第36話 特別任務試験
(車内)
「思い出した。そういえばそんな理由だったな」
真はセイラが着ているメイド服の由来を思い出した。
「はい。その時マスターが可愛いと褒めてくれたことを私は一生忘れません」
「……うん。言ってたな俺」
二人のやり取りを聞いて、車内のみんなが興味の目で二人を見る。
「それでそれで、どんな理由なの?」
「あーえっと……」
真は簡潔にメイドの由来を説明した。
________________
「そういえば映像、止めたままだね」
「そうでしたね」
説明を終えた真は疲れた声色で反応する。
「それ続けるんですか」
「そりゃあ続けるよ。面白いところはもう終わっちゃったけど、ここまでで空くん全然出てきて無いからね」
「面白いところって真とセイラの名前を聞いて人が逃げるとこだけなんだ」
いばらはあきれたような声で呟く。
「それじゃあ続きを、スタート!」
姉川が映像を再生させる。続きはセイラの名前を聞いてさらに人が減った後から。
__________
(映像)
「……では説明を続けよう」
画面の中の黒仁はセイラの名前を聞いて部屋を後にした人たちを見て苦笑いをしながら説明を続ける。
そんな説明を聞く中で自分では力不足だと感じた人たちが部屋を後にしていく。
そして説明を終えた頃に部屋に残った人は当初の約一割。百人に満たないほどの人数だ。残った中には当然空もいる。
「ここまでで残ったのは約百人か。だいたい予想通りかな。それでは、早速だけど特別任務に当たる人を決めるための試験を始めよう。まずは二人一組を作って」
黒仁の言葉に従い、それぞれ近くの人だったり友人だったりと二人一組を作る。幸いにも残った数が偶数なので余る人はいない。
「準備は出来たみたいだね。ちなみにさっきの説明が第一試験。そして今からが第二試験。今組んだ相手と戦って勝った方が第三試験に進める。殺しは無し、他は何でもあり。では十、九」
黒仁による突然のカウントダウンが始まる。
ほとんど者はその瞬間に服に隠した銃やスタンガンに手をかける。だが、何人かは「えっ?えっ?」と戸惑っている。
それでもカウントダウンは止まらない。
「三、二、一、開始!」
その瞬間、部屋中から銃声が響き、一泊遅れて叫び声が響く。なお血は流れていない。ほとんどがゴム弾とスタンガンによる気絶で片が付いたからだ。
一瞬でその場に立つ人数が約半分になった。
だが当然まだ二人とも残っている者たちもいる。先ほどの二人一組を、友人同士で組んだ者たちだ。
「出来ねぇ、俺には出来ねぇよ!」
「やるしかないだろ!上に、行きたいんだろっ!」
こんなことを言い男泣きをしながら二人はスタンガンをぶつけ合う。
「っ、はは。お前の勝ちだな」
「うっ、お前、今わざと負けただろ」
「さぁ、どうかな?お前は絶対上に行けよ、ガクッ……」
「親友ぅぅぅー!!!!」
そうして第二試験は終わった。
なお空はスタートと同時にスタンガンを押し付けて一瞬で勝った。
「はい、お疲れ様。合格者は次の試験の会場に向かってもらう。外のバスに乗ってね」
黒仁を映していた画面が切れた。
そして勝ち残った者たちは指示通り部屋を出てバスに向かう。
地面に倒れている者たちは黒服が回収して医療部へ運びに行った。
残り人数 四十五人
残った者たちはバスに乗り、試験会場へ走り出す。
そうして乗っから数十分後、バスの前方に設置されたモニターから黒仁が映される。
「全員乗ったね。ではここで第三試験を開始する」
「えっ!?ここで試験?」
試験という言葉に多くの者が動揺する。
当然だ、今乗っているバスで次の試験会場に行くと聞いていたのだから。
だが黒仁は皆の反応を気に留めず説明をしていく。
「椅子の下にメモリが張り付けてあるから中のデータを端末に入れてね」
黒仁の言葉で各々椅子の下に手を入れてメモリを手に取り、端末にデータを取り込む。
端末に第三試験テストデータと表される。
「第三試験はテスト。今入れてもらったデータの問題を解いてもらう。制限時間は目的地に着くまでの約二時間。もちろん不正行為は即失格。では、第三試験開始!」
合図と共に画面から黒仁が消え、制限時間の二時間のタイマーが映し出される。
そして試験者たちはすぐに画面に向き合う。
_________
(車内)
「じゃあ目的に着いたところまで早送りするね」
姉川が画面を触って映像をとばす。
そんな車内の後部座席ではいばらが頭を抱えている。
「お父さん。いくら試験だからってあんな……」
どうやら二人一組を組ませて戦わせた事で罪悪感のようなものを感じている。
「いばら気にするな。叔父さんはというか、月影はあんな物だ。死人が出ないだけましだから。だから気にするな」
「……うん。分かった」
真に励まされて、いばらは小さく頷く。
「なぁ空、このテストはどんな問題が出たんだ?」
映像からでは問題までは映らないのでこの場で唯一テストを受けた空に尋ねる。
「面白い物ではなかったな。学校で受けるようなテストというより応用や考えを問われる問題だった」
「なるほど。……姉川さん、問題のデータは無いんですか?」
真に聞かれ、姉川はニヤリと笑う。
「データは無いけど、問題は映し出されるよ。じゃあ再生!」
姉川は画面操作を終えて、再生を始める。
_______
(映像)
バスの前面に移されたタイマーがゼロになり、ピピピと音が鳴る。
それと共に、画面に黒仁が映し出される。
「お疲れ様。目的地まではもう少しだけかかるので、早速だけど答え合わせといこうか」
すでに端末は操作出来なくなり、答えを変えることは出来ない。
前方の画面に問題が表示される。
「問一 異能部隊隊長の名前を答えよ」
______
(車内)
「「なんで(俺、マスター、真、主)の名前?」」
三人と一匹の声が揃った。
「そりゃあ自分たちが入る部隊の隊長の名前くらい知ってないといけないからだろうな」
「いや、それにしても名前って」
「簡単だよな。……お前らにとっては」
「?」
空の呟くように言った言葉に一同が首を傾げると、答えが映される。
________
(映像)
答 開化真
問題の答えが映し出されるのと共に、人数分の答えも画面に映し出される。問一は全員正解だ。
どうやら問題は自分の手で書くタイプの物らしく、どの答えもとてつもなく綺麗な字で書かれている。
「問二 異能部隊副隊長の名前を答えよ」
_______
(車内)
「次は私ですか。ということは三問目はロウガでしょうか?」
「いや、それは無いだろ。ロウガは月影の中では噂程度にしか情報が共有されてないからな」
「そうなの?どうして?」
「『我は狼で異能を持つ。そんな特殊な物がいれば裏世界では我を狙う者が現れかねませんから』」
「なるほど。だいたい分かったわ。それでこの問題はセイラの名前を書けばいいのよね?」
「そうだな。そういえば、俺の名前を答える時、やけに綺麗な字で書かれてたな。いくら時間があるとはいえ、問一からあんなに綺麗に書く必要なんてあったか?」
真は空に視線を向ける。
「……そりゃあお前の名前だからな。字だけでも適当に書けば首が飛ぶと考えても不思議じゃないだろ」
その首が飛ぶという表現は、比喩なのか実際に首と体が離れることなのか、答えた者たちはどちらとも捉えただろう。おそらく後者の方が強いだろうが。
「ということは、セイラも似たようなことになってそうだな」
___________
(映像)
答 セイラ=レーショウ
そして試験者たちの答えも映し出される。
試験者回答 冥土
__________
(車内)
「何で!?」
いばらの声が車内に響く。
「冥土、名前じゃないのに全員正解になってるな。それで、どうして空まで二つ名で書いたんだ?」
「真の女の名前なんて書いただけで首が飛ぶと思ったんだろうな。……俺も含めて」
「お前ら本当に俺を何だと思ってるんだよ……」
真はため息を吐き、映像の続きを見る。
_________
(映像)
「君たちは真に怯え過ぎじゃないかな?」
映像の中の黒仁は真と同じようにため息を吐く。
「まぁ今回は全員正解にするけど。さて、どんどんいくよ」
その後の問題は戦闘や怪我を負った際の対処。人間性を判断する心理的な問題など、様々な種類の、裏組織としては真っ当なテストの内容だった。
最終的な結果として、第三試験で残ったのは三十人となった。
_______
第三試験が終わり、バスは目的地に着いた。
落ちた者はそのままバスに乗って支部に帰還、残った者はバスを降りる。
着いた場所はとある山の奥、月影の支部の一つ。ただこの支部は長らく使われておらず全員が始めてくる場所だ。
試験者たちが支部の中に入ると、目の前の壁に張られた張り紙に上向きの矢印が書いてある。試験者たちは矢印を見て前に進む。その瞬間、
「「うわぁぁぁ!!?」」
先頭を歩いていた五人ほどの床が開き、そのまま下へ落ちた。
幸いにも床下はそこまでの深さは無く、自力で上ることは難しそうだが怪我も無さそうだ。
「……落とし穴?」
試験者たちがいきなりの事に驚いていると支部内に放送が流れる。声の主は忍田黒仁。
『無事に着いたようで何より。さて、ここで第四試験だ。内容は今から一時間以内にこの支部の管理室に辿り着くこと。ただし今引っ掛かった物もいるようにあらゆる所に罠が仕掛けられている。管理室の場所も分からないだろう。こちらから教えることはしないが、ヒントは隠されている。それじゃあ頑張ってね』
放送が終わると共に、試験者たちの端末にタイマーが自動設定される。
「……やるか」
誰が呟いた言葉か、だがその言葉に全員が頷き行動を開始した。
試験者たちは各々で分かれて支部内を走る。
「うわぁぁぁ!!?」
「また落ちたぞ!大丈夫か?上がってこれそうか?」
「っ、大丈夫だ!ただすぐに上がれそうでは無いな。けどこっちに道が続いてるみたいだから行ってみる!」
「おう!ここだと連絡が取れないから、気をつけてな!」
数多くの者が地下に落ちながらも、足を止めることは無い。
この試験では端末の使用が制限されて、連絡が取ることが出来なくなっている。
「ようやく二階だな」
試験者たちは多くの者が落とし穴に落ちながらも二階へ続く階段に上る。
「さて、管理室はどこ……」
意気揚々と先頭を歩いていた試験者の姿が消えた。
二階に来てもなお、落とし穴。落ちた先は一階。地下に落ちるよりはマシだが上がってくるまでには時間が掛かる。
「ここも落とし穴か。気を付けて行かないとな」
試験者たちは落とし穴を警戒しつつ、他の罠の可能性も頭において先に進む。
「残り時間二十分。時間が無いな」
「だな。ここまで来たのにヒントも全然見つからないし、どうするか……」
試験者たちは頭を抱える。一同は支部の最上階である四階まで上がったが、管理室どころかヒントすら見つかっていない。
そんな中、試験者たちの中でもとりわけ若い男、空が立ち止まる。
「どうした空?何か気になることでもあったか?」
「いえ、ここまで走って色んな場所を調べたのに何も見つからないのが気になったので」
「そりゃあ試験だし、難しいのは当然だろ?」
空は言葉を受けながらも思考を回す。
(難しいのが当然。試験だから当然か。こういう時、
「試験、ヒント、罠、落とし穴……」
「空?どうしたんだ?」
「いえ、これまでの罠って落とし穴だけですよね」
「そうだな。色々と警戒はしていたが、全部落とし穴だ。おかげで腰が痛いと嘆いてる奴が大量にいる」
「そうですね。ではなぜ罠は落とし穴なんでしょうか?」
「それは、銃撃やら毒ガスやらよりは危険性が無いからじゃないか?落ちると言ってもそこまで深くないしな」
「いえ、俺が言いたいのはそう言うことじゃないです。それはあくまで試験だから安全性を考慮した理由。いくら安全性を考慮しても落とし穴以外の罠があっても良いでしょう?」
「確かにな。なら上に行かせたくないか、下に何かあるとか?」
「なるほど。上に何もないことを見るに、下に行くべきですかね」
「だが俺は地下に落ちたが何も無かったぞ」
「それでも行きますよ。止まってるよりは動いた方が良い」
空が走り出す瞬間に、話していた男が空を止める。
「ちょっと待て。これ、持っていけ」
男は空に銃を渡す。ただし普通の銃では無く銃口からワイヤーが出てくるワイヤーガンだ。
「そいつがあればすぐに戻ってこれるだろ」
「ありがとうございます」
空はワイヤーガンを懐にしまい走り出す。
(ひとまず下だな)
空はわざと落とし穴に落ち、ショートカットして一階に辿り着く。
(残り十分。ここから近い落とし穴は、記憶にある限りだと玄関の方か)
空は壁に上方向に向いた矢印が張られた玄関に戻ってきた。
(そういえばこの矢印。矢印の先には特に何もなかったな)
空は矢印を触る。特に何の変哲もない紙だ。
空は矢印を見る。見たからと言って、方向が変わるわけでは無い。矢印は上を向いている。
(他では見かけなかった矢印。上方向を向いた矢印。上?)
空は上を向く。矢印が指す方向を。
「まさか……」
空はワイヤーガンを取り出し、真上に撃つ。
放たれたワイヤーは天井を突き破り、さらに奥の天井に突き刺さる。
そのままワイヤーを戻すようにし、自分の体を浮かせて天井上に存在する通路に足を下ろす。
「隠し通路。いかにもやりそうなことだな」
空はワイヤーガンをしまい、罠を警戒しながら先に進む。
「特に何もなく四階か。完全な隠し通路で誰にも会わなかったな。残り時間は五分。急がないと」
空が階段を上り四階に辿り着き先に進むと、広い部屋に出る。
「ここまで一方通行。この部屋も扉はここと目の先にある二つだけ。そして無駄な部屋の広さ。絶対何かあるな」
空は意を決して先に進む。すると、
『侵入者確認。警備ロボット出撃します』
部屋の中に無機質な声が響く。
それと共に部屋の左右の壁が開き、人型のロボットが複数体現れる。
「ここで戦闘かよっ!残り時間は……」
空が端末を見ると残り時間は三分を切っている。
「戦ってる暇は無いな」
ロボットを見れば、持っている者は警棒のような物。やはり試験としてある程度の配慮はしてある。
空は深呼吸をし、目の前の扉に向かって走り出す。
「邪魔だ!」
空は近づいてくるロボットの攻撃を避けながら、時には銃を抜いて撃ちながら走る速度を落とさない。
空はロボットの攻撃をかいくぐり、扉を開けて部屋の外に出る。
そして数メートル先には管理室の文字が見える部屋がある。
「っ、見つけた!」
空は乱暴に扉を閉めてロボットの追走を拒み、管理室に向かって走る。
残り五メートル、三メートル、一メートル。その瞬間、空はワイヤーガンを扉の前の天井に向かって撃ち、地面を蹴る。
それと共に、扉の前の地面が開き、落とし穴が現れる。
「予想通りだ!」
ワイヤーガンにより地面から足を離していた空は落とし穴に落ちることなくそのまま扉を蹴り破って中に入る。
ただ少し勢いが強すぎて転がるように入ることになったが。
「痛っ、……。時間は?」
空が身体を起こすと共に、放送が流れる。
『タイムアップ。お疲れ様。これにて試験は終了だ。管理室に着いた空信夜くん以外はここで退場。落とし穴は作動しないようにしたから気にせずに外に出てくれ。帰りのバスを用意してある』
その放送で、空は自分が時間内に管理室に辿り着けたことを確信し、安堵する。
そして目の前に居る、マイクの前に座った忍田黒仁を見る。
「やぁ、おめでとう。空信夜くん」
「ありがとうございます。それと、扉を蹴り破ってしまいました。申し訳ございません」
「気にしなくていいよ。どうせここは改装予定の場所だからね。むしろ壁や天所を破壊しながらここに来ることを予想してたんだけどな」
「そんなことが出来るのは鬼神か、死神くらいでしょう。というか、そもそもただの訓練で建物を破壊しようなんて考えませんよ」
「それもそうだね。けど、君はそれ思いついたし実行した。だからここまで辿り着いた。それは真と付き合いが長い君だからこそかな?」
「なんかあいつに毒されてるみたいで嫌ですね。まぁ影響は受けてるとは思いますが」
二人は互いに笑い、そして笑いが止んだ瞬間空気が変わる。
「さて、君にはこれから特別任務に当たってもらう。それに伴い第三実行部隊副隊長空深夜には異能部隊への異動を命じる」
「はい!」
「いい返事だね。空くん、どうか真の助けになってあげてくれ」
「はい。……あいつは俺の助けなんてなくてもやれる奴だと思いますけど」
「そんなことないさ。君は君が思っているよりも、真から頼りにされているよ」
「……どうでしょうね」
「ははは。まぁその時が来たら頼むよ」
「はいその時が来たら」
空の過剰なほどの真の評価に、黒仁は半笑いしながら特別任務に関する書類を渡した。
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