第20話 真と姉川の危険な任務②


 男とママにより気絶させられた姉川は、腕をしばられベットに横たわっていた。



「いやー、ママさん助かったよ。普通の子じゃないとは思っていたが、まさかここまで抵抗してくる女とは思わなかったよ」


「その子、月影所属だからね。一応確認に来てよかったわ。この分は、しっかりと請求しますからね」


「ははっ、分かってるよ。……よし、この怪我に手を縛れば、抵抗は出来ないよな?」


「どうだろうね。いくら女とはいえあの月影の人間だ、足は縛ってないし、月影なら指の一本でも動けば殺されるかもしれないよ」


「……マジか。上玉だしあんまり傷はつけたくなかったが、足は折っておいたほうがいいかもな」


「まぁ勝手にしな。ただあの件のことは頼むよ。私は月影からあんたらに乗り換えたんだ、それだけのリスクを背負ったリターンはきっちりともらうからね」


「ママさんは心配性だな。上にはきっちり言っておくから任せてくれ。土産もあるからな」


 男は懐からメモリを取り出し、見せつける。


「それに、月影の構成員もおまけでついてきた。これなら俺の地位もさらに上がるってもんだ」


「……私は裏に深く関わるつもりはないんだ。せいぜい私の居場所を壊すようなことはしないでおくれよ」


 にやにやと笑いながらメモリをズボンのポケットにしまう男とベットに横たわる姉川を残してママは部屋を出ようとする。

 その瞬間、


 ピーンポーン


「誰かしら?」


 ママは部屋に付けられたインターホンの音に反応し、ドア穴から外を覗く。


「ん?誰もいない……」


 ママは疑問に思いながらドアを開ける。するとそこには一人の子供、真がいた。


(子供?どうしてここに?他の子たちは……酔ってたし子供なら面白がって通しちゃうか)


 ママの考えている通り真はこの店に姉がいると姉川の弟だと伝え、酔っていた子たちが面白がって真に姉川がどこにいるか伝えたのだ。


「あの、お姉ちゃんがここにいるって聞いたんですけど?」


 真はまるで帰ってこない姉を心配してきた普通の子供のような表情をする。普通の人ならかわいそうな子供だと感じるだろう。

 だが、


(この子、月影ね)


 そもそもママは姉川が月影だと知っている。その姉川の弟と自称する真のことを月影だと思うのは当然の事だろう。


「ごめんね。今お姉ちゃんはお客さんとお話し中だから、こっちで待ってましょうね」


 ママはそう言って廊下に出て扉を閉めようとしたその瞬間、真が扉に足をはさむ。


「ぼく?何をしてるのかな?」


 ママは表には出さないが声に怒りがにじみ出ている。


「悪いなおばさん。俺はこんなとこで時間を使うわけにはいかないんだ」


「っ!ガキがっ!!」


 おばさんと言われたのが気に障ったのか、真に向かって隠し持ってきた鈍器を振り上げる。

 だが真はそんなママを見て、動揺一つせずに扉を足で蹴り開け、そのままの勢いでママに回し蹴りを叩きこむ。


「ぐっ!?………」


 ママは真の一撃により意識を落とす。そしてママを引きずって部屋の中に入る。


「っ!?」


 真は部屋に入った瞬間に床に走ったわずかな電気を感じ取る。その瞬間床を強く蹴り、玄関から離れるように前に移動する。そして移動した数秒後に電流が流れる。


「ぁっ!……」


 ママがその電流に打たれ一瞬声を出したが、すぐに気絶する。

 真はそのことを気にせず部屋の奥に進み、対象に目を向ける。


「誰かと思えば、ガキか。こんなガキまで使う月影ってのは、ずいぶんとイカれた組織だな」


「……」


 真の眼の前に居るのは鞭を持った男と、縛られて横たわっている姉川。

 瞬間、真は床を蹴った。


「なっ、ぐっ!?」


 男は真の速攻の蹴りに反応しきれず、もろに体に蹴りを受ける。その蹴りは意識を奪うまでには至らなかったが、男をベットから落とした。


「っ!痛ってぇな、クソガキがっ!」


 男は殺意をむき出しにしながら真を睨む。が、


「………」


 対する真の目の奥にあるのは何よりも暗く、深く、見ているだけで恐怖心で気絶してしまいそうな闇。


「ひっ!お、お前なんて目をして……」


 怯えて鞭を落とす男に、真はゆっくりと近づいていく。


「や、やめろっ!くるなっ!」


 男は足を震わせながら近づいてくる真から逃げるように少しずつ後ろに下がるが、背中が壁に着くと同時にその場に座り込んでしまう。


 真はそんな男の懇願などを耳に入っていないとでもいうように、静かに、黙ったまま、目に闇を宿らせて、男に近づき頭に銃を突きつける。


「選べ」


「……え?」


 真に銃を突きつけられて固まっていた男がそんな間抜けな声を出すが、真は銃をゴリッと押し付けて話を続ける。


「大人しく情報を渡すか、死ぬか。答えなければ殺す」


 真はさらに銃を押し付けて選択を急かす。


「わ、わかった。渡す、渡すから!殺さないでくれ!」


 男が服の内ポケットに右手を入れる。それを真は銃口を一切動かさずに黙って見る。


「……あった。これだ」


 男がポケットから手を抜こうとした瞬間、バンッ!と部屋に銃声が響く。

 男を見ると、右腕がだらりと下がり、内ポケットからはメモリではなく銃が落ちる。


 真はさらに続けて男の左腕、両足にも一発ずつ弾丸を撃ち込み、男は叫び声をあげる。


「ぐっ、なんで……」


 なんで銃を取り出そうとしてるのが分かったのか、と言う前に真は銃を頭に押し付けなおす。だが先ほどよりも強く押し付ける。


「お前みたいなクズの考えなんて手に取るように分かる。……どうやらお前は俺が用意してやった選択は気に入らなかったらしいな。仕方ないから三つ目の選択肢を実行してやろう」


 三つ目の選択肢なんて聞いてないと目で訴える男を、真は銃で殴った。


「ぐほっ!?」


 真はさらに右へ左へと、男の顔を殴る殴る殴る。


「ぐっ、がっ!?ちょ、やめっ……」


 男は顔を涙と鼻水と血でぐちゃぐちゃにしながら、必死で真に懇願する。

 そんな男に真はひどく冷たい眼を向けながら口を開く。


「……安心しろ、殺しはしない。死ぬほど痛くはするけどな」


 その後、ありとあらゆる情報を吐いたのちに、全身をぼろぼろにされた男は記憶を消され、様々な違法行為が明るみになり刑務所にぶち込まれた。





 ______________


 任務を終えた真は黒仁に連絡をして男から得た情報を渡し、黒服を迎えによこしてもらうことになった。


「ん、うぅん。あれ、真くん?ここは……」


 真が気絶していた姉川を背負って移動していると、人の少ない路地裏に着いたところで姉川が目を覚ます。


「おはようございます。体の調子はどうですか?」


 姉川は自分の体を見ると、あちこちに包帯が巻かれている。

 特に鈍器で殴られた頭には丁寧に包帯が巻かれている。


「そっか。私、助けてもらったんだね。ありがとう真くん」


「任務ですからね。……姉川さん」


 真は笑顔でお礼を言う姉川に重々しい雰囲気で口を開く。


「姉川さんはこの仕事向いてないと思います」


「………あはは、そうだね。今回の任務がこんな有様だったし、確かに向いてないのかも」


 姉川は笑いながらも、だんだん声が落ち込んでいく。


「……もともと姉川さんは母さんの下で研修をしていたんですよね。ならこんな前線じゃなく、研究や解析の方が向いてると思います」


 真は「まぁ、母さんは研究と戦闘を同時にこなしてたらしいですけど」と続けるが、姉川は意外そうに眼を見開く。


「真くんは本当に先生と似てるね。昔先生にも言われたよ、「支静加は私みたいな両立よりも支援特化の方が良いね。支静加は才能あるし、戦闘で可愛い顔が傷ついたらもったいないからね」って」


「母さん、随分と面白い人だったんですね。なんか家に居る時と感じが違う気がします」


「うん。先生は変わった人だったよ。けどみんなから尊敬されて頼られてたすごい人だった。だから先生が居なくなって、少しでも先生の代わりにならないとって思って、その結果がこれだからね」


「……それなら、なおさら前線からは離れるべきですね。母さんと再会したときに怒られますよ」


「そうだね、怒られ……え?」


 姉川は驚いた顔で真を見る。


「俺は絶対に母さんも父さんも取り戻す。だから、姉川さんは自分の力を一番発揮できる場所で頑張って、帰ってきた母さんを驚かせてください」


 真はどこか冗談めかして、年相応ないたずらをたくらむ子供のように言う。

 そんな真に姉川は先ほどまでと違い無理のない笑顔で、


「うん。じゃあ二人で帰ってきた先生を驚かせちゃおう!」


 真にそう返したのだった。



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