第35話 メイドの由来
(真、セイラ、十二歳)
その日真は月影の支部の一つに来ていた。その支部は山の奥に設立され、訓練生たちが正式な構成員になるための訓練機関だ。
そんな場所に何故現役で正式な構成員として活動している真が訪れているかと言えば、真が最近保護した少女、セイラの訓練の様子を見に来たから。
(セイラが休憩に入るまで少し時間があるな。あそこで待つか)
真が足を進めた場所は訓練場にある休憩スペース。
椅子やテーブルが複数並べられ、様々な種類の飲み物や軽食を取ることが出来る。フードコートを想像してくれると分かりやすいだろう。
(飲み物は、水でいいか)
真はコップに水を注いで空いている席に向かう。
「おーい!真さーん!」
「ん?あれは……」
真は水を持ったまま声の方へ向かう。
「久しぶりだな」
「はい!お久しぶりです!」
デカい声で真と話すのは真の後輩。後輩と言っても真の一年後に訓練を終えただけなので真よりも年上、現在二十三歳の筋肉質な男だ。
「真さんはどうして訓練場に?」
「少し前の任務で保護した子がここに居るんだ。お前は?」
「自分も似たような物ですね。俺の場合は同じ孤児院出身の奴が、あぁあいつらです。おーい!こっちだ!」
男が大きく手を振ると、それに気づいた三人の男が近づいてくる。三人はだいたい高校三年生くらいの年齢の男。
「うっす。お疲れ様です兄貴!」
「「様でーす」」
三人は男に負けないほどの大きな声で挨拶をする。
「おうお疲れさん。っと、紹介しますよ。こいつらが俺と同じ孤児院出身の奴らです。お前ら挨拶を」
「「「よろしくお願いしま……って子供!?」」」
「お前ら挨拶が途中だぞ!」
「す、すんません。でもなんでここに子供が」
「おい、失礼だぞ!」
後輩たちを怒る男を真は手で静止させる。
「いいよ別に。俺だってここに俺くらいの年齢の子がいれば疑問に思うからな」
「そうですか。真さんが気にしないならいいですけど。……本当に気にしてませんか?」
「気にしてねぇよ」
真の言葉に男はホッと息を吐く。
「それなら良かった。お前ら、今から説明をしてやるからよく聞けよ」
「「「うっす!」」」
「この方は開化真さん。俺の先輩で命の恩人だ」
「「「い、命の恩人!?」」」
「そうだ。俺が初任務でヘマやらかしてな」
「あの頃はお前も俺のことを見下してたよな」
「うっ!?ま、まぁそん時にこの命助けてもらった訳だ。そんなわけで真さんは俺の命の恩人な訳だ。なのでお前らも真さんには敬意を払うように」
「「「うっす!改めてよろしくお願いします、真さん!」」」
「あぁ、よろしく」
挨拶を終えた真たちは飲み物を飲んで一息つく。
「それで、訓練はどうだ?」
「問題は無いですよ。なぁ?」
「そうだな。そろそろ合格も貰えそうだし」
「うんうん。兄貴と一緒に仕事をする日もそう遠くないですよ」
「そうか。そいつは楽しみだ」
男は後輩たちの言葉に嬉しそうに笑う。
「そういえば休憩室に来るまでに真さんと同じくらいの女の子を見かけたんですよね」
「あぁ居たな。ナイフを使ってた子な」
「あれヤバかったよな。なんか鬼気迫る勢いというか」
三人が盛り上がっている中、男が真に話しかける。
「……真さん、その子って」
「ほぼ確実に俺の連れだな」
「ですよね。その子も真さんみたくすぐに任務に出れそうなんですかね?」
「出るだろうな。下手するとお前の後輩たちより早くな」
真の言葉に後輩たちが大きく反応する。
「確かにあの子すごい勢いで訓練をこなしてますけど、マジですか?」
「やっぱり真さんの知り合いだけあって才能があるんですかね?」
「どうすれば俺たちも強くなれますかね?」
怒涛の三人からの質問攻めに、真は水を一口飲んでから答え始める。
「……お前らは何のためにここに居るんだ?」
「何のため?」
「目標とか、やりたいこととかだ」
三人は一瞬顔を見合わせて口を開く。
「俺たちは俺たちを育ててくれた月影と孤児院に恩返ししたい」
「それに孤児院に居るチビ達が幸せになれるようにしてやりたい」
「そして俺たちみたいな人たちを救いたい」
三人は強い意志を持って答える。
「そうか。お前らいい奴らだな。ならそれはお前らの命を懸けてやるべき事か?」
三人は再び顔を見合わせる。だがさっきとは違い首を傾げる。
「そう言われると、」
「命を懸けるほどでは」
「無いよな」
悩みながら三人が出した答えに真は頷く。
「だろうな。お前らの思いが悪いわけじゃない。ただ俺たちとお前らの違いはその目標にある」
「つまり真さんたちは」
「命を懸けてるほどの」
「目標があると?」
三人の言葉に真は首を横に振る。
「いや、違う。俺たちは必死ではあるが命は懸けない。懸けられるはずがないんだ。この命は助けられた物だから」
その瞬間、真の雰囲気が変わりどこか重く苦しい物になる。
「俺たちの目標は両親を助けること。生きているかもどこに居るかも分からないが、それでも絶対に助け出す」
「「「「………」」」」
真の言葉に、四人はあっけにとられたように黙り込む。
そんな中真は水を一気に飲み干して席を立つ。
「水が無くなった。取ってくる」
真はコップに水を入れる。コップに注がれる水を見ながら、真は四人のあっけにとられた顔を思い浮かべる。
(……さっきのミスったか?俺は明確な目標を持って訓練に励めって言いたかったんだか、話がずれた気がするな)
真はため息を吐きながら十分に水が注がれたコップを持って席に戻る。
「何やってるんだ?」
席に戻ると先ほどの雰囲気はどこへやら、四人は一つの雑誌を囲って盛り上がっている。
「あ、真さん。真さんはどれが良いですか」
「だから何やってるんだ?」
四人が囲っている雑誌を見ると、そこには「コスプレ特集」の文字。
「コスプレ。……なんでコスプレ?」
「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないですか。それで、どれが好きですか?」
真は雑誌を受け取りパラパラとめくる。
「……ちなみにお前らはどれが好きなんだ?」
その瞬間、三人の目がキラリと輝く。
「やはり巫女ですね。あの神秘さを纏った衣装。清楚で可憐、正しく大和撫子。黒髪巫女が至高でしょう!」
「お、おう。髪色まで限定するのか」
真は若干引き気味になる。そんな熱量を持つ巫女好きを押しのけ次の奴が話を始める。
「いや待て。至高と言えばミニスカポリス!あの短いスカートから伸びる白い足。手錠を片手に「逮捕しちゃうぞ?」と迫ってくるのはやはり最高!」
「次はシチュエーションまで。というかお前ら熱量がすごいな」
真は引き気味だったのがもう普通に引いている。
それでもまだ人は残っている。
「お前ら落ち着けよ。何をどう足掻いてもセーラー服に勝てる物があるわけないだろ?青春の一ページ。限られた年齢しか着れない一時の奇跡!これに勝る者は無い!」
「……そうか」
真は可哀そうな物を見るような目でセーラー服好きを見る。
「おいこら何言ってんだロリコンが!」
「何だと、巫女服とか夢見てるくせに!」
「落ち着けお前ら。どっちも夢には変わらないだろ。一番現実的なのはミニスカポリス」
「「逮捕されたい変態は黙ってろ!!」」
言い争いが始まった三人を視界から外し、真は雑誌に目を向ける。
「すいません真さん。うるさい奴らで」
「確かに十歳の子供に話すような内容でも熱量でもないと思うが」
「ほんとすいません」
「でもいい奴らだな」
「はい。バカですけど、いい奴らです」
男は言い争ってる三人を温かい目で見る。
「ちなみにお前はどれが好きなんだ?」
「俺は、ナースですね。白衣の天使。これだけは譲れません」
「さすがはあいつらの兄貴分だな」
「うっ、マジっすか……」
男は言い争う三人と自分とを見て肩を落とす。
そんな姿を見て真は苦笑していると、雑誌をめくる手を止める。
「見つかりましたか?」
男の言葉に反応して三人が言い争いを止めて真に近づく。
「あぁ、一応な」
真がページを開いたまま机に置く。四人は雑誌を覗き込むと、そこに載っていたのは白と黒のフリルが着いた服装、メイド服。
「なるほどメイドですか。理由を聞いても?」
「別に特別な理由は無いぞ。なんか良いなと思ったから。あとは何かの漫画で袖からナイフや銃を取り出したり潜入調査やスパイだったりって言うのを見てなんか親近感が湧いたんだよ」
真の言葉に、四人は顔を見合わせる。
「真さんの年齢ならあんな物か?」
「いやそれでもどこかズレてるだろ」
「だよな。武器とか親近感とか」
「まぁ真さんだからな」
しばらく小声で話していると、頷きあって真に向き直る。
「真さん。今度メイド喫茶行きますか?」
「何でだよ!お前らが聞いてきたから答えただけでお前らみたいにメイドに熱があるわけじゃない――?」
真が話をしていると男たちの表情が何か怯えているように変わる。
「マスターはメイドが好きなんですか?」
「セイラか」
真が後ろを向くと、無表情な顔で後ろに立つセイラがいる。服装は青色のジャージ。
「い、いつの間に」
「き、気づかなかった」
「な、なぜここに」
三人が驚いたような怯えたような顔でセイラを見る。
「真さんと同じくらいの年の女の子。なるほどこの子が真さんの連れ。……俺も気づかなかった。いつの間に真さんの後ろに立っていたんだ?」
男は驚きの表情でセイラを見る。
そんな視線を受けるセイラだが、特に気にすることなく、もはや真以外に視界に映っていないかのように真との会話を続ける。
「訓練は終わったのか?」
「はい。戦闘訓練で合格を頂きました。残りは総合訓練だけなので一カ月以内にはマスターと共に任務に当たることが出来ます」
「そうか。とりあえずおめでとう。最後まで気を抜かないようにな」
「はい。それでマスター」
セイラは雑誌に載っているメイドを指さす。
「メイドが好きなのですか?」
「それ引っ張るのか。別に特別好きという訳じゃない」
「………本当ですか?」
「……嘘じゃない」
セイラは目を閉じ、集中をする。
行き成りの行動に男たちは「何をしているんだ?」と疑問を浮かべる。そんな中、真はすぐにセイラの行動の意味を感じ取り、同じように目を閉じる。
だがセイラの方が一足早かった。
「……なるほど。袖に武器を、それと親近感ですか」
「セイラ。勝手に読み取るな」
「申し訳ありません。ですが隠そうとするマスターも酷いですよ?」
セイラの反論にため息を吐きながら返す。
「それは悪かった。けど勝手に思考と感情を読み取るのは止めてくれ」
「……分かりました。控えるようにはします」
「完全に止めるのは?」
「それはマスターが私に隠し事をしなくなるまで了承できません」
「はぁ~。分かったよ」
真はコップに残った水を一気に飲み干して席を立つ。
「よし。帰るか」
「イエスマスター」
「じゃあなお前ら。お前らの活躍を聞ける日を楽しみにしてるよ」
そうして真とセイラは支部を後にした。
そして残った男たちは疲れたように椅子に座る。
「はぁ~。なんか疲れた」
「それな。あの子なんか圧がすごかったし」
「でもあの子、俺たちの事を一切見てなかったよな」
「真さんの連れだからな。それでもあそこまでとは思わなかったが」
はぁ~、と一同のため息が重なる。
「そういえば真さんって何者なんですか?いくら何でもあの年であの雰囲気、何より月影の構成員って一体どんな秘密があるんですか?」
「まぁ、あの人トップの甥だからな」
「「「……え!?」」」
「それに鬼神と狂科学者の一人息子」
「え、えっ。マジすか」
「大マジだ。真さんが月影に居るのはそういう経緯だ」
「つまりコネ?」
「そうだな。だがこの世界はコネだけで生きていけるほど甘くない。あの人の実力は紛れもなく本物だ」
「なら話している最中に出てきたあの圧は?」
「さあな。ただ、鬼神と狂科学者は七年前に行方不明になっている」
男の言葉に三人は真の言葉を思い出す。
「それってつまり」
「ま、俺たちも親を亡くしてるわけだが、あの人の場合は更に複雑なことになってるらしいからな。俺たちにも想像つかない人生ってわけだ」
「すごいですね」
「あぁ、だから俺はあの人のことを尊敬してるんだよ」
男の言葉を聞き、三人も改めて真を尊敬しようと思った。
__________
支部でコスプレ談話をしてから約一カ月後、セイラは無事に訓練を終えて正式な構成員になった。
「正式な構成員就任おめでとう」
「ありがとうございます。マスター」
セイラの正規な構成員就任ということでそのお祝いをしている。場所はもちろんマンションの真の部屋。
「それで、その恰好は何なんだ?」
「似合いませんか?」
真の眼の先にはメイド服に身を包んだセイラが立っている。
「月影に装備品の要請を出したのですが」
「いや、似合ってる。可愛いと思う」
真が褒めるとセイラは頬を少し赤くしながら呟く。
「マスターが可愛いって。私に可愛いって」
真はそんな呟きをスルーして自分の疑問をぶつける。
「でもなんでメイド服?」
当然の疑問。戦闘においてメリットが見いだせないメイド服をなぜ装備として選んだのか。
そんな疑問に正気を取り戻したセイラがキョトンとした顔で答える。
「マスターがメイド服を好きだと言っていたからですが?」
「言った覚えがないが?」
「言っていましたよ。一カ月前に」
「一カ月前?……あぁ、あの時の」
「お気に召しませんか?」
不安そうな顔をするセイラを見て、真はため息を吐く。
「いや、そんなことは無いが。それ動きづらくないか?」
「問題ありません。戦闘用に作られているので機動性も耐久性もばっちりです。それに」
セイラは腕を下に向かって振る。すると袖からナイフが現れセイラの手に納まる。
「マスターが言っていたギミックも搭載してもらいました」
「そうか……」
(まぁ任務に使えるならいいか。可愛いし)
真は無理やり納得をして、セイラのお祝いを続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます