第24話 月影最強 鬼神と狂科学者


(数十年前)



「はぁっ、はぁっ。な、なんなんだよあいつ!」


 とあるビルの中、男が死体と血にまみれた廊下を走り抜ける。


「よし。ここまで来れば……」


 男はたどり着いた部屋の扉を閉め、さらに強固な鉄の扉を下ろすことにより部屋の守りを固める。

 その部屋で安堵していると、男の持つ端末に連絡が入る。


「こちら本部から第三支部へ。現在本部が襲撃を受けている。至急、応援を……うぁっ!」


 端末からは銃声と爆発音鳴り響く。


「くそっ、まさか組織の本部と全支部が同時に襲撃を受けてるのか!?いったいどこの組織から……」


 男は悲惨な音と声ばかりが聞こえてくる端末を投げ捨てる。

 そしてなんとか生き残る手段を考えていると、足音が聞こえてくる。


「足音……いや、いくら何でもあの量を一人でなんてっ」


 男は震える手で捨てた端末を拾い上げ、部屋の近くの廊下に設置された監視カメラを確認する。

 そこに映っていたのは、散らばった弾丸、多くの気絶している人、そして血まみれの廊下を歩く全身に返り血を浴びた真っ黒な服に身を包んだ男。


「あ、あいつ、本当にあいつ一人でこの支部一つを潰したっていうのかよ!」


 そうして男は監視カメラの映像を見ていると、不意にカメラに映る男がカメラの方を向き、


「ひっ!?」


 嗤った。血にまみれてた顔で、白い歯を見せて笑顔を作るその男の顔はまさに狂人。


「に、逃げないと……」


 恐怖で端末を落とした男は、死にたくないという一心で逃げようとする。

 だが男が逃げ出す前に、男のいる部屋がノックされる。

 最初はこんっ、こんっ、と軽い物だが徐々にドンッ、ドンッと大きい音になり、そしてついに、ドガンッ!と大きな音を立てて鉄の扉が破壊される。


「やっと壊れたか。さて、ここで残ってるのは、お前だけだな?」


 血まみれの男はボキボキと指を鳴らしながら男に近づく。


「ひっ、……し、死ねぇ!!」


 男は恐怖に腕を震わせながらも銃を撃つ。


「邪魔だ!」


 血まみれの男はそんな一言と共に至近距離で放たれた弾丸を殴り落した。


「なっ!?嘘だろ、弾丸を殴り落すなんて……」


 男は最後のあがきも無意味に終わり、近づいてくる血まみれの男を見て失神してしまった。


「ん?なんだ気絶したのか。仕方ないな、こいつは縛っておいて、あとは黒服達に任せるとするか」


 その一晩で、一つの大きな裏組織が壊滅したのだった。




 ___________


「百人規模の支部一つを一人で殲滅。兄さん……」


 場所は変わりとあるビル。

 そこでは報告書を見て頭を抱える短髪黒髪の男、月影零部隊ぜろぶたい所属、月影黒仁つきかげこくじ


「どうした黒仁?俺はお前の言う通りやったはずだが、なぜため息を吐くんだ?」


 そして黒仁の前に座り血まみれの服を着た、目にかかるほどの長さの黒髪の男。月影零部隊所属、月影拳一つきかげけんいち


「いや確かに僕は「兄さんなら一人で支部一つくらい潰せるんじゃない?」って言ったけどさ、まさか本当に一人で潰しに行くなんて。……やっぱり兄さんは頭のネジが二、三本外れてるよ」


「おいおい酷いな弟よ。お前が今回の任務で使える人材が少ないって愚痴ってたから俺が一人で十人分働いてきてやったのに」


「いや、兄さんのは月影のエージェント三十人分以上くらいの働きだよ」


 黒仁は大きなため息をつき報告書をテーブルに投げる。


「まぁ今回の任務が兄さんのおかげで思ってた以上にスムーズに進んだのは事実だけどね。……で、兄さんはいつまでその血まみれの姿でいるつもりなの?」


「ん?そういえば血だらけだったな。面倒だが着替えてくるか」


「ついでにシャワーも浴びてきなよ」


 椅子に全身を預け天井を見上げる黒仁に手を振りながら、拳一はシャワー室に向かった。



 __________


「ふぅ~、さっぱりした」


 血まみれの服を袋に押し込み、新しい服に着替えた拳一は廊下を歩く。

 そのまま黒仁の元に戻ろうとしていた拳一だったが、不意に思い出したように足取りを変え、研究開発部に向かう。


「さすがに真っ暗だな。電気は……」


 研究開発部に着いた拳一は、夜で部署の人が帰ったと思われる部屋の電気をつける。


「ん?眩しっ!?」


 すると電気がついたことに反応し、部屋の中からそんな声が聞こえてきた。

 そのまま拳一は声のした方向に歩いていくと、パソコンの前で両目を抑えている長い黒髪の女性。彼女の名は開化創香かいかそうか


「目がぁ~、目がぁ~」


「……お前、何やってるんだ?」


 拳一の言葉に、創香は抑えていた手を離し、ゆっくりと目を開ける。


「……拳一くん。君の仕業かぁ~」


 拳一に怒りのままに襲い掛かろうする女性。だが、


「うっ、お腹空いた~……」


 拳一にたどり着く前に床に倒れ込む。


「なにやってんだよ。……ほら、食えよ」


 拳一は創香の机から栄養食品を取り出し創香に渡す。


「あり、がと。……うん。まだ働ける」


 創香は栄養食品を食べると、ゆっくりながらも立ち上がる。


「復活時の言葉がおかしいだろ。ちゃんと休めよ」


「休んでるよ。一週間に一時間くらい」


「それは休んでるって言わないんだよなぁ」


 椅子に座り直し、パソコンに向き合う創香を見て、「社畜すぎるだろ」とツッコミを入れる拳一。


「それで、拳一くんはなんでここに?」


「あぁ、そうだ忘れてた。前に使ったすぐに血を落とせる洗剤、貸してほしいんだよ」


「それなら部署内にある洗濯機のところに置いてあるから、使っていいよ」


「そうか。サンキュ」


 拳一は洗濯機に血まみれの服と洗剤を入れて洗濯を開始する。


「それで、拳一くん。今日はどんな任務だったの?」


 創香の元に戻った拳一は、エナドリ片手の創香に聞かれる。


「聞いてないのか?今日は例の組織壊滅作戦の実行日だったんだが」


「そういえば今日だっけ。……ってことはあれ使ったんだよね。どうだった?」


「あぁこの手袋な、よかったぞ。銃弾殴っても血が出なかったしな」


 拳一はポケットから黒色の、本来であれば黒色のはずが返り血で所々赤色に染まった手袋を取り出す。


「拳一くん。……まぁ今さら君に言っても仕方ないか。君は月影最強、敵味方から『鬼神』と恐れられるエージェントだもんね」


「おほめにいただき光栄だよ。発明と実験を繰り返して月影の人員を何十人も医療部送りにして『狂科学者マッドサイエンティスト』と恐れられる創香さんにほめられるとはな」


 拳一と創香は浸透していながらも、納得のいっていない二つ名でけんか?をする


「はぁ~。とりあえずそれが役に立ったならよかったよ。あとそれ、特殊な素材で作ってあるから手洗いしてね」


「はいはい、了解」


「………」


「………」


 会話が途切れ、二人の間に何とも言えない空気が流れる。

 そうしてしばらく互いに無言でいると、研究開発部に二人の男が入ってくる。


「兄さんやっぱりここにいた。それに義姉ねえさんも」


「黒仁、それに親父。どうしてここに?」


 入ってきた一人は黒仁。

 そしてもう一人は五十代ほどの黒髪の男、月影零つきかげれい

 彼はこの時代の月影トップにして、拳一と黒仁の義父だ。

 拳一と黒仁は幼い頃に両親を亡くし、育った場所が月影系列の孤児院だった。その孤児院で、零は二人の才能を見出し養子として引き取った。

 ちなみに拳一と黒仁が所属している零部隊は零のために作られた特殊部隊だ。


「黒仁くん。誰が義姉さんだって?」


「え?だって義姉さんは義姉さんでしょ?……まさか二人まだ付き合ってないの?」


 黒仁はため息をつき、拳一に近づく。


「兄さん。いいかげん素直になりなよ」


「お前、何言ってんだ」


「兄さん。好きな人と好きと言い合えるのはいいことだよ」


「はいはい。お前とお前の彼女の話はもう聞き飽きたよ。それより、用事があったんじゃないのか?」


「そうだった。父さん話してくれ」


「ん?もういいのか。なら話すとしよう」


 零は上着のポケットから端末を取り出す。


「まずは拳一。今回の任務ご苦労だった。そしてそんなお前に、早速だが次の任務を頼みたい」


 零は端末を操作すると、同時に拳一の端末に通知が届く。


「今回の任務は先ほどの任務で潰した組織。その生き残りの始末だ」


「その組織の上層部は全部潰したんだろ?ただの生き残りをわざわざ潰す必要はあるのか?」


「それなんだが……」


 零が何かを言う前に、黒仁の端末が鳴る。


「もしもし、こちら月影黒仁。……了解だ、ご苦労だったな。……父さん」


 黒仁が端末を見て零に向かって頷く。


「拳一、任務変更だ。今生き残りを拘束したと連絡が届いた。それと同時に、組織が所持していた機密情報をアジトの一つに移送されたことが判明した。お前の任務は、その機密情報を確保することだ」


「了解。じゃあ早速行ってきますよ」


 拳一が外に向かって歩き出す。


「待て拳一。今回の任務、黒仁と一緒に行け」


「ん?別に生き残りの十や二十なら俺一人で十分だぞ?」


「いや、今から行ってもらう場所に生き残りはいない」


「なら、なおさら俺一人でいいだろ」


 拳一の言葉に零は首を横に振る。


「確かに普通の場所ならお前一人で十分だ。だが、今から行ってもらう場所は特殊な仕掛けがあるらしい」


「なるほど。つまりは肉壁役か」


「兄さん言い方。まぁ結果的にそうなる可能性はあるけどさ」


 黒仁はため息をつきながら、歩き出す。


「あぁそうだ。開化、君も一緒に行ってきなさい」


「……え?私も!?」


 二人を手を振って見送っていた創香だったが、零の言葉に驚き固まる。


「開化。君だって実行部隊の任務は受けているだろう?それにずっとデスク作業でも体がなまってしまうだろう」


 創香は最後まで文句を言いっぱなしだったが、結局任務に同行することになった。

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