレた。セイラは絶対に私を追ってくる。正直私の足じゃ絶対にセイラに追いつかれる。だから……)


 いばらは遮蔽物の無い一直線になっている場所で足を止める。

 そして息を整えているとセイラが目視できる距離まで近づいてくる。


「すぅー……。よし、いくわよ!」


 いばらは引き金を連続で引く。

 だがセイラは急所となる部分の物だけを切り裂き、残りは紙一重で避けながら走る。


「まだまだ!」


 いばらは向かってくるセイラの足元に向かってペイント弾を撃つ。

 セイラは地面を蹴り、跳ぶことでペイント弾を避ける。

 そんなセイラの動きにも、いばらは驚くことなく銃口を空中にいるセイラに向け引き金を引く。


(さすがに空中なら!)


 いばらの考え通りさすがにセイラでも空中では自由に身動きを取ることは出来ない。だがセイラは向かってくるペイント弾に向かって左腕を盾にするように構え、異能を発動する。


「【形状変換】」


 セイラは左腕に金属の盾を出現させてペイント弾を防ぐ。

 セイラのメイド服にはいたるところに金属の板や糸が収納されている。なので【形状変換】により体のいたるところから武器や道具を出現させることが出来る。当然メイド服は月影の技術を惜しみなく使っているので【形状変換】を使うことで服が破れるようなことは無い。


「そんなの見たこと無いわよ!」


「そう簡単に全ての手の内を見せることはしませんよ」


 セイラは床に着地し、一気にいばらとの距離を詰めようとする。

 対するいばらはセイラの足元に向けてペイント弾を撃ちながら距離を開ける。


「中々鬱陶しいですが、数が持ちませんよ?」


 セイラはペイント弾を避けながら少しずつ距離を詰める。

 そして、


「っ、弾が!」


 セイラの言う通りペイント弾が尽きた。そして武器を失ったいばらにセイラが一気に距離を詰める。


「これで終わりです」


「っ、まだ!」


 いばらはセイラに向けて弾の尽きた拳銃を投げつける。

 セイラは少しも動じず飛んでくる拳銃をゴムナイフで叩き落とす。


「少し驚きましたが、これで本当に武器がなくなりましたよ」


「……まだっ!」


 いばらは右手を自分の後ろ腰に回し、腰に装着していたホルスターからゴムナイフを抜く。


「ナイフ!?」


 さすがに予想外だったようでセイラが驚きの声を出す。

 対するセイラは余裕がないのかナイフを構えたまま必死でセイラを見る。

 そしてセイラのナイフといばらのナイフが衝突する。


「……よしっ、防げた!」


「喜んでる暇はないですよ」


 セイラは連続でナイフを振るい、いばらは向かってくるナイフを必死で捌く。

 だが徐々にいばらの服にインクが付く。


(この数日でここまで成長するとは……ですがそろそろ終わりに、っ!?)


 ナイフを打ち合っていたある瞬間、セイラの体が僅かに傾く。


(インクで足が!?)


 二人の足元にはいばらが乱射したペイント弾が大量に撒かれている。セイラはそのインクに足を取られ僅かに体勢を崩した。

 そしていばらは偶然生まれた隙を見逃さない。


「いまっ!!」


 いばらはこれまでの中で一番の速度でナイフを振り、メイド服にインクを付ける。


「そこまで」


 そして真からの連絡が入り、いばらは力尽きたようにその場に座り込む。


「はぁっ、はぁっ、疲れた」


「お疲れ様。ほら水だ」


「……真。ありがと」


 いばらは真から水を受け取り一気に飲み干す。


「マスター」


「はいはい。ほら」


 セイラも真から水を受け取り、喉を潤すと共に真に質問をする。


「先ほどいばらが使ったナイフはマスターが用意したものですか?」


「あぁ、けど俺は用意しただけ。言ってきたのはいばらからだ。さすがに基本的な使い方は教えたけどな」


「なるほど。ちなみにそれはいつのお話ですか?」


「初日だよ。お前と戦ってからすぐ」


「……私が食事の準備をしている間に何をしているかと思えば、二人きりでの特訓だったんですね」


「そうだな。……一応言っておくが普通に特訓してただけだからな」


「分かっていますよ。マイマスター」


 二人が会話をしてる間にいばらが立ち上がり二人に近づく。


「何の話をしてるのよ?」


「お前の戦いぶりについてだ。見事セイラに勝利したな」


 真はいばらの頭を撫でる。


「ちょっ!?頭撫で……」


 いばらは赤面して顔をうつむかせる。


「いばら、羨ましい。マスター、私にもご褒美を要求します」


「はいはい。こっち来い」


 セイラは頭を撫でられ、幸せそうな顔をする。

 そうしてしばらく二人の頭を撫で続け、満足したところで手を離す。


「とりあえずこれで銃の扱いは問題ないな」


「ナイフも粗削りではありますが中々扱えていましたし、私との実践訓練は十分でしょう」


「じゃあ、次はどうするの?って言ってもあんまり時間ないわよね」


 現在は異世界から戻って来て五日目。作戦開始は明後日。


「そうなんだよな。だから残りの時間は月影にとって重要なことを学んでもらう」


「重要なこと?」


 首を傾げるいばらを連れて、真とセイラは訓練場にある別のエリアに移動する。



 _______


「月影は裏世界の組織だ。裏の世界では人殺しなんて当たり前。だが月影は出来るだけ人を殺さないようにしている」


「人殺し……」


 いばらはその重たい言葉を呟く。


「だが相手は俺たちを殺そうとしてくる。そんな奴を殺さずに相手にするには自分が強くないといけない。まぁ普通は仲間と協力することで相手を殺さずに無力化するんだけどな」


 三人は足を止める。着いた場所は純粋に広いだけの何もないエリア。


「だから残りの特訓はセイラとの共闘。相手にするのはこいつらだ」


 真が壁に付けられたパネルを操作すると、壁が開き、大量の人型ロボットが現れる。


「これは月影が作った人型模擬戦闘用ロボ。特別強くは無い。二人なら問題なく倒すことが出来る。だがここで条件を付ける」


「条件?」


「条件はこいつらを壊さないこと。そしてこのロボには色々な部位に狙うべきポイントがある。そこに衝撃を与えてこいつらを止めろ」


 ロボについているポイントは人を殺すことなく、だが確実にダメージを与えられる部位。このロボットを最低限の攻撃で止めることで人を殺さずに無力化することが出来るようになる。


「じゃあセイラ。後は任せる」


「イエスマスター」


「あれ、真どこかに行くの?」


「部屋に戻るだけだ。と言っても明後日の作戦についてのミーティングがあるから仕事だけどな」


 真は「頑張れよ」と言い残し部屋に戻る。

 そして残された二人は大量のロボットたちを目の前に武器を構える。


「それでは始めますよ。いばら」


「いつでもいいわよ。セイラ」


 金と銀の髪をたなびかせながら、二人の美少女はロボットたちとの戦闘を開始した。


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